7月7日に発売になった『読んでほしい』は、放送作家おぎすシグレ氏のデビュー小説。Twitterなどで、「面白い!」「笑えるなあと思ってたら、不覚にも感動した」となど絶賛!
せっかく書いた小説を誰にも読んでもらなえい中年男が、悪戦苦闘を始める――という物語なのだが、読み始めると止まらないのである。
前回、芸術家になった後輩に読んでもらおうと思ったのだが、合えなく失敗…。
さて、今回は、仕事仲間のディレクターに的を絞り、喫煙室で話し込む。そしてついに、理想的な質問をされた!
「テレビ以外に今、楽しいことはあるんですか?」さあ!いよいよだ!
* * *
横山君待っていろよ。もうすぐその答えを君に届ける。今、私がテレビ以外に楽しいこと。その答えは、小説だよ。小説を書くことだよ。それが今の私にとって一番楽しいこと。
その小説を読んでもらえれば、私はもっと楽しい。あと、いくつかの言葉のパスを交わしたら、するりと私は君にお願いができる。
(1)「緒方さんは、テレビ以外に今、楽しいことはあるんですか?」
(2)「実は今、小説を書いているんだ」
(3)「え? 小説を書いているのですか? いつ完成するのですか?」
(4)「実は今、完成したものがここにあるんだ。よかったら読んでくれないか?」
完璧だ。ここまでくれば断りようがない。もしこの状況で読むのを断ってきたら、きっと彼は魔物に違いない。しかし彼は魔物ではない。純粋で真っ白な人間だ。
もうすぐ私が望む展開になる。まさにゴールは目の前。素晴らしい。ここまで来られたのは私の力じゃない。君のおかげだ。引き出す力。その能力こそがディレクターの力なのだ。今まさに君はそれを体現している。私のような、しがない作家から、いい言葉を引き出してくれてありがとう。とても心地よい気分だ。
私が自然の流れで原稿を出せるチャンスをくれているのだ。
決めないといけない。絶対に負けられない戦いが、そこにはある。それが今。それがこの一瞬。
さぁ飛び込め! 緒方正平!
ワントラップしてシュートを決めるのだ!
「愚問でしたね」
???
愚問? 愚問って何だ?
「緒方さんはテレビ以外も、全てが楽しいですものね」
「どういうこと?」
「僕、緒方さんから教わったことがあるんです。僕が情報番組の仕事を楽しめていない時に『バラエティも情報も関係ない。楽しめれば全てがバラエティ番組。考え方一つでどんな状況でも楽しめるもんだ』、そう教えてくれました」
そんなこと言ったっけ? ああ、思い出した。言ったな。確かに言った。
「その言葉があるから、僕は今でも楽しく仕事ができています」
「あぁ。そう」
「だから何でも楽しめる緒方さんに、今楽しいことを聞くのは愚問だったと思ったんです」
いや、愚問ではなく最高の質問だったけど。
「そうだよ。楽しまなけりゃいけないんだよ!」
思わず私は、そう即答してしまった。
すると、横山君が自己分析を始めた。まずい。
「今日、情報番組を楽しめていない自分がいたんです。でも、喫煙ルームで緒方さんとお話をしたら、楽しさの大事さを思い出せました。ありがとうございました」
……え? まさか話は終わり?
やめてくれ。過去形でお礼なんて言わないでくれ。君は何故にそんなにも純粋なのだ。
そしてそれは罪なことなのだよ。それを新しく教えてあげたいぐらいだ。君は私の望むものを感じ取れていない。それは君が真っ直ぐすぎるからだ。だから私のような欲の塊を美化してしまうのだよ。昔、イイコトを言ってしまった自分が嫌になる。どうして昔の私はイイコトを言ってしまったのだろう。きっと、イイコト言いますねって言われたかったに違いない。そんな気分でイイコトを言ってしまったものだから、結局、この大事な今、本来の目的が話せない。いつも私は何をやっているのだ。自己嫌悪とはこのことだ。
横山君、まさかこのまま終わりにはしないよね?
もう一度、“テレビ以外の”楽しいことを聞いてくれるよね。
君ならできる。もっと感じ取ってくれ。私の欲望を。
「僕、もう一度、情報番組と向き合ってみます。また来週お願いします。ありがとうございました」
……ゲームセット……。
横山君は水の入った灰皿に煙草を捨てると、私に深々とお辞儀をした。私の心のうちで起きていることになど気付くことなく、喫煙ルームから出ていってしまった。
「熱っ」
私の煙草はじわじわと燃え続け、吸い口に近づいていた。
私も煙草を捨て、新しい煙草に替えて、これをしみじみと吸った。
「うまくいかないなぁ」
誰もいない喫煙ルームで独り言を漏らした。
(次回は「旧友に読んでもらおう! 編」です)
読んでほしい
放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!
――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。
次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?
笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。
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