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歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉

2021.08.06 公開 ポスト

第2回

城めぐりを安全に楽しむ注意点と裏技とは?伊東潤

気鋭の歴史作家として人気を集める伊東潤さんが、自身の作品の舞台となった関東甲信の47の名城の魅力を余すところなく紹介した『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』。各城の悲喜こもごものエピソードや英傑たちと秘話逸話のほか、それぞれの城の設計構想などの情報も臨場感豊かに解説した本書の試し読みをお届けします。

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城歩きの注意点

ほんの十年ほど前までは限られた好事家だけの趣味だった城めぐりも、平成十八年(二〇〇六)に日本百名城が制定された頃から大ブームとなり、今では多くの方々が、山奥に眠る城にまで足を運ぶようになりました。

ただし自然を舞台とした趣味ですので、危険は付き物です。遊歩道やトレッキングコースが整備されている城もありますが、山城の大半は道も狭くて手すりもなく、雨が降った後など歩きにくいことこの上ありません。

そのため注意事項があります(以下は山城を前提にします)。

まず一人では絶対に行かないこと。山には何があるか分かりません。滑落して怪我でもすれば下山もままならないことさえあります(携帯電話の電波が届かない山もあります)。

津久井城が築かれた城山(写真:Wikimedia Commons)

神奈川県の北部にある津久井城に行った時のことです。頂上まで登ったものの、同行した女性が足を挫いて歩けなくなり、私ともう一人の男性二人で、代わる代わるおんぶして下山したことがあります。

私の友人の一人は城をめぐっていて道に迷い、山の奥深くに踏み入ってしまい、野宿したことがあるそうです。山に入れば携帯電話も使えず、真っ暗闇を歩けば怪我の確率も高くなります。彼の場合は冷静だったので、野宿というチョイスをしたからよかったのですが、一人だと迷ってパニックに襲われることさえ考えられます。それゆえ楽そうな山でも、必ず同行者と一緒に行動し、地図と磁石は各自持っていって下さい。

また足首を守れるトレッキング・シューズを履いていくことも必須です。私もスニーカーで山城に登り、足首をひねってしまったことがあります。その時は痛みを堪えて下山しましたが、一週間ほど足を引きずっていました。古靴を履いていったためソールが剥がれてしまったこと
もあります。この時はさほどの城ではなかったので、足裏が痛むほどではなかったものの、ハードな山城だったら、それどころではなかったはずです。古靴だけは禁物です。

両手を空けておくためにリュックは必須です。両手が空いていれば、突然滑っても両手で体を支えられますし、断崖絶壁を行かざるを得ない時も、両手が自由になります。

リュックの中には、少し多めに食料と水を入れておいて下さい。お菓子やドロップも気分転換に役立ちます。ただし山頂での飲酒は厳禁です。下山時にまともに歩けなくなればどうなるかは、説明するまでもありませんね。

半袖半ズボン姿は避けましょう。擦り傷の確率が高くなるのはもちろん、知らぬ間に松脂などが素肌に触れてしまい、かぶれることがあります。帽子・手袋・杖なども、ないよりあった方がよいものです。帽子は枝から目を守るので、藪の多い城に行く時は必須です。手袋は、手の感触が大事な断崖絶壁を行く場合などを除いて有益です。トレッキング用の杖にも同様のことが言えます。

最近は、害獣にも注意せねばなりません。日本の山で最も注意すべきは熊です。滋賀県の小谷城に行った時、熊に襲われたことのある方と知り合いになったことがありました。その方によると熊除けの鈴は必需品で、「熊注意」の看板のある危険地帯では、それを大きく鳴らしながら歩くとのことです。また爆竹も持っており、前方が死角となるコーナーなどで鳴らしながら歩いていました。熊の方も人間が恐ろしいので、向かってきた時は、ぎりぎりまで待って横に飛びのくのが効果的だそうです。熊は真っすぐ走っていく習性があるので、こうすると追い掛けてこないそうです。絶対にやってはいけないのは、突然、背を向けて逃げること、木に登ること、死んだふりをすることだそうです。

猿や蝮も危険です。猿は可愛いからといって餌をやれば、もっとほしいので襲ってきます。蝮はどこにでもいますが、長ズボンにトレッキング・シューズを履いていれば嚙まれても、ダメージを最小限に抑えられます。

恐ろしい注意事項ばかり書いてしまいましたが、常識を守って山に登れば、決して危険なことはありません。しかし山を侮ることもできないので、そこは自己責任で気を付けて下さい。

そのほかの注意点

言うまでもないことですが、城めぐりの際にはカメラの持参をお勧めします。その時の裏技をご披露しましょう。

城めぐりをするとなると、大半の方が一日一城ということはないと思います。そうなると、どこでどの写真を撮ったのか分からなくなりがちです。そこで、その城の一枚目に城の名が書かれた石碑や説明板を撮るのです。看板がない場合は、メモ書きでも持参しているガイド本のページでも構いません。これから撮る写真が、どこの城のものかをはっきりさせておくといいでしょう。そうすれば帰宅後、写真の整理をする時に混乱することはありません。

また、城めぐりをする季節にも注意して下さい。お城は整備されている城址公園のようなものから、自然そのままのものまであります。とくに自然そのままのものは、夏前後に行っても、雑草がぼうぼうでよく見えません。それゆえ夏には、公園化されている城を楽しむことをお勧めします。

雪国の城は、十月から十二月前半の短い間しか見られないこともお忘れなく。新潟の城などは夏は低木や下草に覆われ、冬は雪に閉ざされている期間が長いので、勝手に判断せずに、目的地の情報を把握してから行って下さい。

夏場でも山頂などは意外に冷え込みますので、登山中の暑さを嫌がって薄着で行かないように。私も暑がりなので、それをやって何度も寒い思いをしています。

さらに日没時間の把握は必須です。冬場は四時台でも太陽がかげってきますので、登山時間や見学時間を考慮してから行きましょう。せっかく山頂に着いたのに日がかげってしまい、よく見えなかったという話も聞きます。

出発前夜までに、行く予定の城のことを勉強しておくと、いっそう城めぐりが楽しめます。周辺の地図や縄張り図などを持参するのは常識ですが、私は持っている本の該当ページをコピーして持っていきます。その時はファイルケースのようなものを改造して首から下げられるようにしておくと便利です。記事を休憩の時に読むのも楽しいものです。史実を知っているのといないのとでは、面白さに格段の差が出ます。縄張り図だけではなく、そこから派生した人物情報とか、近隣の城についても予習しておくといいでしょう。とくに眺めがいい山城などでは、近くの城や地名の分かるものを持っていると、位置関係が摑め、城郭網などの理解が深まります。

そこで注意すべきなのは、城好きの方のサイトによる情報です。中にはWikipedia や専門
家の情報を書き写しただけのようなものもあります。私の場合、信頼の置ける友人が運営しているサイト以外は閲覧しません。

城めぐりの楽しみは、ストイックに城をめぐることだけではありません。近くの観光地に行ったり、名物を食べたり、温泉につかったりすることで、楽しみも倍増します。そうした情報も仕込んでおけば、仲間から喜ばれます。

最初のうちは、城めぐりのオフ会などのイベントに参加することをお勧めします。というのも、詳しい人が同行者にいないと必見の遺構を見落としたり、どういうルートで城に入るのか分からなくて、時間を無駄にしてしまうこともあるからです。地元の方に道を聞くのは、できるだけやめましょう。城の近くで出会う地元の方の多くは仕事をしている最中なので、声を掛けると迷惑になります。地元の方でも中世城郭遺構を知る方は、極めて少ないことも忘れないで下さい。

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本書で紹介するのは、以下の47城です。歴史作家ならではの城郭ガイドをどうぞお楽しみください。

【東京都】滝山城/石神井城/江戸城/浄福寺城
【神奈川県】小田原城/玉縄城/津久井城/三崎城/石垣山城/小机城
【埼玉県】松山城/菅谷城/杉山城/忍城/岩付城
【千葉県】国府台城/佐倉城/臼井城/本佐倉城/関宿城
【群馬県】岩櫃城/太田金山城/松井田城/沼田城
【栃木県】唐沢山城/祇園城/宇都宮城/足利氏館
【茨城県】逆井城/額田城/小幡城/石神城
【山梨県】新府城/躑躅ヶ崎館/岩殿城/若神子城
【長野県】高遠城/上田城/大島城/旭山城/戸石城
【静岡県】諏訪原城/下田城/興国寺城/丸子城/田中城/山中城

伊東潤『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』

気鋭の歴史作家として人気を集める著者が、自身の作品の舞台となった関東甲信の四七の名城の魅力を、余すところなく紹介。歴史作家ならではの視点で綴る各城の悲喜交々(こもごも)のエピソードはもちろん、北条早雲・武田信玄・真田昌幸・徳川家康などの英傑と各城との秘話逸話も読み応え十分。また、それぞれの城の攻防戦や縄張り(城の設計構想)などの情報も、イラストや写真を交えて臨場感豊かにわかりやすく解説。読めば必ず現地を訪れたくなる、もう一度行きたくなること請け合いの城郭ガイドの決定版!

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歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉

気鋭の歴史作家として人気を集める伊東潤さんが、自身の作品の舞台となった関東甲信の47の名城の魅力を余すところなく紹介した『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』。各城の悲喜こもごものエピソードや英傑たちと秘話逸話のほか、それぞれの城の設計構想などの情報も臨場感豊かに解説した本書の試し読みをお届けします。

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伊東潤

1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。『黒南風の海――加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』(PHP研究所)で「第1回本屋が選ぶ時代小説大賞」を、『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を、『義烈千秋天狗党西へ』(新潮社)で「第2回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)」を受賞。近刊に『天下大乱』(朝日新聞出版)がある。伊東潤公式サイト https://itojun.corkagency.com/  ツイッターアカウント @jun_ito_info

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