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ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと

2021.05.19 公開 ポスト

岸田奈美×五十嵐大トークイベント

障害のある家族と、生きる、書く五十嵐大(作家・エッセイスト)/岸田奈美(作家)

耳が聴こえない親に育てられた体験を、『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』に綴った五十嵐大さん。

自伝エッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』でダウン症の弟と下半身麻痺で車椅子生活を送る母との日々をユーモアたっぷりに描いた岸田奈美さん。

二人の共通点は、障害のある家族とともに生き、その人生を「書く」選択をしたこと。

東京が3度目の緊急事態宣言下に突入した4月下旬、代官山蔦屋書店でオンライン開催されたトークイベントの様子をお届けします。(構成・文 阿部花恵)

感動は狙っていない

五十嵐 岸田さんの書く文章は笑えるんだけど人情味に溢れていて、最後はほろっと泣けてしまう。障害のある家族について書くときは「笑いと祈りをモットーにしている」と以前どこかで話されていましたよね。

岸田 カッコいいこと言ってますねぇ(笑)。

五十嵐 僕、岸田さんが羨ましいんです。障害者を取り巻く社会問題を、ちゃんと自分の言葉で書かれていて、でも笑いと軽さがある。僕が書くものはその逆で、切ない感じになりがちなので。

岸田 ノスタルジックなところはありますよね。

五十嵐 それを意識しているわけじゃないのですが、「お涙ちょうだいか」と思われるときもあるのかなって。だから、どうしたら岸田さんのように書けるようになるのか知りたいんです。

岸田 わっかんないです! 狙って感動させようとしているわけではまったくないので。でも当人には悲劇でも、面白おかしく他人に話すと笑ってもらえることってあるじゃないですか。笑ってもらえると、こっちも「やっぱりおかしいよね?」と思えて怒りが笑いに変わることもあるから。

五十嵐 じゃあ岸田さんの中にも怒りはある?

岸田 怒りと悲しみばかりですよ。でも怒りや悲しみって、みんなあまり聞いてくれないんですよ。しんどいから。号泣している人はテレビで見るぶんにはいいけど、近くにいたらしんどいじゃないですか? それと同じで、笑い話くらいじゃないと人は聞いてくれない。

五十嵐 でも根底に怒りや悲しみがあるのなら、書いていてしんどくないですか。

岸田 一人で抱えてたときはしんどかったです。お父さんが心筋梗塞で亡くなった、お母さんが歩けなくなった、弟に知的障害がある、中高時代にそういう状況の友達なんて周囲に一人もいませんでしたから。背景や理由を、いちいち説明しなきゃいけないのがすごくイヤだった。しんどさで言ったらその頃が一番で、インターネットで書いて昇華できる今の方がずっとラクです。

五十嵐 僕も小中高生のときはずっと家族の話をするのがしんどくて。「お母さんって話し方が変だけど外国人?」「聴こえないだけで話せはするんでしょ」と誤解されることも多くて、説明が面倒くさくて。10代はまだそういう言葉を持っていないから、つらいですよね。自分の中で折り合いのつく言葉が見つかれば説明しやすくなるんですが。

つらいから書く、つらいから書かない

岸田 私、「アメトーーク」が大好きなんですよ。芸人がひたすら自分の好きなことをプレゼンするあの感じが、私が家族について書く感覚に近い。私はダメだけど、私にはこんないい家族がいるぞ、って。だからよく幸せそうですね、と言われるんですけど、自分にとって本当につらいことは、まだ書けない。書いてないです。

五十嵐 僕は逆です。これまでのつらかったことを全部書いて紹介してやろうって思ったのが、家族について書き始めた動機なんです。田舎町の聴こえない母と聴こえる息子のあいだに、こんなにもいろんな苦しみがあったことを、怒りをもって社会に伝えたかった。だから陰キャが書いた暗い本みたいになっちゃって……。

岸田 そんなことないですよ。怒りや悲しみを原動力にして、それを伝えるためのアンプも怒りや悲しみの人っていますよね。五十嵐さんもきっとそうで、でも書いたものは“呪い“になっていない。私が思う呪いって「どうせ頑張っても無駄」と思わせてしまうことなんです。親が障害者だから自分もダメだ、みたいに。でも『ろうの両親から生まれた~』は感情を書きながら客観的にも見ているので、読んでいる人が道標にしやすいと思います。

五十嵐 ありがとうございます。この本では母と和解できるまでの過程で起きたつらいエピソードをいっぱい書いたんです。これまで障害者と知り合ったことがない人にも知ってほしかったから。でも書き終えて気づいたんです。僕と同じCODA(コーダ)の子が読んだら、「自分もこんなつらい思いをするのか」と絶望するかもしれないって。その点、岸田さんの文章はオチがあって明るいのがいいな、って。

岸田 たんに、面白い話せなしばかれる大阪人のさだめですよ(笑)。でも笑い話するだけがサービス精神じゃないですよ。例えば、私が東北に行く仕事がなくなってしまって、かわりに取り寄せられるいいもんないかな?」ってTwitterでつぶやいたら、親切なリプライが100くらいバッてくるんですよ。そういう種類のサービス精神もある。方向性の違いですよ。笑わなくてもいい、笑えない人もいるから、そこは読み手が選べばいい。

ラベルに救われることもある

岸田 ところで、CODAって名前があるのっていいですよね。わかりやすくて。

五十嵐 そうですね。僕、CODAを知ったのが20代半ばなんです。小学生の頃は耳が聴こえない親に育てられている聴こえる子どもは世界で僕一人だと思い込んでいたんです。でもCODAという言葉を知って、日本には2万人以上のCODAがいると知ってすごく救われたんです。一人ぼっちだと思っていたのに仲間がいた、と思えたから。

岸田 自分を説明するグループの名前、ラベルって、選ぶことでラクになるなら選べるのがいいですよね。もちろんイヤだったら選ばなくてもいい。そこは自分の中で使い分けていいと思う。

五十嵐 そうですね。自分で選ぶことで、生きる糧になることもあるので。

岸田 私も、障害のある家族を持って苦労した人、とラベルを貼られることがあります。もちろん弟のことでつらいこともあったけど、一律に障害のせいだけでつらかったわけじゃないし、自分には当てはまらない気がして。でもつらい思いをしてきた人がいることもわかる。だから正解はわからないけど、五十嵐さんの本を読んで、「自分を許せているかどうか」なのかな、と感じましたね。

五十嵐 ああ、それはあると思います。僕も周囲から「かわいそうだね」と言われ続けて、自分も家族も嫌いになって東京に逃げて。そこから「自分はこれでいいんだ」と思えるようになるまでは相当時間がかかりました。

岸田 時間がかかるし、時間しかないんですよ。自分を愛せるようになるのも、他人を愛せるようになるのも。愛するって尽くすことじゃなくて、愛せる距離を探すことだと思うんです。障害がある家族と一緒にいるのがつらかったら、逃げていい。もちろん事情があってできない人もいると思うけれども、愛せる距離を探すことはできるかもしれない。1ヵ月一緒はしんどいけど、1週間なら大丈夫かも。そんな風に時間をかけて距離感を探っていくことはできるんじゃないでしょうか。

文章で誰をどこまで救えるか?

五十嵐 岸田さんも僕も、障害のある家族と生きて、それを書くことを仕事にしているじゃないですか。岸田さんは何か目指すものってありますか?

岸田 ないです! 私はただ自分を救うために書いているから。最近もコロナが流行して、おかんが入院して、っていうつらい37日間をnoteに書いたのですが(『もうあかんわ日記』書籍版が5/31刊行)、それくらい予定なんか立てる意味ない(笑)。でも、軸はあります。それは私の手が届く範囲で、両手で数えられるだけの人たちと幸せな体験をできるだけすること。

五十嵐 それは僕も共感できます。生きづらさを抱えている人って大勢いるし、そういう人たちの生きづらさを減らせたらとは思うんですけど、僕も両親やろうの友達、頭に浮かぶ人たち、両手で数えられるくらいのみんなが笑ってくれたらいいなと思っているので。

岸田 顔が浮かぶ誰かのためにしか、力のある言葉って出せないと思う。私は文章で世界を変えるとかまったく思ったことがなくて。もちろんその思い自体は素晴らしいことだと思うんですけど、私には無理です。

五十嵐 前に受けたインタビューで「文章の力で社会を変えたい、救いたい」とか答えちゃいましたね……。その気持ちは本当なんですが、今話していて、身近な誰かに向けた手紙であってもいいのかなとも思えてきました。

岸田 百人一首にも「むっちゃ好きやで、夢に出てきたでお前」みたいな和歌ありますよね。あれは読んだ人がそれぞれ身近な人を思い浮かべるから胸を打つんだと思うんです。そういう一人に宛てた手紙みたいな言葉が、何百年も残る。

五十嵐 障害がある家族のもとに生まれたから勝手な使命感があって。「一人でも多くの人を生きやすくしなきゃいけない」と考えて潰されそうになった時期があったんです。でももう少し軽い気持ちでもいいのかな。

岸田 いいんですよ。同じ障害、同じ家族構成だから共感しあえるわけじゃない。それぞれの地獄があって、それぞれの救いがあるはずだから、五十嵐さんが全部の救いにならなくてもいい。五十嵐さんがやらないといけない努力は、「必要としている人に見つかるようにする」ことだと思う。書き続けるとか、違うところに出るとか。……っていうか、クソ真面目ですね(笑)。

五十嵐 生い立ちゆえにイヤな目に遭うことがいっぱいあったせいで、八方美人になって嫌われないようにしなきゃってクセが抜けなくて。

岸田 それだっていい面もあるじゃないですか。裏返したら準備が入念ってことだから。私の場合、父が亡くなって母が倒れるまでのスパンが異常に短かったから、適当であることでしか心の平穏が保てなかった。そういう風に性格がつくられる部分もありますよね。

家族を切り売り? していません

五十嵐 岸田さんは自分の文章の影響力が怖くなることはありませんか?

岸田 怖いです。実名で、家族の人生を切り売りというか公開しているわけだから。注目される反面、何かあったら追い詰められそうな不安もある。だから「作家は一人で書かない方がいい」というのが私の持論です。自分を理解してくれる最小限の仲間、私にとってはコルクというエージェントですが、そういう存在がいないとクリエイターを続けていくのはしんどいと思う。

五十嵐「切り売り」って言葉が出ましたけど、ご家族は自分たちのことを書かれるのをどんな風に思ってらっしゃるんですか?

岸田 書いていいかどうかは絶対聞きます。おかんは、「奈美ちゃんに書いてもらえると自分も捨てたもんじゃないって思えるから嬉しい」と言ってくれますね。さっきは「切り売り」と表現しましたが、メディアから依頼されて家族のことを書くのは今はほとんどしていないんです。好きな家族のことは自分が書きたいから書いて、読みたいと思った人にお金をもらうだけ。だから大切な家族の人生を売り物にしている自覚はまったくないです。

五十嵐 僕も家族に「書いていい?」って聞いたんです。そしたら「ありがとう」と言ってもらえて。母も父も自分をうまく表現できないっていうのを悩んでいるんですよね。「じゃあ僕が書くよ」と話して、それが本の出版にも繋がったんです。そのおかげでいいこともたくさんあったけど、「あなたはCODAであって、聴こえない人を代弁しているのは勘違いですよ」とも指摘されて……。

岸田「代弁しないで」と言ってくる人もつらさがあるのかもしれませんね。自分の気持ちを代弁してくれる人がいないのか、自分は言葉を持っていないと思うからかはわからないけど。

五十嵐「自分は伝える言葉がない」「じゃあ僕が書きましょうか」と手を取り合っていけたらいいのかな、とも思うんですけど……。でも、僕や岸田さんがこうして発信していくことで、「こういう不便さもあるんだ」と気づいてくれる人が増えて、社会がちょっとずつ優しくなっていけたらいいですよね。

 

岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』

車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、ベンチャー起業家で急逝した父。文筆家・岸田奈美がつづる、「楽しい」や「悲しい」など一言では説明ができない情報過多な日々の出来事。笑えて泣けて、考えさせられて、心がじんわりあたたかくなる自伝的エッセイです。

関連書籍

五十嵐大『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

ろうの両親の元に生まれた「ぼく」。小さな港町で家族に愛され健やかに育つが、やがて自分が世間からは「障害者の子」と見られていることに気づく。聴こえる世界と聴こえない世界。どちらからも離れて、誰も知らない場所でふつうに生きたい。逃げるように向かった東京で「ぼく」が知った、本当の幸せと は。親子の愛と葛藤を描いた感動の実話。

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ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと

耳の聴こえない親に育てられた子ども=CODAの著者が描く、ある母子の格闘の記録。

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五十嵐大 作家・エッセイスト

1983年、宮城県出身。高校卒業後、さまざまな職を経て、編集・ライター業界へ。2015年よりフリーライターに。自らの生い立ちを活かし、社会的マイノリティに焦点を当てた取材、インタビューを中心に活動する。2020年10月、『しくじり家族』でエッセイストデビュー。

 

 

 

 

岸田奈美 作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。2020年9月初の自著『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を発売。2021年5月末に『もうあかんわ日記』(ライツ社)が発売になる。

 

 

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