同じ片見里出身ということ以外、接点のなかった75歳の継男と22歳の海平。二人が出会うことで、足踏みしていた人たちの人生が動いていく。当たり前に正しく生きることの大切さが、優しく沁みる――。小野寺史宜さんの最新長編『片見里荒川コネクション』に、内田剛さんから寄せられた書評をお届けします。
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いいなあ。この物語、大好きだ。活き活きとしていて、ジワジワと後から押し寄せる面白さがある。噛みしめるほど味が出る。そして身体の奥底から効いてくる感覚だ。小野寺作品の良さは圧倒的な人間味。体温も湿気も匂いも手触りまでも感じられる。血と汗と涙と骨と肉と……きっと僕たち人間とまったく同じ成分でできているから心に沁み渡るのだろう。
何気ない日常にも筋書きのないドラマがある。理不尽な世の中はとかく生きづらい。しかしバカでもいいから真っ正直に生きていれば、きっとささやかな幸せにありつける。この一冊は、不器用でも一生懸命にもがきながら暮らしている名もなきすべての人に向けた人間賛歌でもあるのだ。魅力的な登場人物たちに重なるのはどこかで出会った人たちだ。身の回りにいかにもいそうな存在が、この物語に大きな魅力と説得力を与えている。
とくに「ゆるやかなつながり」に注目してもらいたい。人は一人では生きていけない。誰かと繋がって初めて人間らしく生きられる。「つながり」が重なり輪となって生きる喜びが見つけられる。人だけでなく場所との「つながり」も大切だ。生まれた土地、育った場所によってさまざまな人間性が形成される。人との縁、場所との縁(地縁)が心を豊かにさせるのだ。ひとつの物語のなかだけでなく作品を超えて「ゆるやかなつながり」を体験できるのも小野寺作品を味わう楽しみのひとつだ。気に入った作品の登場人物が別の作品で見つかると、なんだか街中で幼馴染に再会したようなちょっと得した気分になる。こういう細やかな幸せ、素敵だと思う。
この物語でも「つながり」の要素は豊富にある。まずはタイトルに注目しよう。「荒川」は誰もが耳にしたことのある東京の下町。「片見里」は聞き慣れない地名だが小野寺ファンなら『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』(幻冬舎文庫)が頭によぎるだろう。平凡な字面ながらなんだか気になる語感。「地方の中途半端な規模の街」というあいまいな設定もいい。都会と田舎の距離だけではなく、現実と空想をつないで程よいリアリティを醸しだす。絶妙にしてこころ憎い演出だ。
隣にどんな人が住んでいるのかもわからないような顔の見えない時代だからこそ、世代を超えた「つながり」が実に印象的だ。目次を開いただけで、早くも思いもよらない人間ドラマが駆け巡る。「一月 中林継男、葬儀に出る」から始まって「十二月 田渕海平、動く」で終わる12ヶ月間の人生模様。シンプルな構成だが「動く」で締め括るなんて最高。二人の人物が交互に語り手となって、物語がまさに生き物のように動いていくのだ。
中林継男は荒川区に一人暮らしする75歳。墓じまいを済ませ、同級生の葬儀に参列し、老い先短いことを実感する日々が一変、ひょんなきっかけで「オレオレ詐欺」の片棒を担がされそうになる。一方、田渕海平は片見里に暮らす22歳の大学生。順風満帆の毎日と思いきや朝寝坊から卒論を出し損ね、内定取り消し、失恋と一気に絶望の日々へと転落してしまう。老人と若者、親と孫ほども年の離れた見ず知らずの二人の「つながり」は片見里という故郷だった。
奇縁によって引き寄せられた二人が巻き起こす運命の日々。そして世代は違うけれども同郷だからこそ分かり合える関係性。互いに影響しあって変化する姿は清々しくて微笑ましい。意外性あふれるドラマの醍醐味はぜひとも本文で堪能してもらいたい。ままならない運命に翻弄されるのも悪くない。人生の不思議と可笑しみが全身からこみ上げてくるはずだ。
著者の旺盛な筆力にもまた驚かされる。ここ一年を振り返っても好著が目白押しだ。単行本だけでも並べてみると凄みがわかる。2020年2月『今日も町の隅で』(KADOKAWA)、5月『食っちゃ寝て書いて』(KADOKAWA)、8月『タクジョ!』(実業之日本社)、11月『今夜』(新潮社)、2021年3月『天使と悪魔のシネマ』(ポプラ社)、5月『片見里荒川コネクション』、8月『とにもかくにもごはん』(講談社)と休む間もない忙しさ。文庫ではなんといっても2021年4月に本屋大賞第2位となった代表作『ひと』(祥伝社文庫)の発売が嬉しいビッグニュース。もともと根強いファンを持つ小野寺作品は、またひとつステージが上がったと実感できる。いま最も脂が乗っている作家であることに間違いない。今後の新作を楽しみにしつつ、未読であればぜひ既刊の名作群を手にしてもらいたい。
ただ生きるではない。かけがえのない日々を謳歌する喜びを教えてくれる『片見里荒川コネクション』は、大いなる普遍性が感じられる。まさに誰のものでもない僕たちの物語。人肌の温もりが伝わる小野寺ワールドの真骨頂が存分に味わえ、疲れた身体に癒しをくれる一冊だ。さり気なく伝わる人生の真理。これから何度も何度も読み返すに違いない。そしていい物語は前向きになれる力をくれるし、いつしか世代を超える。この一冊は決して派手ではないけれど、しっかりと頭に焼きついて新しい「つながり」に巡りあわせてくれるだろう。そう、「つながり」さえあれば、何があっても人生は悪くないのだ。
内田剛(ブックジャーナリスト)