度重なる暴対法の改正で人数も勢力も弱まっている「ヤクザ」。それでも、そこには「カタギ」とは違う文化が脈々と受け継がれているといいます。平成11年刊行の山平重樹さんの『ヤクザ大全 その知られざる実態』から、その一端を伺い知ることができるかもしれません。刺青や指詰め、男たちを結ぶ盃の意味、背負った代紋の重み、「シノギ」の方法、ヤクザと企業の関係……。今だから知りたい、当時のヤクザの流儀を抜粋してご紹介します。
数字で見る指詰め
指詰めに関しては、科学警察研究所のこんな調査がある。どれほど正確なものかはなんともいえないが、一応調査を見てみると──。
ヤクザで断指を行なっている者は39%で、内訳は博徒42%、テキヤ30%、青少年不良団45%。組内の地位別内訳では、大幹部39.6%、幹部37.9%。組員40.1%。断指した時期は、組員時代というのが圧倒的に多く、67.9%。
指詰めのときに使った刃物は「出刃、刺身包丁」が7割、「短刀」が2割。自分一人で詰めたという人間が、88%にのぼっている。
その場所は、「自宅」42%、「野天」15%、「自分の所属する組事務所」14%、「組の者の家」12%の順である。詰めた指を保存している者は27%、野に捨ててしまった者が33%だった。
指詰めの理由については、「女についての不始末」13%、「カネについての不始末」10%、「子分の不始末で責任をとる」6%、「組に迷惑をかけた」8%、「兄弟分に迷惑をかけた」7%、「進退上の理由」14%となっている。
その意味として、「謝罪のため」81%、「誠実の証拠」10%、「制裁を受け」3%、「紛争で」1.4%、「誇示するため」0.7%と挙げている。
というわけで、これは少し古い調査だが(いまや指詰めの理由として、「女の不始末」より「カネの不始末」のほうが多いはずだ)、おおよそのヤクザの指詰め事情が察せられるであろう。
指詰めはヤクザ社会独特の儀式であり、ヤクザのおとしまえのつけかたとしては、もっとも広く普及しているものだ。
「科学警察研究所の調査では39%と出ているそうだけど、もう少し多いような気がするな。なにしろ、ヤクザの外見上の特徴というと、誰もが真っ先にあげるのは顔の傷あとだとか、小指の先が欠けているといったことだろう。この間、テレビでヤクザの特集やっているのを見たら、腰かけている人間の、ほぼ10人が10人とも小指がなかったよ」
とは、ヤングビジネスマンの弁。
「指詰めの習慣は、昔はヤクザだけにとどまらず、遊女などの間でも行なわれていたといいます。遊女の場合、指をつめることで、男客への義理だて、変わらぬ誠実の証しを見せたわけです」(消息通)
ヤクザの指詰めも、前述の科学警察研究所の調査にもあったように、その多くは「謝罪のため」であり、「誠実の証拠」として断行されるのである。それは確かに百万言を費して詫びる以上に、誠意がこもっている。
指詰めはエンコ詰めともいい、縁故詰めの意もあり、身削ぎ=禊にも通じるのだ。
指詰め3点セット
その手順であるが、まず出刃包丁、マナ板、トンカチが指詰め3点セットとして用意される。マナ板の上に左手を広げ、小指の第一関節のところに出刃を当て、そこを、兄貴分にトンカチで思いきり叩いてもらうのだ。
「いまはあんまりトンカチは使われませんが、要領は同じですよ。マナ板の上に白布を敷いて、その上に左手を広げるんですよ。そして小指と薬指の間に出刃を突き刺し、出刃の柄を右手に握ってね、馬草斬りともいうんですが、馬草を斬る要領でグイッと押し斬るんです」(稼業関係者)
なかには、医者に駆け込んで、麻酔をかけてから指を斬ってもらう若い連中もいるとか。
その痛みはやはり半端なものではないのだろう。
左手に巻かれた包帯も生々しい東京の若手組員(27)が、その指詰めの体験談を語ってくれた。
「ええ、ちょっとドジをしましてね。こりゃ、謝るだけじゃすまないと思いましたから、思い切って詰めて組長のところに持っていったんですが、組長からは最初怒られましたね。バカヤロ、そんなもん受け取れるか、って。そこまでやらずにすむやり方があるだろっていわれたんですが、私の気持ちが承知しませんでしたから。結局、最後は組長に受け取ってもらってね。そりゃ、痛いことは痛いですが、刺青彫る痛みに比べたらラクなもんです」
他のある組関係者の指詰めの仕方は、こんな具合だった。
まず指を立てたまま、20分間ほど、左手をずっと上にあげておくのだ。すると血がすっかりさがって、小指に触っても、ほとんど感覚がなくなってしまう。
そこで切断する関節の下を、糸で力いっぱいキリキリ巻きに巻いて締めつけるのである。そのうえでドスを当て、ひと思いに切り落としたという。
この方法だと、痛みはほとんど感じることはないというが、映画の鶴田浩二や高倉健とはだいぶ違うようだ。
元極道で、現在画家の山本集氏の現役時代の指詰めシーンはこんな具合だ。
〈若い者に台所のまな板と大工の使うノミを用意させた。小指に、「あんじょう成仏してくれ」と心の中でつぶやいて、ちょっと口に含んで、湿り気をつけて、まな板の上にきっちり乗っけた。
小指の第一関節にノミの刃を当てて、金ヅチ持った若い者に、「ヨシ、いったれ! 遠慮せんと、目いっぱいひっぱたくんや」と腹の底から声を出した。
大きい声を出すんは、気合い入れるためや。けど、瞬間は目ぇつぶったとちゃうか。
そないしたら、小指が、ピューッと飛びよった〉(山本集『西の空からコケコッコー』より)
ファッションとしての指詰め
ヤクザ社会において、なんのトラブルもなく、順風満帆に高い地位まで昇りつめていける人というのは、ごく稀であろう。つねに落とし穴が用意されてあり、揉めごとや厄介ごとも待ち構えている。
指を1本も失うことなく、高い地位まで昇るのは、なかなか難しいといっていい。そのため、現役の親分衆のなかには、小指1本がないどころか、3本も4本も指が欠けている人がいるし、昔は満足な指が3本しかなかったという大親分もいた。
自分の不始末や不義理などからの指詰めを“死に指”といい、身内などの不始末を、本人に替わって詰めるのを“生き指”ともいうとか。
先ごろ亡くなった稲川会・石井進前会長も、若いころは、破門されかかった兄弟分のために、親分(稲川総裁)に詫びを入れ、指を詰めたことがあったという。ところが、
「なかにはほとんど意味なく指を詰める人間もいるんだよ。何かというとすぐ詰めるんだけど、もう自虐症としかいいようがないね。言葉遣いが悪いとか、兄貴分にいわれたぐらいですぐ指詰めちゃうんだ。だから、いまじゃ指が4、5本しかないんだよ。何か勘違いしてるんじゃないかとしか思えない。他の若いヤツにもいるよ。誇示のために指詰めるヤツが。まるでファッションだよ。オレの知ってるんじゃ、指が2本しかないというのもいた。タコだよ、まるで」(稼業関係者)
怖い話ではある。