同じ片見里出身ということ以外、接点のなかった75歳の継男と22歳の海平。二人が出会うことで、足踏みしていた人たちの人生が動いていく。当たり前に正しく生きることの大切さが、優しく沁みる――。小野寺史宜さんの最新長編『片見里荒川コネクション』に寄せられた、佐々木克雄さんの書評をお届けします。
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小野寺史宜さんといえば、第16回本屋大賞(2019年)2位の『ひと』が記憶に残っているでしょう。両親を亡くした青年が、ふとした出会いから前向きに生きようとする姿は多くの人の共感を集めました。市井の、どこにでもいるような主人公が人と出会い、触れ合うことで変わっていく──小野寺さん作品は、いつも読み手の心を温めてくれます。
そして新作『片見里荒川コネクション』も、読者の期待を裏切らない小野寺ワールドが展開されています。その魅力をちょっとだけ紹介しましょう。
まず本作は、二人の主人公が交互に語るスタイルになっています。
その一人が中林継男さん。75歳の後期高齢者です。小野寺作品史上、最年長の主人公ではないでしょうか? ひょんなことから振り込め詐欺に加担することになり、スレスレのところまで行くのですが、正直に生きてきた彼は、すんでのところで止まります。というのも、友人を助けるがために動いたことなのです。その後悔から正しい行動を取ろうとしますが、悪い奴らに飲み込まれそうになる。
継男さん、いい人なんですよね。若い時分に両親を亡くしてから思うような人生を歩めず、今日まで生きてきた──その苦労が彼の述懐に滲み出ています。
もう一人の主人公が田渕海平くん。大学四年生で、大手運送会社に内定済み。あとは卒論を出して……のところで、提出日に二度寝してしまったがために提出できず留年が確定。内定は取り消しになるし、おまけに彼女に振られてしまうという散々な日々を送ることになります。先の見えない人生に投げやりになりそうなところで、故郷の祖母の願いを聞いたことから、彼の人生が動き出すことになります。その願いとは祖母の初恋の人──中林継男さんを探し出すことでした。
東京下町の、比較的近くに住んでいる二人が出会うことで、継男の振り込め詐欺騒動や、海平の立ち止まった人生が動き出す。このあたりの展開が自然で、偶然で、でも必然のようで、読み手はその世界に引き込まれていくのです。祖父と孫ほど年齢の離れた二人。その差50年という歳月を継男は述懐し、海平は見えない未来として案じる。だが二人は「今」という同じ時間を生きているからドラマは生まれるんですよね。
それと、特記しておきたい本作の魅力を、さらに二つほど。
主人公の一人称が小野寺さん作品のスタイルですが、継男の「おれ」、海平の「俺」が見聞きし、感じることが細やかに描かれており、読者は二人に同化していきます。一見何気なく描かれた文でありながら、その描写力の細かさに彼らの「こだわり」が見えてきて、親近感を覚えるのです。
たとえば海平が居酒屋で「手酌でビールをコップに注ぐ。グラスと言うよりはコップと言いたくなる。小さなタンブラータイプ。四口くらいで一杯を空けられる。実際に四口で一杯を空け、すぐに二杯目を注ぐ」──ビールを飲むだけで、この描写の細やかさ。そして「俺、二十二歳。荒川区の焼鳥屋で午後六時から一人酒。だいじょうぶなのか?」という心中のつぶやき。海平という人物が見えてきます。
またたとえば継男が喫茶店で「ここで出すコーヒーは、ブレンドとアメリカンとカフェオレ。一種類だけストレートコーヒーも置いている。モカとか、キリマンジャロとか。それを、本日のコーヒー、として出す。本日の、と言っても、二、三週間は同じ。今月の、と言ってもいい。仕入れた豆をつかいきるまで出すのだ。それから次に切り替える」と確かな観察眼でメニューを解説。そして「努力はしているが、しきれない店。そのゆるさがいい」と、温かく見守っている。その気持ちが伝わってきます。
そんな二人が、お互いを見て、感じて、描写することで、互いの人間性が読み手にじわじわと沁み込んでくるのです。
もう一つの魅力は「仕掛け」があることです。
小野寺さんの作品には、他作品の登場人物が顔を出すことがよくあります。これはちょっとしたファンサービスで「あれ、この人、前に読んだ『○○』にも出てたよね」と嬉しくなる仕掛けです。
実は新作『片見里荒川コネクション』においても、その仕掛けがあるんです。
できれば……なのですが、同じ幻冬舎から出版された『片見里なまぐさグッジョブ』(※文庫では『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』に改題)を読んでおくと、面白さが倍増します。
前作も二人の主人公が交互に語り手となるのですが、その彼らが登場。しかも後半ではストーリーを動かすキーパーソンになります。前作から数年経った彼らの「今」もわかって、ちょっとニヤッとなりますよ。
普通の人たちが当たり前に、正直に生きている。その気持ちを主人公の視線で丁寧に描き、他者と関わらせることで変化を起こす小野寺作品──読み終えたあとはホッコリできることを保証いたします。
「片見里」がつくタイトルはこれで二作目。これはもうシリーズ化だよね、とファンとしては勝手に解釈している次第です。なので小野寺さん、さらなる続編を待っております。
佐々木克雄(作家・書評家)