わたしもあなたもたった“8つの要素”でできている。そして人間の選択や行動はすべて無意識によって決定される。脳科学や心理学の最新知見を使って解き明かした、この恐るべき「スピリチュアル理論」で、今度はあなた自身が「人生は変えられる」と気づく番だ——。 話題の新刊『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(橘玲著、幻冬舎)から、試し読みをお届けします。
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ビッグエイトのなかに「自尊心Self-Esteem」が入っていないことに疑問をもつひともいるかもしれない。これはたしかにそのとおりで、社会心理学では自尊心が行動や選択に大きな影響を及ぼすことが繰り返し示されている。
さまざまな調査で、自尊心が(適度に)高いことは学業や健康、社会的・経済的な成功にポジティブな効果があり、自尊心が低いとネガティブな効果がある(貧乏で不健康で早死にする)ことがわかっている。この知見が広く知られたことで、アメリカ社会では「子どもの自尊心を養うにはほめて育てるべきだ」「批判は自尊心を傷つけるから避けなければならない」「クラスでの競争は自尊心のない敗者をつくる」などの説が急速に広まった。
しかしその後、自らも自尊心の重要性を信じていた心理学者のロイ・バウマイスターが、自尊心と子どもの成長の関係を調べようと1万5000件もの研究をレビューしたところ、予想に反して「自尊心を養っても学業やキャリアが向上することはなく、それ以外でもなんらポジティブな効果はない」ことを発見した。他の研究者によるメタ分析でも同様の結果が出たことで、現在では(すくなくともまともな)心理学者は、「自尊心が子どもの成長に重要だ」と主張することはなくなった。
「ほめて伸ばす(自尊心を高める)」子育てや教育は、意味がないばかりか有害かもしれない。
バウマイスターは「ほめる」効果を計測するために、中間試験でC以下の学生から無作為に対象者を選び、自信をもたせるための応援メッセージ(君ならできる!)を毎週送り、他の学生には事務的な連絡メールだけを送った。結果はどうなったかというと、励ましのメッセージを受け取った学生は対照群より成績が悪かったばかりか、中間試験よりも成績が下がってボーダーラインから落第必至になってしまった。それ以外にも、学生の自尊心が高くなると成績が下がるという証拠が次々と見つかっている(*12)。
なぜこんなことになるかは、「自尊心は原因ではなく結果だ」と考えれば理解できる。50メートル走で最下位だった子どもに1位のトロフィーを渡しても足が速くなるわけではない。「ほめて伸ばす」という教育方針のバカバカしさはこれに似ている。
自尊心の低さと、薬物依存や10代の妊娠などの問題行動のあいだに相関関係があることは間違いない。だがここから、「自尊心が高いのはいいことだ」という結論は導けない。高い自尊心は、自尊心が低いのと同様に問題なのだ。
研究者は、自尊心の高さの利点として実証されていることは2つしかないという。ひとつは自主性が高まることで、もうひとつは機嫌よく過ごせることだ。これにはいい面と悪い面があって、信念に基づき行動し、リスクを引き受ける強い意志を持ち、困難を克服したり失敗から立ち直るのに有効だが、その反面、周囲の反対を無視して破滅的な行動に走ったり、自分が他人より優れていると思い込んだりする。アメリカでは若者のあいだでナルシシストが急激に増えていることが問題になっているが、これは自尊心を高める子育てや教育の影響ではないかとバウマイスターはいう。
*12─バウマイスター、ティアニー、前掲書。
スピリチュアルズ 「わたし」の謎
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