6月23日(本日)、ある小説が書店に並びます。
タイトルは、『二人の嘘』。女性判事と元服役囚を主人公に据えた長編小説です。
著者の一雫ライオンさんは、こう言ってはなんだけど、優等生ではありませんでした。
あちこちにぶつかって、もがくようにして生きてきたそうです。
でも、「だからこそ」とあえて言わせてください。
だからこそ、彼は人の痛みを知っています。
だからこそ、彼の書く小説は優しいのです。
『二人の嘘』に込めた思いを、一雫ライオンさんに率直に綴ってもらいました。
* * *
ずいぶんと、回り道をしてきたのだと思う。
『二人の嘘』の刊行に合わせ、担当編集者に「どのような経緯で小説家になろうと思ったのか、書いてみませんか?」と提案してもらった。打ち合わせなどを通じて少なからず私の人生を聞いた彼だからこそ、そう言ってくれたのだろう。
が、もちろんそれは誇れる人生ではなく、真逆だ。高校二年の時に退学になった。教師が最後に母親に言った「あなたの息子はどうしようもないから、どこの高校も拾ってくれないでしょうし、俳優にでもさせたらどうですか?」という言葉をひっくり返したくて、定時制高校に通い大学の夜間部の推薦をもらった。俳優の方は退学になった十七歳から押し込み強盗のように週に一度、ある芸能事務所に居座り、怒鳴られながらもなんとか、十九歳で入所を許してもらった。が、俳優を志す理由の一つが復讐心である。十九歳。先行きが明るくないことはすぐにわかった。大学も、すぐに辞めてしまった。
二十代は、とても語ることができない。ただただ沼のように、自分の悪癖に染まった。「間違ったほう、間違ったほう」へ身を堕とした。身を堕とすとわかるが、白線のような物が見える。「この白線のむこうに行ったら、もう戻れないよ」と語りかけてくる白が見える。おそらく何本も越えただろう。が、最後の最後の白線は、その手前、足の親指が触れるか触れないかの所で踏みとどまった気がする。それは、堕ちても手を差し伸べてくれた人がいたからである。それが一人の女性だった。「本を読みなさい」「内面が鍛えられるから」そう言ってくれた。が、その言葉も裏切り、私は居場所を転々とし、なんとか「なにもできない自分」をごまかし続けた。事務所を変え、ある俳優の付き人をし、酒を浴びるように呑んだりしているとあっという間に三十を超えた。どうにか人生をギブアップできないか? そんなことばかり考えていた。自閉症の弟の存在がなければ、本当にギブアップしていたかもしれない。
そんな時、一冊の本に出合った。ぼろぼろの精神で中目黒の裏路地を歩いていると古本屋があって、表の棚に文庫が売られていた。一冊を手に取り、狭い部屋で昼から読み始めた。夕方本を閉じるときには馬鹿みたいに泣いていた。その本は中島らもさんの『今夜、すべてのバーで』だった。
三年後に劇団を作ったのをきっかけに脚本を書き始め、幸いにも脚本が仕事になり、俳優は辞めた。映画脚本を書くうちに処女作となる『ダー・天使』を出せた。この頃には「小説一本で生きていきたい」と思うようになった。最後の脚本の仕事を終え、今回の『二人の嘘』を書き始めた。
『二人の嘘』の主人公は、「十年に一人の逸材」と言われる女性判事と、哀しき偽証で真実を隠し通した元服役囚の二人である。図らずも、失踪した母親の影響から「間違うこと」を執拗に恐れる女と、「間違ってしまった」男との物語となった。男女の違いはあるが、どちらも間違いを犯しながらも生きてきた私そのものだった。
「回り道をしたけど、小説を書くことに巡り合えた」と綺麗に言える生き方じゃない。だけど回り道の隙間には理性を超えるほど人を好きになったり、溺れたり、助けられたりする瞬間がある。そんなことを、せっかく辿り着けたこの島で、書き続けたいと強く思っている。
二人の嘘
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