絶賛発売中の『読んでほしい』は、放送作家おぎすシグレ氏のデビュー小説。Twitterなどで、「面白い!」「笑えるなあと思ってたら、不覚にも感動した」となど絶賛!
せっかく書いた小説を誰にも読んでもらなえい中年男が、悪戦苦闘を始める――という物語なのだが、読み始めると止まらないのである。
仕事仲間であるディレクターにも、読んでもらえなかった緒方、次は、旧友だ!
* * *
旧友に読んでもらおう! 編
机の上に、私の書いた小説が置いてある。まだ私以外、誰もめくってすらいない原稿の束。生まれたての状態だ。
子供は生まれれば何人もの大人に抱き上げてもらえる。そうやって子供は愛情を覚えていくのだという。でも、この子は、父親である私にしか抱き上げられていない。不憫に思う。私のような気の小さな親から生まれてしまったものだから、まだ他者との触れ合いを体験していないのだ。
もしかしたらこのSF小説は、誰も読んではいけない呪いじみた小説なのでは、という恐怖すら感じる。いいや、この子を、そんなモンスターにするわけにはいかない。子供を立派な大人にするのは親の務めだ。何とか日の目を見せてやる。誰からも愛される息子にしてみせる。
そう己に言い聞かせながら、私は哀しき息子を封筒のお布団に入れてあげた。
私も自分の布団に入り、明日のことを考えた。
一体、誰に見てもらえばいいのだろう。じっくりと考えてみよう。
今のところ、妻、芸術家、後輩のディレクターと、ことごとく失敗している。このうちの誰一人として、世の中の誰一人として、私が小説を書いたことすら知らない。お悩み相談室に電話でもして、どうしたらいいか相談したいぐらいだ。
普段は、自分が行き詰まり、どうにもならない悩みにぶち当たった時は、妻が相談に乗ってくれる。この相談がきっとカウンセリングとなり、私の精神状態を保ってくれているのだと思う。
しかし今回は違う。妻すら頼れない。自分だけで解決しないといけない。途轍もなくつらい、孤独な戦いである。
私は分析する。なぜ、「小説を書いたから一度読んでみてくれないか」とあっさり言えないのだろう。私とは違う思考を持った作家なり小説家ならば、純粋に何も迷うことなく頼めるのだろうか。
きっと、私には自信がないのだ。いいや、むしろその逆で、自信・プライドの塊なのか。
自己顕示欲が強すぎるのか。私が書いたものを高く評価されたいという汚れ切った欲望が邪魔をしているのだ。
私がいいと思っているのに、それを見た人がつまらなそうな顔をしたら……。面白くないと思われる恐怖。そのことを想像するだけで、小さな一歩が踏み出せないのだ。何を迷う。ダメなら仕方ないじゃないか。人生なんて、思い通りにいかないことの方が多いではないか。
何をそんなに怯えているのだ。いいものはいい。ダメなものはダメ。当たり前のことではないか。子供が絵を描き、親に見せる。なぜ見せるのか? 自分が作ったものを褒めてもらいたいから、あるいは自分がとてもいいと思ったものを人に知ってもらいたいからだ。
私は、それと同じ気持ちを、この小説に感じているではないか。素直に言えばいい。素直に見てくれと言えばいい。
じゃあ、誰に頼めばいい。私の書いた小説を読んでみてはくれないか、と。
私の寝転ぶ布団の横から、小さな地響きがした。私の携帯電話が振動していた。私は電話を手に取った。江川と画面に映し出されていた。
「もしもし。久しぶり」
「緒方さん。お久しぶりです。今晩名古屋泊まりになったので、一杯いかがですか?」
「いいね。じゃあ名古屋駅に行けばいいかな」
江川と一緒に飲むことになった。江川は昔、名古屋で芸人をしていた男だ。現在は私と同じ職種で、江川速球という名で放送作家をしている。彼は名古屋ではなく、仕事の場を東京に移して活躍している。江川とは年に一度、電話で近況報告をするぐらいで、一緒に酒を飲むのは五年ぶりぐらいだと思う。名古屋駅の西側にある、手羽先の美味い渋めの居酒屋で落ち合うことにした。私は急いで着替え、妻に江川と会うことを伝えた。妻は気持ちよく送り出してくれた。
「正ちゃん。楽しんできてね」
「ありがとう」
「明日も仕事あるんだから、飲みすぎは注意だよ」
「そうだね。気をつける。いってきます」
玄関で会話を済ませ、家から名古屋駅に向かった。
無論。
念のため、小説もリュックサックに入れてある。
待ち合わせをした居酒屋に入ると、既に江川はカウンターに座っていた。キャップをかぶり、黒ぶち眼鏡をかけ、東京の放送作家らしいハイカラな雰囲気だった。
「あぁ、緒方さんだぁ」
「久しぶりだね」
今日は久しぶりに放送作家二人で飲むから、何となく焼酎が飲みたくなり、芋焼酎の水割りを注文した。
「どうです? 名古屋は楽しいですか?」
「楽しいと言えば楽しいかな」
「ですよね。緒方さんは何でも楽しめますもんね」
どうやら江川にも『全てを楽しめる話』はしてしまっているようだ。
久しぶりに会った私達は、思い出話で盛り上がった。
初めて二人が出会った時の話、彼が芸人時代の話、一緒にコントを考えた時の話、悔しかった時の話、大いに笑った時の話。くだらないが、最高の話が続いた。
楽しくなった私は、小説のことは一度忘れることにした。今、それが大切なことではない気がしたからだ。
「緒方さん。作家って何ですか?」
江川は顔を赤くしながら、グラスに入った焼酎を飲み干した。
そんな彼の顔を見た時、私自身もかなり酔っていることに気付いた。
焼酎のボトルを見ると、半分以上減っていた。私も江川も飲めるようになったものだ。
十年ほど前は、二人とも全くお酒が飲めなかった。彼が芸人の時、ネタ番組のオーディションを受け、こっぴどくスベり、落選したことがある。その時に、二人で飲めない酒を飲んだ。今日は飲むぞと息巻いたものの、缶ビール一本も空けないうちにベロベロになり、ゲロを吐いたこともある。お酒を美味しいなんて思ったことは、ちっともなかった。
しかし、今、二人で飲む酒は美味しい。
人生の中で、お酒っていいなと思えることが増えたのは事実。お酒は、好きな人間と飲むと、美味しく感じる。そう思うようになったのも、年の功なのかもしれない。
「作家か……作家って何だろうね」
「僕、思うことがあるんです」
急に彼の目が鋭くなった気がした。彼はグラスに人差し指を入れコロコロと氷を回した。
(旧友に読んでもらおう! 編 次に続く)
読んでほしい
放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!
――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。
次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?
笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。
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