序章 マイルド化するヤンキー
~悪羅悪羅系残存ヤンキーとダラダラ系地元族~
ヤンキーは絶滅危惧種
最近、「『ヤンキー』を街で見かけなくなったなあ」と思っている方はいませんか?今、日本全国で「ヤンキー」が減っているのです。
ヤンキーと言えば、一般的には「自販機やコンビニの前でウンコ座りする怖い不良」「反社会的な言動」「金髪」「ツッパリ」「リーゼント」「パンチパーマ」「ボンタン」「シンナー」「暴走族」「改造車」「改造バイク」などをイメージされるかもしれませんし、最近の言葉では「DQN(ドキュン)」「悪羅悪羅(オラオラ)系」「タトゥー(刺青)」といったワードが思い浮かぶ方もいるでしょう。
関連語として、チームでつるむ「チーマー」、ヒップホップ文化における「ギャングスタ」、チームカラーが設定された「カラーギャング」、ヤクザの予備軍を指す「輩(やから)」、関東連合の事件などで話題になった「半グレ(暴力団ほど明確な組織・拠点のない犯罪集団)」を想像する方もいらっしゃるかもしれません。
ヤンキーの発祥については諸説ありますが、ヤンキーという言葉が使われ始めたのは1970年代という説が濃厚です。難波功士さんの著書『ヤンキー進化論』(光文社)によれば、ヤンキー・ファッションは70年代に広まったと考えられ、80年代以降、暴走族の私服(ヤンキー・スタイル)として定型化していったとされています。
そうして一般に広まっていったヤンキーは、漫画やドラマなどのエンタメコンテンツにもよく登場する存在でした。漫画『ビー・バップ・ハイスクール』(きうちかずひろ作・「週刊ヤングマガジン」に83〜03年連載)は、たび重なる映画化によって1980年代における〝不良〟〝ヤンキー〟像を確立しました。また、漫画『ろくでなしBLUES』(森田まさのり作・「週刊少年ジャンプ」に88〜97年連載)も、80年代末から90年代にかけて同様の役割を果たしています。
ほかにも、ヤンキーをフィーチャーしたフィクションはたくさんあります。漫画では『スケバン刑事(デカ) 』『湘南爆走族』『ホットロード』『ヤンキー烈風隊』『今日から俺は!!』『湘南純愛組!』『ROOKIES』『クローズ』『ドロップ』(以上、ドラマ化・映画化・アニメ化されたもの多数)、ドラマでは『スクール☆ウォーズ』『積木くずし』『不良少女とよばれて』『はいすくーる落書』など。ざっと思いつくだけでも、枚挙にいとまがありません。
1977年東京生まれの私にとっても、ヤンキーは今より身近な存在でした。たとえば、小学校の同級生のK君は、当時から性に対する知識が豊富な早熟タイプで、中学生のときに完全に不良となり、上の学年の不良や違う学校の不良たちとつるみ始めました。そして、高校を中退し、16歳で暴走族に入ったのです。
その彼と、先日20年ぶりくらいにFacebookでつながったのですが、見た目は今でもヤンキー性の抜けない悪そうなおじさん。職業は風俗とアパレルの会社経営。しかも、彼のFacebookのトップページは、昔、暴走族同士の抗争で亡くなった仲間の墓前に献げた花。つい先日、投稿された写真も、かつてバイク事故で亡くなった後輩の命日に、当時の仲間と特攻服で暴走しているものでした。
ちなみに、彼自身もそのバイク事故で片足をなくし、義足で生活しています。先日、久しぶりに飲みましたが、日常生活にはまったく支障がないし、「何があっても自己責任という覚悟があったから、全然後悔していない」と言っていました。
そんな36歳になっても消えることのないヤンキー魂を持つK君は、20歳前後の今のヤンキーたちと地元で付き合っているのですが、「最近の若者はよくわからん」と首を傾げています。
K君がかつて行った抗争について彼らに話しても、まったく憧れられないばかりか、「た、大変ですね」とドン引きされ、「若いうちは暴走しろ」と説いても「ルールは破りたくないっす」「人に迷惑はかけたくないっす」「警察に捕まるのは嫌っす」と、やりたくないの一点張り。
改造されたバイクは好きで乗るのに、暴走族には絶対に入りたくない、と言い(実際、日本全国で「暴走族」は減り、高齢化して、代わりに「旧車會(きゆうしやかい)」と呼ばれる、暴走族仕様の改造を施された古いバイクでツーリングする組織に入る若者たちが増えています)、彼が若い頃に憧れた『ビー・バップ・ハイスクール』や『ろくでなしBLUES』を無理やり読ませても、「今っぽくなくて共感できないっす」と言われる始末。
彼がキャバクラに連れていってやる、と言っても、K君の懐を気遣ってか、キャバクラよりもお金のかからないガールズバーに行きたがり、ガールズバーに行っても、女性をがつがつ口説くわけでもないと言います。
K君のような従来型のヤンキーはゼロ年代後半以降、明らかに減ってきているのです。
やさしくマイルドになったヤンキー
私は博報堂ブランドデザイン若者研究所という組織のリーダーで、若者の消費行動やライフスタイルの研究と、若者向けマーケティングを行っています。若者向けマーケティングとは、若者向け商品の開発や、若者向け商品の広告・コミュニケーション戦略の立案などのことです。
若者研(こう略しています)には100名を超える一般の若者たち(高校生~若手社会人)が所属していて、「若者が本当に買いたいと思うものは売れる」という哲学のもと、彼らと一緒にこれらの業務を遂行しています。
マーケティングの世界では「with C(コンシューマーの略で消費者という意味)」という概念がありますが、まさにそれを実践している組織です。
これまでにも若者向けの車、タバコ、飲料、トイレタリー商品、テレビ番組、あるいは、それらの広告・コミュニケーション戦略を作ってきました。
こうした若者たちとの協働が面白くて効果的だと、幸いなことに、さまざまな業種か
らの協働のご依頼が殺到し、朝日新聞朝刊土曜版「be 」の看板企画である「フロントランナー」(2013年9月14日付)でも「若者研」が取り上げられたり、私が出した『さとり世代 盗んだバイクで走り出さない若者たち』(角川oneテーマ21 )という本をきっかけに、「さとり世代」という言葉が2013年の新語・流行語大賞の候補にノミネートされたりするなど、さまざまな企業・メディアからの取材依頼が途切れない状況が続いています。
若者研に所属している若者たちは、首都圏を中心とした比較的高学歴の学生たちが大半ですが、彼らと一緒に47都道府県を頻繁に回り、高校中退者などを含めたさまざまな社会階層の若者たちへの調査や商品開発なども行っています。
このような仕事をしているため、2005年頃から今に至るまで、のべ1000人以上の若者たちに膨大なインタビュー調査をしてきましたが、その体感からも、かつていわゆる下流の若者に多くいたはずの典型的なヤンキーが、全国的に減っているのは明らかだと言えます。
今のヤンキーたちは、気さくにインタビューに応じてくれるなど、全体的にいい人が多く、やさしくマイルドになってきているのです。犯罪に手を染める人も減っていますし、社会や大人への反抗心をむき出しにする人もめったにいません。
私のインタビュー調査は、根掘り葉掘り、かなりプライベートな深いところまで聞き込みますし、彼らの家に上がり、部屋の隅々まで見せてもらうのですが、彼らにガンを付けられたこともほとんどありません。
ヤンキー全盛期の頃に私のような調査手法を用いてインタビューをしていたら、私はヤンキーたちに「フルボッコ」(一方的にボコボコにされること)にされていたかもしれませんので、本当にいい時代になったと思います。
法務省の「平成25年版 犯罪白書のあらまし」によると、少年による刑法犯の検挙人員は1984年以降、95年まで減少傾向にあり、その後若干の増減を経て2004年から毎年減少を続けています。2012年の検挙人員は10万1098人、前年比12・9%減であり、1946年以降、最も少ない数字だそうです。「若者の数が減っているせいなのでは」と思われるかもしれませんが、人口比で見た検挙人員も2004年から毎年低下し、2012年は、最も人口比の高かった1981年の半分以下になっています。ヤンキーのマイルド化の一端を示すデータと言えるでしょう。
優良消費者である残存ヤンキーと地元族
マイルドになった今のヤンキーは、大きく二つのタイプに分かれます。
一つは、私が「残存ヤンキー」と呼んでいる人たち。要は昔のままの姿で今も残っているヤンキーで、現在では絶滅危惧種になっている人たちです。
「昔のまま」とは言ったものの、先ほど述べたように、中身は大変マイルドになっている人が大多数であり、見た目も昔のヤンキーに比べるとおとなしく、むしろオシャレになっています。
昔のヤンキーの象徴がリーゼントとボンタンだとすると、今のヤンキーの象徴はEXILEのようなファッションスタイルです。雑誌「SOUL Japan(ソウルジャパン)」(ミリオン出版)のような悪羅悪羅したビジュアルと言えばわかりやすいかもしれません。
もう一つは、私が「地元族」と名づけている人たちです。
彼らのなかには、おそらく昔であればヤンキーのカテゴリーに入っていた人も多かったように思いますが、今では見た目がまったくヤンキーではなくなっています。人間関係が狭く、中学校時代などの少人数の地元友達とつるむ、といった点は昔のヤンキーと同じですが、ぱっと見では、今どきの普通の若者と大差がありません。地元のファミレスや居酒屋や仲間の家でダラダラ過ごすのが大好きです。しかし、内心ではEXILEの放つ多少のヤンキー性には憧れを持っていたりするのです。
ここで言う地元とは、生まれ育った地域のことです。県単位・市単位のように広いエリアではなく、5㎞四方の小中学校の学区程度を想像してください。もちろん、東京で生まれ育った人にも、家から5㎞四方や、最寄り駅の周辺を指す地元はありますので、地元=地方とは限りません。
なお、活動範囲が5㎞四方の地元であるという点は、残存ヤンキーにも共通している性質です。
先日、私は群馬でマイルドヤンキーの若者を対象とした調査を行いましたが、派手な改造車をほとんど見かけませんでした。少なくとも10年前までは、「北関東と言えば改造車」という状況があったと思いますが、ヤンキーが減少・マイルド化することによって、ずいぶんと変わってしまったのです。 たまに見かけた改造車も、昔に比べると明確に改造がわかるものではなく、細かいパーツや内装をいじるなど一見して判別しにくいものになっていて、調査に同行した群馬出身のクライアントの方がかつてとの違いに驚いていたことが印象的でした。
このように、今のヤンキーは、かつてのヤンキーと比べると、見栄やメンツを周囲に示すことは少なく、基本的にはマイルドでやさしく、消費も小粒になってきてはいます。とはいえ、若者のパチンコ離れやタバコ離れが叫ばれるなか、パチンコやスロットをやっている人や喫煙者、お酒や車やバイクに興味が残っている人の比率が同世代の周りの人と比較して高い、という事実もあります。
人口が少なくなり、消費意欲が減っていると言われる「さとり世代」の若者たちのなかで、このマイルドヤンキーたちは、少なくとも同世代の若者たちに比べると、企業にとっては実は優良な消費者です。私がこの層を研究するのは、まさにこうした理由があるからなのです。
*1― DQN(ドキュン)
……ネットを発祥とするスラングの一つで、かつてテレビ朝日系で放送されていたドキュメンタリー番組『目撃!ドキュン』(1994〜2002年放映)を語源とする言葉。同番組に、素行の悪いヤンキーや、できちゃった婚の若い夫婦といった下流の若者が多く登場したことから、彼らへの呼称として用いられるようになった。[本文にもどる]
*2― 悪羅悪羅(オラオラ)系
……雑誌「SOUL Japan」(ミリオン出版)などが主に提唱する男性ファッションや行動様式の一形態。日焼けした肌、短髪、黒系の服にシルバーアクセ、マッチョな体といった肉食系な男性性を前面に出し、女性に対しても「男らしさで牽引する」というアプローチを心がける。ファッション面で言うなら、EXILEがその典型。[本文に戻る]
*3― 下流
……マーケティング・アナリスト、消費社会研究家の三浦展(あつし)氏が2005年に著書『下流社会 新たな階層集団の出現』(光文社新書)で提唱した階級概念。所得だけでなく労働意欲や向上心も低い層のこと。[本文に戻る]
本記事は幻冬舎新書『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(原田曜平著)の全220ページ中23ページを掲載した試し読みページです。続きは『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』新書、または電子書籍をご覧下さい。
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