ブレイディみかこさん著『女たちのポリティクス』が発売になりました。アメリカ初の女性副大統領になったカマラ・ハリスや、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)といった各国女性首脳。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどう闘い、上り詰めていったのか。その政治手腕を激動の世界情勢と共にブレイディさんが鋭く解き明かします。今回は、共和党の男性議員から浴びせられた性的暴言に対して「妻や娘がいることは立派な男性である証拠ではない。尊敬と品位を持って接する人が立派な男性なのです」と言ったことでも知られるアレクサンドリア・オカシオ=コルテスの登場です。
AOCの「腐敗ゲーム」
英国のオーウェン・ジョーンズ著『エスタブリッシュメント』の解説を書いた。この本は、エスタブリッシュメントと呼ばれるほんの一握りの人々が、いかに政治、経済、司法、警察、メディアのすべてを牛耳り、自分たちの利益を守るために巧妙にそれらを用いているかということを暴いた。が、最近、この分厚い本の内容を、わずか5分でスピーチしているような、鮮やかな政治家の映像を見た。
「AOC(アレクサンドリア・オカシオ゠コルテスの略)が凄いから見ろ」とYouTubeのリンクをメールしてきたのは社会運動に関わっている英国人の友人だった。
だいたいAOCという呼び名は政治家というより女性ラッパーみたいだ。なんじゃそりゃ、と興味を持ち、リンクを開いてみたら、弱冠29歳のAOCがショッキングピンクのジャケットを着て座っていた。めっちゃ派手である。色褪せた地味な議会の風景に、ポップスターが舞い降りたかのようだ。それは米下院で行われた政治資金監査団体の幹部たちとの質疑応答のワンシーンだった。AOCは、ずらりと並んだ幹部たちを前に一大スピーチ・パフォーマンスを繰り広げていた。
「私は『バッド・ガイ』になります」
のっけからAOCはそう宣言した。
「私は、できるだけ悪いことをして咎められずに逃げたいと思っています。自分の富を追求し、利益を拡大したいんです。たとえそれが米国の人々より自分の利益を優先することだとしても」
と自らのキャラ設定をしたAOCは、政治資金監査団体幹部たちに、
「あなたたちは私の共謀者です。私が悪いことをして合法的に逃げ切る手伝いをしてください」
と頼む。
「もしも私が選挙資金のすべてを企業の政治活動委員会から出してもらいたいと思ったら、それを妨げる法律は何かありますか?」
そうAOCが質問すると、幹部の一人が答える。
「ノー。ありません」
「ということは、化学燃料会社や保険会社や大手製薬会社などの大企業から私が100%選挙資金を出してもらうことを阻止する法律はないということですね」
とAOCはダメ押しする。そして強い意志を感じさせる瞳をきらきらさせながら、周囲をおちょくっているようにも、大真面目で言っているようにもとれる口調でこう続ける。
「例えば、私には世間に知られたらまずいことがあるとします。選挙で当選するためにはそれを隠さなければいけません。だから、私は自らのダークな選挙資金を使って、黙らせておかねばならない人にお金を渡して選挙に勝つことにします。さて、私は当選しました。いま、私には法案を提出し、法案通過のために働きかけ、米国の法律を作る力があります。素晴らしいことです! さて、私が関与できる規制法は制限されていますか? 私の選挙運動資金を援助した団体はそれぞれの業界に利害関係を持っていますが、私はどんな業界の規制法の策定にも関わることができるんでしょうか? 私がどんな規制法の法案を提出し、法案通過のために働きかけることができるかということに、法的な制限はありますか?」
すると幹部の一人は短く答える。
「全く制限されていません」
「ということは、私が石油会社やガス会社や大手製薬企業にもらった選挙資金で議員になったとしても、例えば、製薬がらみの規制法でも合法的につくれるということですね」
「はい、そういうことです」
AOCは米国の議員と大企業とのダークな繋がりを鮮やかに示していく。政界の「バッド・ガイ」は特定の業界の規制法をつくって株価を操作し大儲けできることや、米国大統領には国会議員に対する倫理規定がまったく適用されないことなどを次々に暴露していくのだ。この映像はAOCの「腐敗ゲーム」と呼ばれ、CNNがYouTubeにアップした3日後には約100万人が視聴していた。
この映像の凄みは、そのわかりやすさだ。これなら小学生でもわかるだろう。さらに、トランプ大統領が他者を批判するときに頻繁に使う「バッド・ガイ」という言葉(彼にかかれば、オバマ前大統領もCIA元長官も「バッド・ガイ(悪いやつ)」だった)を逆手に取り、トランプの名を一度も出さずに最高権力者ほど倫理的行動が求められない政界の不条理をユーモラスに示した点。そうとうなブレーンがついているに違いないが、議会でのスピーチがもはや「喋り」の域を超えて、一つの「表現」として成立しているところが面白い。
いまや米国のみならず世界中の左派のミューズになったAOCとは、こういうことをやってのける鮮烈なパフォーマーなのだ。
オルタナ右翼も絶賛する極左議員
このようなパフォーマンス(あえてスピーチとは呼びたくない)を見ていると、若き日の英国のトニー・ブレア元首相をちょっと思い出す。ブレア元首相とAOCとでは、政治理念的にはまったく違うが、ショービズ的なスター性を兼ね備えている点では似ている。実際、ブレア元首相は政治家よりもロックスターになりたかった人だし、AOCも学生時代のキレキレのダンス映像が発覚して話題になったことがあった。
「もはや右対左ではない下対上の時代だ」というのは2016年刊行の拙著『ヨーロッパ・コーリング』の帯文だったが、世界が本当に上と下の構図になっているとすれば、AOCは、話がちょっとでき過ぎなんじゃないかと思うぐらい下側をレペゼンする人物として登場した。
ニューヨークのブロンクス出身の父親と、プエルトリコ出身の母親の間に生まれた労働者階級のヒスパニック系女性。ボストン大学在学中に父が死去し、清掃作業員とスクールバスの運転手をして生計を立てていた母親を助けるため、2017年までニューヨークのレストランでバーテンダーやウエイトレスとして働いていた。地べたの苦労人である。
2016年の米大統領選挙でバーニー・サンダースの陣営に参加し、オーガナイザー(選挙スタッフのまとめ役)として働いた。
政治家のエリート化、エリート層の労働者階級との意識の乖離が叫ばれる中で、彼女は庶民の代表たらんことを宣言し、2018年11月の中間選挙で史上最年少の女性下院議員として当選を果たし、世界中の注目を集めることになった。下り坂の世代と言われるミレニアル世代、ヒスパニック系、労働者階級出身、女性。すべての分野でマイノリティを代表するようなAOCは、サンダース派であることからもわかるように、米国では「極左」と呼ばれる民主社会主義の信奉者だ。
が、政治理念のベクトルでいえば反対側にいるはずのスティーブ・バノン(トランプ政権発足後に首席戦略官兼上級顧問を務めたオルタナ右翼界の超大物)が、なぜかAOCを絶賛している。
「AOCは僕が呼ぶところの『胆力』、または負けん気を持っている。気概と決断力とファイティング・スピリットが合わさったものだ。それは教えることができるものではない。持っている者は持っているし、持っていない者は持っていない。彼女にはそれがものすごくある」
バノンはポリティコ誌のインタビューでそう語っており、政治家としてのAOCの資質を手放しで賞賛しているのだ。
モデルのようにフォトジェニックな容姿のAOCは、いまどきの若者らしくインスタグラムを最大限に活用し、雑誌のグラビアのような写真を定期的に投稿し、政治をファッショナブルなものに変えようとしている。これもまた、ダサいおっさん政治を体現するようなトランプへのカウンターとも言える。が、実は彼女とトランプはそれほどかけ離れた存在ではないのではないかという指摘もある。
もちろん、左右の思想の違いはあるが、政策を練る手腕や政治経験ではなく、レトリックとパーソナリティーで人気を勝ち取ってきた点、反エスタブリッシュメントとして支持されている点など、トランプ大統領とAOCはそっくりだという識者たちもいるのだ。彼女がやっていることはいわゆる、左からのポピュリズムであり、AOCを「進歩的なトランプ」と呼んだジャーナリストもいる。
MMTの広告塔
このように「政策よりもパーソナリティー」で人気を得たと言われがちな彼女だが、実は経済政策オタクからも注目を集めている。というのも、彼女はMMT(モダン・マネタリー・セオリー:現代貨幣理論)という、近年、欧米の進歩的な人々の間で話題になっている経済理論を広めようと努力しているからだ。このMMTは、「国の借金を減らさなければ一国の経済は破綻する」という、これまで主流だった財政均衡主義を根本から覆すような、「財政赤字は問題ではない」という考え方だ。
バーニー・サンダースの経済アドバイザーだった経済学者ステファニー・ケルトンがMMTの主唱者であり、AOCもこの理論に大きな影響を受けている。自国通貨と中央銀行を持ち、変動為替制度を採用し、大きな対外債務がない国家は、財政予算の制限に縛られる必要はないという考え方だ。だから、なんとなれば中央銀行が貨幣を発行して国債を買い、それを財源にして格差是正のための財政支出を行っていけばいいじゃないかとAOCは主張する。貨幣を発行しすぎてインフレが起これば、増税という手段で貨幣を集めて調整できるというのだ。
AOCは、政府は財政を均衡させる必要はなく、財政黒字はかえって経済を悪化させるというMMTの理論を「もっと積極的に議論の俎上にのせるべき」と堂々とプロパガンダしている。
欧州でもMMTは新左派と呼ばれる人々に注目され、スペインの政党ポデモス、英国労働党、DiEM25のヤニス・ヴァルファキスらは早くからこの理論の存在を知っていた。
過去数十年間、欧米の政府は教育、福祉、医療、インフラなどへの長期的投資をしなくなり、結果としてそのことが国の経済を停滞させ、格差を広げた。いまこそ「負債が増えると国が財政破綻する」を言い訳にしたドケチ政治をやめ、人々の未来のために長期的な投資プログラムを始めなければ、未来の世代に借金を残さないどころか、未来の世代じたいがいなくなるぞ、というのが欧米で勢力を伸ばしている左派の主張だ。
トップ1%のリッチな人々に70%の税率を課すことにしましょう、と発言して富裕層を震え上がらせたAOCだが、実は彼女の登場で、トンデモと見なされてきたMMTを米国のテレビや新聞が本気で取り上げるようになってきたことのほうが、よほど大きな変化だ。
これは世界の人々に、財政に対する旧来型の認識の一新を迫る理論であり、AOCはその最大の広告塔になっている。AOC&MMT。これまたラップ・デュオの名前みたいだが、このコンビネーションがにわかにホットな政治ワードになりつつある。
女たちのポリティクス
近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。