明日(7月7日)発売になる上野千鶴子さんと鈴木涼美さんによる『往復書簡 限界から始まる』。上野さんが代表を務めるWAN(ウィメンズアクションネットワーク)「女の本屋」へ担当編集者が寄せた紹介文をご許可いただき転載いたします。
いつだって時代の限界に立つ私たちの本
私は、上野千鶴子さんの言葉に揺さぶられ、その場で涙を流した経験が3回あります。
1回目は、2011年7月の上野さん東京大学退官の公開講演会で、東京大学でフェミニズムの講座を持つことがいかに大変だったか、でも、そのフェミニズムを後世に伝えきれなかったのではないかと忸怩たる思いを述べられたとき。
2回目が、雨宮まみさんの著書『女子をこじらせて』の文庫解説の原稿を受け取った2015年1月。男が与える承認に依存して生きるな、という叱咤と激励がありました。
3回目は、2019年4月。東京大学に入るほどの恵まれた能力を、競争ではなく、弱い人を助けるために使ってほしいという東京大学入学式の祝辞全文を読んだとき。
同じような揺さぶられ方をしたのは、作家の鈴木涼美さんの文章を読んだときです。それはお母さまが亡くなった1年後に書かれたものでした。
女の新しい道を作った日本を代表するフェミニストである、上野さん。慶應義塾大学から東京大学大学院に進み、同時にキャバクラのホステス、AV女優を経験、その後日経新聞の記者になるという女の自由を硬軟に満喫した鈴木さん。
このお二人で言葉を交わしあったら何かが生まれるのではないかと思ったのが企画の最初。実際に上野さんにご依頼を差し上げたのが2020年3月12日でした。
・・・・
上野千鶴子さま
ご無沙汰しております。
心落ち着かない日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?
こんな状況ですが、上野さんにご相談したい企画があり、ご連絡をしました。
鈴木涼美さんとの往復書簡の連載をお願いできないでしょうか?
私は、上野さんが書かれた雨宮まみさんの「女子をこじらせて」の文庫解説が大好きで、これまで何度も読み返しています。自分が見失いがちな、社会に向けての視線、他者へのやさしさ、自分への自信を上野さんの言葉で思い出させてもらっています。
そういった上野さんの言葉は、鈴木さんとやりとりすることで、より具体的な輪郭を帯びると思いますし、鈴木さんも上野さんに向けてであれば、年を重ねるごとに変わる複雑な気持ちを言語化できると思いました。
そのためには、対談ではなく、一定の距離と時間をおきながらの往復書簡という形式がよいなと思っています。
先の見通しの立たないなかですが、だからこそ、未来の楽しみを少しでも作りたく、少し前からなんとなく考えていた企画を、今こそお伝えしたいと思いました。
突然に恐縮ですが、ご検討いただけますとうれしいです。
・・・・
こんなわりにあっさりとしたメールを送りました。
上野さんのお返事は、「まず(鈴木さんの)同意を得てほしい」、鈴木さんは、「上野さんは自分とかかわりたくないのではないか」というもの。お二人ともどうしてそこまで相手の意向を気にしてらっしゃるのか不思議に思うほどでした。
それでも調整し、すばやく2020年5月末原稿締め切りの『小説幻冬』7月号から連載として始めることになった「往復書簡 限界から始まる」。上野さんから届いた最初の手紙の冒頭はこうです。
「鈴木涼美という若い女性は、デビューのときから気になる存在でした。その相手との往復書簡の提案を編集者から持ち込まれたとき、なぜわたしがあなたに関心を持っていることを知っているのだろう、といぶかったほどです。わたしのほうには異論はありませんでしたが、あなたがイヤがるだろうと予測しました。たぶんわたしはあなたにとって、煙たい存在ではないか、と感じたからです。」(17p)
お二人とも相手を意識しすぎていると思ったのは、気のせいではなかったのです。
上野さんの言葉は、私が揺さぶられた3回もそうですが、宛先が具体的になればなるほど、研ぎ澄まされます。ときに厳しすぎると思うほどに。
実際、連載が始まった当初は、決裂して終わるのではないかと何度も思いました。それほどの緊張感がありました。
そのなかで、鈴木さんが何度も訊ねた質問は、「上野さんは、どうして男に絶望せずにいられるのですか?」です。
「血のにじむ努力をされて女性たちの道を一番前で開き、(中略)男性をいくらでも見下せる経歴と知性をお持ちになりながら、どうして絶望せずに男性と向き合えるのでしょうか?」(66p)と。
二人が交わしたテーマは、「エロス資本」「母と娘」「恋愛とセックス」「結婚」「承認欲求」「能力」「仕事」「自立」「連帯」「フェミニズム」「自由」「男」。
親子ほどに年の離れた鈴木涼美さんという相手によって、上野さんはご自身の過去が呼び起こされたと思います。そして、安易に歩み寄らない二人の言葉からは、その時代において、そうせざるをえなかった女性たちの生き方が鮮明に浮かびあがります。
書簡の交換が始まってしまえば私にできることは何もありません。ただただ、届く言葉の強さ、深さに慄き、興奮するばかりでした。そうした二人の言葉の力で遠くに飛ばされ、新しい景色を見ることが喜びでした。
多くの方に、お二人の肩を借りて、限界だと思っていたその先にある新しい景色を眺めてほしいと思います。
上野さんが男性に絶望していない理由、そして、鈴木さんが上野さんにとってなぜ気になる存在だったかもぜひ本書でお確かめください。
(担当編集:竹村優子)
掲載元:女の本屋
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