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「ひいき」の構造

2021.08.05 公開 ポスト

第2回

贔屓のなかには「貝」が4つある島田裕巳(作家、宗教学者)

寵愛(ちょうあい)、馴染(なじみ)、タニマチ、常連、自担(じたん)、推(お)し……歴史や分野をまたぎ発展してきた日本の「ひいき」文化。学校や会社、芸術界にスポーツ界、政治の世界まで、なぜ人は人に過剰な愛を向けずにいられないのか。『「ひいき」の構造』(島田裕巳著、幻冬舎新書)から試し読みをお届けします。

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贔屓ということばについて考えをめぐらしていく上でも、こうした視点は重要である。ただ、そうした点を論じていく前に、私たちはまず、贔屓ということばがどのような広がりを持つものであるかを見ていかなければならない。

贔屓ということばを聞いたとき、それに関連するさまざまなことばが思い浮かぶだろうが、まず何よりも関心を引くのは、「はじめに」で述べたように、「依怙贔屓」ということばである。

(写真:iStock.com/francecoch)

特定の集団のなかで、ある人物だけが目をかけられ、優遇されることがある。それをさして、依怙贔屓と言われる。自分が依怙贔屓されたという人もあるだろうが、多くの場合、誰か別の人間が依怙贔屓されているのを目にした経験を持っている。なかには、自分が依怙贔屓する側にまわったことを自覚している人もいるかもしれない。学校の教室では、依怙贔屓の問題はたびたび浮上する。

依怙贔屓が、ある人間にだけ有利に働くものであるだけに、そのイメージは決してよいものではない。依怙贔屓は公正さに欠ける。おおむねそのように考えられている。

しかし、贔屓はそのように否定的なものとしてだけとらえられているわけではない。

贔屓が肯定的なものとしてとらえられている世界の代表が歌舞伎であろう。歌舞伎の観客は贔屓と呼ばれる。また、そうした客がとくに目をかけている役者も贔屓と呼ばれる。贔屓とは、役者を支える後援者、あるいはパトロンの意味がある。歌舞伎の世界は贔屓によって成り立っている。

こうした意味での贔屓ということばは、「贔屓の店」といった形で、その人間が常連になっている店をさす場合にも用いられる。依怙贔屓とは対照的に、こちらの意味の贔屓は、好ましいものとしてとらえられている。店に限らないが、「贔屓のもの」もある。

贔屓という熟語を構成する贔や屓といった字は、贔屓以外にはほとんど使われない。贔には、贔怒(ひど)ということばがあり、それはいかること、水が激しく流れることを意味している。ただ、贔怒と言っても、それを聞いて理解できる人はほとんどいないはずだ。

贔には「ひ」「び」「ひい」と3通りの読み方があり、漢字としては貝部に属している。総画数は21画にもなる。

屓は「き」と読まれ、貝部ではなく尸部に属し、総画数は10画である。

贔屓のなかには、貝が4回登場するが、貝は、貝貨ということばが示しているように、貨幣としても用いられてきた。

したがって、贔とは多くの財貨を意味し、屓は財貨を抱え込むことを意味する。屓の異体字に屭があるが、貨幣としての貝が3つも含まれている。

『新版漢語林』(鎌田正(かまたただし)・米山寅太郎(よねやまとらたろう)、大修館書店)によれば、多くの財貨を抱えるということが、大きな荷物を背負うという意味に転じ、さらには、盛んに力を使うこと、鼻息を荒くして働くことの意味を持つようになったという。

ただ、『角川新字源』(小川環樹(おがわたまき)・西田太一郎(にしだたいちろう)・赤塚忠(あかつかきよし)編、角川書店)では、贔について、「字源は明らかでない」とされている。たしかに『新版漢語林』の説明は、こじつけで、無理があるようにも思える。

関連書籍

島田裕巳『「ひいき」の構造』

許せない他人への贔屓。その一方で密かに願う自分への贔屓。寵愛、馴染、タニマチ、常連、自担、推し……と次々に変容する日本の「ひいき」。対象への並外れた愛情を表すこの現象は日本独自のものと言えるのか。

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「ひいき」の構造

許せない他人への贔屓(ひいき)。その一方で密かに願う自分への贔屓。寵愛、馴染、タニマチ、常連、自担(じたん)、推し……と次々に変容する日本の「ひいき」。対象への並外れた愛情を表すこの現象は日本独自のものと言えるのか。なぜ人は人や物に過剰な愛を向けずにいられないのか。

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島田裕巳 作家、宗教学者

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』『八紘一宇』『もう親を捨てるしかない』『葬式格差』『二十二社』(すべて幻冬舎新書)、『世界はこのままイスラーム化するのか』(中田考氏との共著、幻冬舎新書)等がある。

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