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横綱の主治医

2021.06.11 公開 ポスト

横綱白鵬、復活へ勝負の3週間。決意と照ノ富士への思い杉本和隆(整形外科医)

7月の名古屋場所で、膝の手術からの復活を期す横綱・白鵬関。彼の横に長年寄り添いながら、今回の手術も担当したのが、膝の人工関節手術の第一人者で整形外科医の杉本和隆さんです。本連載では主治医だからこそ語れる横綱・白鵬とのエピソードを語っていただきます。

まさに自身の進退をかけて臨む名古屋場所。そして、綱取りのかかる大関照ノ富士への思いとは。主治医にしか見せない、横綱の意気込みと本音をご紹介します。

 

*   *   *

四股を再開

前回の記事で、横綱の膝の軟骨が再生し、リハビリを本格化させたことをお話ししました。実際、再生した軟骨も安定してきたので、リハビリの強度を徐々に上げ、ついに約ひと月前の5月中旬から土俵で四股を踏み始めました。

(写真:iStock.com/c11yg)

とはいえ、ここに至るまでは大変な道のりでした。リハビリの過程で、スクワットの沈み込む深さを深くしていくのですが、深いスクワットをすると、横綱も気づかぬうちに、変な癖がついていることがわかりました。(手術した)右膝をかばうような形。無意識に右膝になるべく負担をかけないような癖がついているのです。

無意識に右膝をかばう癖ができていた

横綱は悪いなら悪いなりにうまく対処するのも一流ですが、本当の復活を目指すのであれば、それを修正しないといけません。その癖のせいで、身体の軸がズレてしまっていました。とはいえそのズレもミリ単位の話。実際には横綱の身体の軸を、3次元動作解析装置「VICON」調べたところ、3ミリのズレがありました。たった3ミリと思われるかもしれませんが、力士はあの大きな身体を足腰で支えています。ほんの少しの軸のズレが命取りになるのです。

通常、癖になってしまった姿勢やポジションを修正することは並大抵のことではありません。しかし、横綱の凄いところは、たった1週間でそれを修正してしまった。これには、今まで多くの力士を診てきた私でも舌を巻きました。

復活に向け今後3週間が本当の勝負

と、ここまでは順調に復活への階段を登っているように見える横綱ですが、実は一番の勝負はこれからの3週間になります。私が主治医として、一番心配しているのが、やはり3月に手術をした右膝の状態です。

(写真:iStock.com/Anut21ng)

横綱が四股を踏み始めて、3週間が経とうとしています。さらに、最近はぶつかり稽古も解禁しました。力士が四股踏む時の圧力はものすごいものがあります。一軒家の2階のベランダから飛び降りるのと同等の圧力です。

それを力士は1日100回も四股を踏みます。非常に過酷ですが、それが横綱にとっての生命線。しかし、それほどの負荷がかかれば自然と膝にも負担がかかります。実は軟骨が再生してから一時引いていた膝の水が、四股を踏み始めてから少しだけ溜まるようになってしまいました。

四股は横綱の生命線

しかし、これだけ全力で取り組んでいたら、仕方のない部分もあります。先ほど、四股は横綱にとっての生命線と書きましたが、四股を踏まずに相撲を取るということは、野球のピッチャーがブルペンで投げずに試合だけ投げろというようなもの。横綱は四股を踏むという行為に、足の裏が土を噛む感覚をつかむことや、力の入れ方やその技術を集中させ、自身の取る相撲に結びつけているのです。

 

私自身、その大切さを痛いほどわかっているので、やめろとは言えません。もし横綱に四股をやめろと言うとしたら、それは、相撲をやめろというのと同義なのです。なので、これからの3週間は本当に復活に向けた最大のヤマ場だと思っています。

白鵬は焦っていた

ひとつ、横綱にとって追い風になることがありました。6月に両国の国技館で予定されていた、合同稽古が中止になったのです。合同稽古は他の部屋の力士と稽古場で相撲を取れる唯一の機会で、野球でいうオープン戦のような意味合いがあります。

皆さんご存じの通り、横綱は既に何場所も休場が続いています。だから、何としてでも稽古に出て、他の部屋の力士と相撲をとって、自分のいまの状態を確かめたいという気持ちがありました。しかし、正直、いまのペースでは絶対に間に合わない。横綱自身も相当焦っていたと思います。

(写真:iStock.com/ranmaru_)

それが5月の夏場所中に稽古の中止が発表された。つまり、稽古に合わせる必要がなくなり、七月場所が始まる7月4日に間に合わせれば良いという状況になりました。それでやっと、いま、気持ちが落ち着いて、腰を据えてトレーニングに打ち込むことができるようになっています。膝の状態、体力、そして気持ち……。繰り返しになりますが、相撲を取れる状態に、最高の状態にもっていくための、勝負の3週間です。

照ノ富士への思いに変化

7月の名古屋場所は、横綱が復活できるのか、ということと同時に、夏場所で2場所連続優勝決めた大関照ノ富士が、綱とりに挑む場所でもあります。最近、白鵬からは「照ノ富士は強くなった」という言葉をしばしば聞くようになり、私自身少し驚いています。

(写真:iStock.com/marchmeena29)

というのも、「白鵬は照ノ富士よりも圧倒的に強い」というのが周囲の見方でした。白鵬自身も、そのように認識していと思います。それが彼の中で最近、少し変わってきた。もちろん横綱の休場が続いたため、最近は照ノ富士と土俵で相対する機会もありませんでした。

照ノ富士にとっては、ようやく掴んだ最高位を目指す立場。名古屋場所に期する思いは非常に強いでしょう。一方で白鵬にも、長年横綱の立場を守ってきたという自負があります。

白鵬の復活か照ノ富士の綱とりか

白鵬の考えの中には、「強ければ大関にはなれるが、横綱は神様に選ばれないとなれない存在だ」というのがあります。私が白鵬に「照ノ富士と勝負をしたら、どうなるのか」と聞くと、「こればかりは、その時にならないとわからない」と返しました。

 

名古屋場所の千秋楽にならないとわからない、というのです。神様が「お前はもう相撲を辞めても良いよ」と言うのか、はたまた「お前が照ノ富士を止めろ」と言うのか……。私自身、その答えを知りたい。そう思っています。

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横綱の主治医

膝の人工関節手術の第一人者にして、大相撲の横綱・白鵬関や格闘家の武藤敬司さんなどアスリートのサポートもされている整形外科医、杉本和隆さん。

膝はいま、日本人の4人に1人が何らかのトラブルを抱えているといわれています。

本連載では、膝とうまく付き合いながら生き生きと人生を送るためのポイントや主治医だからこそ語れる横綱・白鵬関らとのエピソードを語っていただきます。

 

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杉本和隆 整形外科医

人工関節移植手術において全国トップレベルの症例数を持ち、日本人に合わせた人工関節の開発にも携わる。従来の半分ほどの切開で人工関節を移植する手術法【MIS】を用い術後の回復を格段に早めることに成功。
患者さんの夢に耳を傾けそれに応える人工関節手術を行うことを信念としている。
横綱・白鵬関はじめプロゴルファー、格闘家などの治療・サポートをしている。

東京都立大学客員教授、アジア整形外科学会理事、日本人工関節学会評議員など

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