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女たちのポリティクス

2021.05.29 公開 ポスト

女たちの闘いは「テロル」から「ポリティクス」へブレイディみかこ(ライター・コラムニスト)

ブレイディみかこさんの待望の新刊『女たちのポリティクス』が発売になりました。アメリカ初の女性副大統領になったカマラ・ハリスや、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)といった各国女性首脳。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどう闘い、上り詰めていったのか。その政治手腕を激動の世界情勢と共にブレイディさんが鋭く解き明かします。本日は本書の「はじめに」からご紹介します。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗元会長が、女性蔑視とも受け取れる発言で辞任した。このニュースは英国でもBBCなどで報道されたのだが、それを見て、思わず「えっ」と驚いたのは元会長が83歳のご高齢だったことだ。彼が生きてきた年数は、日本の国政で女性参政権が認められてからの年数より長いのだ。

日本で女性が参政権を行使したのは昭和21年(1946年)に戦後初めての衆議院議員総選挙が行われたときで、39名の女性国会議員が誕生した。

わたしが住んでいる英国では、女性に参政権が与えられたのは日本よりも28年早い、1918年だった。同年に行われた総選挙では全国で17人の女性候補が出馬し、当選を果たしたのは一人だった。当時は英国の植民地だったアイルランドのダブリン市内の一選挙区から立候補したコンスタンス・マルキエビッチである。

わたしは『女たちのテロル』(岩波書店)という本で彼女について書いたことがある。というか、正確には、アイルランドの独立を求めたイースター蜂起(1916年)で凄腕の女性スナイパーとして戦ったマーガレット・スキニダーについて書いた部分に脇役として登場してもらったのだが、これが調べれば調べるほど主役を食うほど強烈でクールなキャラクターだった。



彼女はマーガレットの師匠とも言える狙撃の名手で、イースター蜂起でも蜂起軍指導者の一人として軍服を着て戦った。「マダム」の愛称で呼ばれた彼女は、裕福な大地主の娘として育ち、アイルランドの詩人、ウィリアム・バトラー・イェイツの幼なじみでもあった。パリに渡って私立美術学校でアートを学んでいたときにポーランド系ウクライナ貴族のマルキエビッチ伯爵と出会い、彼と結婚した。しかしこの伯爵夫人は、裕福な育ちにもかかわらず労働問題や貧困問題に関心を抱いており、「アイルランドは独立すべき」という思想を持っていた。

彼女は、十代のアイルランドの少年たちに狙撃を教え、フィアンナ・エイリアンという準軍事組織を作った。そしてイースター蜂起では、セント・スティーブンス・グリーンに陣取った軍隊で副司令官として英軍と戦った。蜂起軍が降伏すると他の蜂起軍指導者たちと共に死刑の宣告を受けたが、女性だという理由で減刑になり、終身刑に処された。しかし、蜂起の翌年、1917年には大赦を受けて釈放され、女性参政権が初めて認められた1918年の英国総選挙で、アイルランド独立を目指していたシン・フェイン党候補として立候補し、見事に当選を果たした。

しかし、彼女は他のシン・フェイン党の議員と同じようにウエストミンスターの英国議会には一度も登院しなかった。登院するためには、英国王への忠誠宣言をしなければならず、彼女たちはそれを拒否したからだ。

そのため、英国初の女性国会議員はナンシー・アスターということになっている。アスターは1919年に夫が下院議員から上院議員になったため空いた議席に立候補して当選し、1921年まで(ちゃんと登院して)下院議員を務めた。しかし、それでも英国で初めて国会議員に選ばれた女性はマルキエビッチだったという事実は変わらない。英国の女性国会議員第一号はアイルランドから誕生し、しかもそれが英軍に向かって銃を撃ったスナイパーだったという事実は面白い。初めて当選した英国の女性国会議員は「抵抗の人」だったのである。

1910年代は、英国で「サフラジェット」を名乗る女性たちが女性参政権を求めて闘った時代でもあった。保守的な政治家からは「テロリスト」と呼ばれた彼女たちは、「言葉より行動を」を合言葉に、ストリートで投石や放火、自家製爆弾攻撃などの過激な活動を行った。英国で特に有名なのは、1913年にエプソム・ダービーで国王の競走馬の前に飛び出して命を落としたエミリー・ワイルディング・デイヴィソンだ(彼女は拙著『女たちのテロル』のもう一人のヒロインでもある)。

デイヴィソンの行為が自殺だったかどうかは不明だが、大勢の人が集まる場所でショッキングな行動を取ることで女性参政権運動への注目を集めることが目的だったのは間違いない。余談になるが、英国の公立中学校に通っているわが家の息子は、彼女について、歴史とシティズンシップ・エデュケーションの二つの科目で教わっている。

女性が政治に参加する権利を得る前には、このように体を張った闘いがあった。それは、現代のわたしたちには「なんでそこまでしたのだろう」と思えるほどの、凄まじい反逆であり、命をかけた抵抗だった。

それはその時代の女性たちが、自分たちも政治に参加すれば、自分たちが置かれている状況を変えられると信じたからだろう。「女性だから」という理由で許されないことやできないこと、抑圧されることや搾取されることはあってはならないと強く信じたからだろう。つまり、女性に参政権がなかった時代の女性の政治への働きかけは、反逆であり抵抗だった。わたしたちにも公に政治を動かす権利を与えろ、黙ってあなたたちが決めることに従わせられているのはおかしいだろう、と気づいた者たちの身を挺した抗議だった。

しかし、それは100年以上も前の話である(日本の場合はまだ女性が参政権を得てから100年経ってないが)。女性は投票できるようになり、立候補できるようになって、多くの議員や大臣が生まれ、首相たちも誕生した。それと同時に、女性たちの政治参加の形も次のステージに推移することとなった。いったん政治を行う立場になった者にとり、政治はもう反逆や抵抗ではない。なぜなら、反逆や抵抗や闘いは、運動のときにやるものだ。政治は違う。政治とは、自分の正義を声高に主張することではなく、説得することであり、論敵を負かすことではなく、人々の違う意見や利害を調整することである。

世界を見渡せば、近年は多くの女性政治指導者が生まれている。少し前では考えられなかった、非常に若い女性リーダーたちもいる。彼女たちは、それぞれに政治信条もバックグラウンドも違うが、各々の国や政党で「政治」を行っている。そしてそれに長けているからこそ、リーダーの地位まで上りつめたのだ。

100年前に「テロル」を行って政治に参加する権利を得た女性たちが、政権に就き「ポリティクス」を行うようになった。ドイツのメルケル首相から、ニュージーランドのアーダーン首相、BLM運動の女性リーダーたち、日本の小池都知事など、様々な政界の女性指導者たちについて考察した本書のタイトルを『女たちのポリティクス』にしたのはそのことに由来している。

この本は2018年12月号から2020年11月号まで「小説幻冬」に掲載された文章をまとめたものなので、政治家の役職などの情報は、文章が掲載された時期のままになっている。だからメイ前首相のようにもう辞職した人のことも、当時のまま首相扱いになっている文章があるし、トランプ前大統領もまだ大統領ということになっている。

最近は「一年ひと昔」の時代が来たかと思うぐらい政治状況の変化がめまぐるしいので、2年ぐらい前の文章を読んでも「へえ、あの頃はそうだったんだ」「なるほど、そこに伏線があったんだ」と改めて気づくことがあり、少し前の状況を振り返りつついまを考える材料として読んでもらうのも一興かもしれない。特に後半に多く登場する「フェモナショナリズム」の概念と、なぜ欧州の右翼政党に女性指導者が増えたのかについて考えた文章などは、日本の保守の女性政治家について考えるときにも相似する点があるように思えるので、日本の現在にリンクする参考資料として読んでいただけるのではと考えている。

関連書籍

ブレイディみかこ『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を激動の世界情勢と共に解き明かす。いっぽう、女性の政治進出を阻む「サイバー暴行」や、女性国会議員比率が世界166位と大幅に遅れる日本の問題にも言及。コロナ禍の社会で女性の生きにくさがより顕在化し、フェミニズムの機運高まる中「女たちのポリティクス」はどう在るべきか。その未来も照らす1冊。

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女たちのポリティクス

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。

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ブレイディみかこ ライター・コラムニスト

1965年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で第16回新潮ドキュメント賞を受賞。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がベストセラーになる。そのほか『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』など著書多数。

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