地主というと「先祖代々受け継いだ土地を貸しているだけ」というイメージがあるかも知れません。しかし、地主というのはその財産を食い物にしようとしている様々な人々……不動産、建築、金融、紙業に関わる業者、身内に常に狙われています。
『地主のための資産防衛術』では、そんな地主のために様々な資産防衛術を紹介しています。
著者の芝田泰明さんは、叔父との8年間にもおよぶ壮絶な相続争いの体験と、その経験をもとにした資産を守る方法をまとめています。
その生々しい相続争いの中身を一部紹介します。
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父の死
携帯電話に母からの着信がありました。
「またオヤジか」
その頃、父は会社の経営状態を思い詰め、精神を病んでいました。
それ以前にも父は何度か自殺未遂をしたことがありました。「本格的に危なそうだから帰ってきてくれないか」という趣旨の手紙が届いたこともありました。母からの電話はきっと父のことだ、無視しようと思いましたが、できませんでした。
折り返し電話をかけると、母は「お父さんが、危篤……」と言って、泣き崩れました。
実家に近い病院に私が着いたのは、23時を回っていました。深夜の待合室には、母と叔父がいました。
瀕死の状態の父を前に、医師は「延命措置をするかどうかはご家族が判断してください」と言いました。
本人の意思を思うと、延命は選べませんでした。
医師に延命しないことを告げた後、私は叔父に聞きました。
「父から、会社には相当な額の借金があると聞いている。父の死によって、莫大な相続税がかかったり、会社の経営に支障をきたしたりはしないか?」
叔父は「そんなことは絶対にない」とまじめな表情で断言しました。
「もしも最悪の事態が起こったとしても、マンションとアパートと貸家は残せて、他の土地を売却すれば、借金のほうは心配しなくてよい」
叔父のその言葉に私は一応は安心し、父が旅立つのを見送りました。
叔父への違和感
商売上の都合や見栄もあったのでしょう、叔父は父の死因が自殺であることを公にしたがらず、特に叔父と父の実母である祖母には隠しました。
「精神安定剤を飲みすぎてフラフラな状態で自転車に乗り、倒れて頭を打った」という意味のことを伝えていました。
人の生死に関わることで、そんな嘘を平然と話す叔父に、私はなんとも言えない違和感を抱きました。
やがて、その違和感は根拠のあるものだと判明しました。
父の葬儀の喪主は、長男である私が務め、滞りなく執り行いました。
葬儀後3週間で、東京での生活を引き払い、私は実家に戻りました。
四十九日が過ぎ、実家で読書三昧の日々を送っていました。
家業を継げと誰かにはっきり言われたわけではなかったし、親族と仕事をするのも嫌だったので、もとより継ぐつもりもなかったのですが、母と祖母の精神状態が心配だったのです。私はこのまま実家にいたほうがいいのか、東京で叶えられなかった上場の夢を追って関西のベンチャーにでも就職しようかと、ぼんやり考えていました。
そんなある日、叔父からゴルフに誘われました。どうしてこの人は私をゴルフに誘うのだろう、何か裏があるのかと思いながらも、誘われるままに出かけていきました。
叔父によると「経営難から同族会社は経営を縮小している。最大8店舗あった店は3店舗になり、リストラも進んでいる」。
さらに旗艦店である本店も閉める予定だ、という意味のことを母を通して事前に聞いていました。
叔父からは具体的な経営状況、借金の額など数字をはっきり知らされないことに違和感を覚えながらも、この時点では「叔父に任せておけばいいのだろう」と漠然と思っていました。
7億の負債
2012年10月、顧問税理士法人の担当部長(以降、税理士法人部長)から連絡がありました。
父の相続の話のほか、叔父から指示を受けて同族会社の負債状況を私に説明するというのです。
当日、税理士法人部長は挨拶もそこそこに本題に入りました。
「叔父さんが代表のA社には、借金が7億円あります」
「7億!?」
借金があるのは知っていましたが、その金額の大きさに驚きました。あの父が思い詰めてうつ病を患い自死を選ぶのも無理はないと思いました。胸がドキドキして手足が震えました。
税理士法人部長は話を続けました。
「現在、利息だけでも月150万円以上払っています。この借金を返済するには、抵当権の付いている本家の土地を売却するしかありません」
分家の人間である叔父が創業したA社の借金のために本家の土地を売る、一見筋が通らないようですが、それには経緯がありました。
叔父が本家の土地を抵当に入れた理由は、次の通りでした。
話は2009年3月に亡くなった祖父の相続にさかのぼります。
祖父の相続人は、配偶者である祖母、それに私の父、父の弟である叔父、その妹である2人の叔母でした。
叔父の経営するA社には当時すでに多額の負債がありました。それを返済するために、相続財産のひとつである土地を売却するという計画になっていました。
売るための便宜を考えて、祖父の相続財産は長男である父に集中させていました。父が売却してその金を借金返済に充てるという計画でした。叔母たちの相続財産は減るものの、叔父の会社に莫大な借金があることは知っていたうえ、叔父の会社から給料や役員報酬を受け取る立場だったので、何も言えませんでした。
しかし、父は2012年5月に急死してしまいました。
叔父からの一方的な要望
税理士法人部長は父の財産の相続について、この、叔父の借金の返済計画に沿った形で行ってほしい、と要望を出してきました。
具体的には、配偶者控除を受ける私の母にある程度の財産を集中させて、物件によっては私が相続、妹は現金を相続する、ということでした。
つまり叔父は、何ら責任のない母や祖母、私といった本家の人々に、自分の作った借金の尻拭いを押し付けようとしているのです。
信じられないほど一方的な話です。あまりの図々しさに、私は怒りを覚えました。
「この説明は、本来叔父自身が私にするべきだ。なぜ叔父はここに来て自分で説明しないのか。これ以上私達に迷惑をかけるのであれば正面から戦う、と伝えて欲しい」
税理士法人部長にそう言いながらも、私はまだ事態を甘く見ていました。
同時に、こうも考えていたのです。
「借金はあるが、大手税理士法人の役職にある税理士や中小企業診断士がきちんとコンサルしてくれているのだ、これ以上まずいことにはならないだろう」
今思えばあまりにのんきだったと自分に呆れますが、その頃の私は、人に対してまったくの「性善説」で考えていたのです。
私にはまだ地主の自覚というか「土地、財産を守る」という気持ちはなく、自分は継がない、母と叔父がやっていくだろうと思っていました。どの土地を、いつ誰に、いくらで売るかということさえ他人任せだったのです。
芝田グループの税務・経営支援は全て顧問税理士法人に任せていたため、どの不動産からいくらの収入があるかを把握しているのは、税理士法人部長と叔父だけだったのです。