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ヒトコブラクダ層ぜっと

2021.06.23 公開 ポスト

万城目学インタビュー「シリアスになるのが嫌い。隙あらばユーモアを挟みこみたい」幻冬舎編集部

唯一無二の世界観で物語を紡ぐ万城目学。
どこまでも大きい作品スケール、それでいて親近感が持てる登場人物が躍動する物語は、多くの読者を楽しませてきました。
2021年6月23日発売の最新刊『ヒトコブラクダ層ぜっと(上・下)』(文庫版『ヒトコブラクダ層戦争(上・下)』)でもその世界観は健在。
それどころか、パワーアップしています。
アクションあり、神話ありのジェットコースターエンターテインメントの魅力に迫ります。

(構成:瀧井朝世 撮影:吉成大輔)

カバーデザイン bookwall

*   *   *

ありえないほど壮大な物語。着想はデビュー当時からあった

それぞれ異なる特殊な能力を持つ三つ子の兄弟が、謎の女に脅されて自衛隊に入隊、イラクに派遣されて古代メソポタミア、シュメール文明の謎に迫ることに――万城目学さんの新作『ヒトコブラクダ層ぜっと』はとんでもない大風呂敷を広げたエンターテインメント。これまで国内の実在の土地を舞台に選ぶことが多かった著者が、一気に海外へ舞台を移した。が、意外にも着想はデビュー当時にすでにあったようだ。

万城目「『鴨川ホルモー』を出した後、いろんな編集者が声をかけてくれたんです。その時にいくつか話したプロットのひとつが、〇〇から泥棒を頼まれて、その報酬が〇〇、というオチの話だったんです。そのアイデアがずっと残っていました」

〇〇はネタバレになるのであえて伏字にしておく。もうひとつ、以前から外国映画を観ると「これを日本人で作ったらどうなるのだろう」と想像するのが好きだったそうで、

万城目「十五年以上前にレンタルビデオで映画を観ていたら、本編が始まる前の予告編で、湾岸戦争時のイラクの砂漠を舞台にした、軍人を主人公にした映画が紹介されていたんです。その時、日本人がこの設定でやるならPKOでイラクへ、という展開かなと思ったんですよ」

そうして少しずつアイデアが集まっていったが、執筆するのは大変だろうとは思っていた。実際、二〇一六年に刊行した『バベル九朔』の雑誌連載を開始する前、

万城目「編集者に“雑居ビルの話とイラクを舞台にしたインディ・ジョーンズみたいな話、どちらがいいですか”と訊いたら“雑居ビルですね”と言われて。その時、大変なことにならなくてすんだ、と、ほっとしました(笑)」

ということも。だがそれからほどなく、二〇一七年、いよいよ『ヒトコブラクダ層ぜっと』の連載をスタートさせることに。

日本一の恐竜博士に取材。熊本・福井で発掘体験も

三つ子の梵天、梵地、梵人は現在二十六歳。幼い頃に隕石の落下事故で両親を亡くし、これまで三人で生きてきた。長男の梵天は三秒間だけ壁の向こうや土の中を透視する能力を持ち、そのため恐竜の化石発掘に夢中だ。

一方、考古学好きの梵地は、どんな国の言葉も理解する能力を持っている。

梵人が持つのは三秒先の出来事がわかる能力。相手の動きが先に把握できるため昔からスポーツが得意で、高校時代は特待生としてオリンピックを目指していたが、怪我で挫折。そのため屈折した思いを抱いているが、最近は中国マフィアの用心棒などの仕事に関わっている。

万城目「僕が書く小説はだいたい主人公がものを知らなくて、周りの人が蘊蓄を教えてくれることが多いでしょう。でも今回は恐竜、古代文明、現代中東情勢、自衛隊と、説明しなければいけないことがたくさんあるので、毎回専門家を登場させるのも面倒くさくて。それで、主人公を三人に分けて、それぞれが何かの分野の専門家ということにしました。

それに、梵天に透視能力があれば金庫破りができる。梵地の能力については、PKOに参加した自衛隊の知り合いから通訳をやっているという話を聞いていたことが参考になりました。梵人については、一人を闘いのエキスパートにしておけばアクションが必要な場面で役立つだろう、くらいの目算でスタートしました」

三人はずっと、兄弟にも自分の能力をひた隠しにしてきた。それがある出来事を通して互いの能力を知り、協力しあって泥棒稼業に精を出すことに。

だが、梵天が化石発掘のため山を買いたいと言い出し、大金の窃盗を働いたことから謎の女に尻尾を摑まれ、彼女の言いなりとなって自衛隊に入隊。PKOとしてイラクに派遣され、とあるミッションを課される。はじめて海外を舞台にするにあたって、まず取材に行ったという。

万城目「イラクには行けないけれど、隣のヨルダンにツアーで行きました。その頃、テロの影響で軒並みツアーが中止になっていたんですが、一件だけ催行されていたんです。

砂漠が見たかったんですが、ヨルダンは高地なので火星のような礫砂漠。イラクの砂漠とどう違うのか、今もわからないままですが、まあ、イラクを舞台にした映画はだいたいヨルダンで撮影されているし、礫砂漠で大丈夫かな、と」

国内でも取材旅行に出かけた。

万城目「北海道では恐竜の全身骨格が見つかったむかわ町に行って、発掘に携わった人たちの話を聞いて、熊本と福井では発掘体験に参加して。発掘の前日は“大発見して翌日の新聞の一面に載るぞ”と思っていたのに、当日十分か二十分でもう絶対無理、と思いましたね。

岩は割れないし割っても見分けがつかなくて、小さい欠片を学芸員さんに見せると“植物の化石ですね、おめでとうございます”と言われるんですけれど、周りのみんなも見つけている。大人たちはすぐにばてて、子どもたちのほうが熱心に探してたくさん見つけていました。日本一の恐竜博士と言われる小林快次先生にお会いできたのも大きかったです」

さらに、事前に資料にも相当あたった。三兄弟は古代メソポタミアにあったシュメール文明の謎に迫ることになるのだが、

万城目「いつもの僕の攻め口と同じで、古い歴史を絡めることは自然と思いついたんですが、教科書に毛が生えたレベルの知識しかなくて。恐竜についても小学生の頃に図鑑を見たくらいの知識しかないし、作中に直接出さないにしてもイラクの湾岸戦争後の複雑な経緯も押さえておかなければならない。資料を読んで自分の中に情報を蓄えるまでに半年かかりました」

思い出したのは大学時代の悔しさ。遺跡を前に何も想像できなかった

連載は実に足かけ四年、三十四回にわたった。結果、万城目作品最長の千五百枚、単行本で初の上下巻だ。

万城目「最初は七、八百枚くらい、十カ月の連載で終わらせるつもりだったんです。でも二百枚書いたところで、まだ肝心の遺跡の入り口どころか、イラクにも辿り着いていませんでした。

なんか心配になるんですよ。さっさとサビの場面に行けばいいのにイントロを入れたり、もう一回Aメロを入れたほうがサビがもっと盛り上がるんじゃないかと思ったりして、ついつい膨らんでしまう」

細部は決めずに書き進めるなか、何も思いつかない時は筆が進まなかった。一日十時間机に向かって原稿用紙一枚を満たすことのできない日もあったとか。

万城目「ある程度、ストーリーに余白というかあそびがないと、その場面は面白く書けても先に行くと詰まるだろうとわかる。決め過ぎず、野放しにせずの状態でじりじり書いていくとそれから百枚、二百枚が経ったあたりでストーリーが繋がっていく。繋がるまで我慢しているのがしんどいんです。使いたいアイデアを忘れないように、創作ノートを何度読み返したことか」

ノートは、恐竜のページ、イラクのページ、メソポタミア文明のページなどに分けて、二冊分作ったという。

万城目「資料を読んでわかったことを全部書き出していたんです。地図も縮小コピーして貼り付けてました。それで、連載中に読み返してまだ使っていないところを確認していましたが、その作業もしんどかった。

たまたま高野秀行さんにそのノートを見せたことがあったんです。そしたら“なんでPCで作らないの? 検索すれば一発で出てくるでしょ? ”と言われて、“えっ! そうか”って(笑)。これまでまともに創作ノートなんて作ったことがなかったから、ノウハウを知らなかったんですよ」

知らない場所を描くのにもかなりの苦労があった。

万城目「遺跡についてもちゃんと描写しないと、ピンチを迎えてからのドラマが盛り上がらない。思い出したのは、大学生の頃にトルコのエフェソスの遺跡に行った時のこと。円形劇場の上に立って町を見下ろせば当時の街並みや活気が感じられるかと期待したのに、いざ見渡してみても何も浮かばなかった。

遺跡について何も勉強していなかったから、何も想像できなかったんです。あの悔しさを憶えていたので、今回そこはやはり調べました。読者からするとどこが本当でどこが嘘かわからないと思いますけど」

ひとつひとつの情景描写でも楽しませてくれるのは、こうした労力があったからこそ。また、物語の中に溶け込んだ蘊蓄的な情報や考察も楽しい。たとえば、ティラノサウルスは北米で発見されているが、もともと祖先はアジアに生息し、ベーリング海峡から北米に渡ったという。つまり、日本でティラノサウルス級の恐竜の化石が見つかる可能性はないはずだが、梵天は西に戻ってきた個体がいた可能性だってある、と考える。

万城目「小林快次先生と対談した時に、このアイデアはどう思いますかと訊いたら、まあ、いいんじゃないですか、って。あくまで可能性はゼロではない、という意味でしょうけど」

印象的なのは恐竜が絶滅した時の事情。これも小林先生から、「むかわ竜」が発掘された際の状況を教えてもらい、参考にしたという。滅びるといえば、一大文明を築いたシュメール人がいなくなった理由についての、梵地の考察も心に残る。

万城目「あれは僕の想像です。ただ、あの頃、明確な意図を持って文字で自分たちのアイデンティティを残したのって、バビロン捕囚を耐え抜いたユダヤ人だけなんですよね。シュメール人は自分たちの文化を残すことに対して淡泊だったのかもしれないし、彼ら以外にも周囲に同化して消えた文化はたくさんあるでしょうね」

古代に思いをはせ、切なくなる場面もあるが、他にも、暗かった梵人に訪れる変化など、ぐっとくるエピソードも多い。ただ、全体を通しては、ハラハラさせながらも絶妙にとぼけた味わいが漂う楽しいエンターテインメントだ。

万城目「今回は陽気な話を書こうと思っていましたから。もともと登場人物がずっと本気であり続けることが、生理的に耐えられないところがあって。隙あらばユーモアを挟みこみたくなってしまう」

新刊を出すのに四年もかけるなんてしんどかった、とぼやく万城目さん。では次の作品はというと、

万城目「『週刊新潮』で『あの子とQ』という連載が始まりました。田舎の女子高校生が吸血鬼で、Qに監視されていて、最初はラブコメで途中から深刻な話になります――と説明しても何のことかわからないと思いますが(笑)。あまりに今作がしんどかったので、田舎のお気楽高校生の話を書くのが序盤、やけに簡単に感じられて。今だけの錯覚かもしれませんけど」

関連書籍

万城目学『ヒトコブラクダ層戦争(上)』

榎土梵天、梵地、梵人は三つ子の三兄弟。自 分たちが謎の能力「三秒」を持つことに気づ き、貴金属泥棒を敢行。大金を手にした梵天 は、ティラノサウルスの化石発掘の夢を抱き 山を丸ごと購入した。だが、そこにライオン を連れた謎の女が現れたとき、彼らの運命は 急転する。海を越え、はるか砂漠の地にて、 三兄弟を待ち構える予測不能の超展開とは!?

万城目学『ヒトコブラクダ層戦争(下)』

自衛隊PKO部隊の一員としてイラクに派遣 された榎土三兄弟。彼らの前に姿を現す、か つてメソポタミア文明が栄えた砂漠の地の底 に潜む巨大な秘密、そして絶体絶命の大ピン チ。恐怖の襲撃者から逃れつつ、三兄弟はす べての謎を解き明かすべく戦い続ける。驚愕 のラストまで一気読みの面白さ。アクション あり神話ありの超弩級スペクタクル巨編!

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