絶賛発売中の『読んでほしい』は、放送作家おぎすシグレ氏のデビュー小説。Twitterなどで、「面白い!」「笑えるなあと思ってたら、不覚にも感動した」となど絶賛!
せっかく書いた小説を誰にも読んでもらなえい中年男が、悪戦苦闘を始める――という物語なのだが、読み始めると止まらないのである。
旧友にも読んでもらえなかった緒方、絶望の中で、仕事に出かける…
* * *
後輩に読んでもらおう! 編
冬なのに、蝉(せみ)の声がする。
私は虚ろな意識の中、目を覚ました。
蝉のわけがない。音の主は目覚まし時計だった。私は目覚まし時計を止め、携帯電話を開いた。江川からお礼のLINEが届いていた。
『昨日はありがとうございました。緒方さんも何か作品を作ったら教えてくださいね。また飲みましょう』
優しくも、今の私にとってはつらい文章だった。
二日酔いになるのは何年ぶりだろう。頭がグルグル回る。部屋から出た私はリビングに向かった。リビングには誰もいない。子供達は学校に行き、妻はヨガに出かけたようだった。私は仕事の準備を済ませ、家を出た。小説を書いて以来、初めて、原稿を家に置いていった。
何だか、誰にも見せる気がしなかった。と言うよりも、少し疲れたのだと思う。この数日間、寝てはいるが寝た気がしない。眠りが浅いように思う。原稿を誰かに見てもらおうと試みる作業は、常に緊張状態を作っていた。さらに、寝る前も起きてからも、小説を誰に見てもらうかを考えすぎて、オーバーヒートしているように思えた。戦士にも休息は必要だということだ。
地下鉄に乗り、待ち合わせ場所に向かう。この日は後輩の作家との打ち合わせだ。後輩の名は小松君。
小松君はとても生真面目な男で、根暗だが急に熱くなるという、どこか私に似た部分を持つ男だ。真面目すぎるがゆえに胃腸が弱く、すぐにトイレに駆け込むのが玉に瑕(きず)だ。
栄(さかえ)にあるムギタ珈琲店に入ると、待ち合わせの五分前にもかかわらず、小松君は奥の席で待っていた。
「小松君、お待たせ」
「おはようございます」
挨拶を交わし、コーヒーを頼み、打ち合わせは始まった。
今回の打ち合わせは、ライブで行うコントについてだ。我々放送作家はコントも書く。
書かない作家もいる。常々思うが不思議な職種だ。放送作家の仕事はあまりにも多岐にわたるため、作家個人によって、仕事の内容が違いすぎる。最近はコント番組などが少ないため、当然コントを書くという仕事も減った。小松君や私のように、まだまだテレビだけでは食えない作家は、若手芸人さんと共にライブを行うことも多い。
ほとんどのネタは芸人さん本人が書くのだが、ライブの合間のちょっと芝居じみたコントは作家が書くことが多かった。この日は、若手芸人さんの何人かを使った集団コントのプロットを考える打ち合わせだった。
「じゃあ、今回は、インスタ好きの女子高生がアイドルの楽屋にやってくるという設定でいいですね」
「そうだね。所かまわず写真を撮って、楽屋を無茶苦茶にするコントでいこう」
コーヒーを飲み二日酔いも覚めたのか、この日のコントの打ち合わせは段取りよく終わった。私は煙草に火をつけ、小松君と雑談を楽しむことにした。
「小松君、いくつになったの?」
「僕、三十六歳になりました」
「え、もう? 時が流れるのは早いねぇ」
親戚が正月に集まると、必ずするような、さしさわりのない話のスタートだった。
小松君と出会ったのは十五年前、彼が二十一歳、私が二十五歳の時だ。彼は印刷会社に就職していたが、作家になる夢を諦め切れず、大手のお笑い事務所の作家部門に転職した。
その頃、私も同じ大手お笑い事務所にお世話になり、ライブやテレビ番組のお手伝いをさせてもらっていた。そんな中、お笑いのネタ番組を担当した時、彼と出会い、仲良くなった。
年齢というのは不思議だ。私と小松君は四歳しか違わない。若い頃はこの四つの違いが大きく思えた。例えば中学一年生の頃、高校生はとても大人に感じた。体も大きく、分別もあり、楽しいこともいっぱい知っている大きな存在に感じたものだ。しかし今となると大した差を感じない。四十歳も三十六歳もそんなに違わない気がする。見てきたものも面白がるものも似ているし、もはや、同世代といったところだろう。
「そうか、三十六歳か」
「緒方さんは四十歳ですよね」
「そう、四十歳」
小松君に私の年齢を言われ、改めて自分が四十歳なのだと実感する。
自分が二十代の頃、あるいは十代の頃、四十歳といえば堂々たる大人であり、そして、自分が四十歳になる頃には、もっと偉い人になっている予定だった。これから五十歳、六十歳になった頃には、かつて自分が思い描いていたような大人になれているのだろうか。
もっと立派になって、弱くない自分になれているのだろうか。
私の同世代の人、私よりも歳を重ねた先輩達は、どのように人生を考えているのだろう。
何人の人達が自分に納得して生きているのだろう。納得できている人達は、どこで自分なりのゴールを見つけたのだろう。納得するためにはどれほどの努力をしたのだろう。それでもやはり「まだまだだ」と自分を鼓舞しているのだろうか。そんな疑問が頭に張りついた。
「四十歳になると何か変わりますか?」
「そうね……風邪が治りにくいとか」
「いや、そういうのじゃなくて」
「え? 違うの」
「違います。作家として見える景色です」
「見える景色は今のところ、変わってないかな」
「緒方さんでも、ですか……」
小松君は急に悲しそうな顔をした。
(「後輩に読んでもらおう! 編 」つづく)
読んでほしい
放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!
――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。
次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?
笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。
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