精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回は「眠れない」とはどういうことかについて。
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──なかなか寝つけない。
──寝ても眠りが浅くて、疲れがとれない。
──寝よう寝ようと思うと、余計眠れなくなってしまう。
このような不眠症状は、「うつ」状態においてはもちろんのこと、精神的なバランスが乱れた場合に生じてくる、かなりポピュラーなものです。通常の治療では、「うつ」などの原疾患に対する治療薬とともに、その不眠の性質に応じて睡眠剤が処方される対症療法が行われます。
しかしながら、不眠がかなり深刻になってくると、強力な睡眠剤を複数組み合わせて用いても「眠れる時には眠れるけれど、やっぱり眠れない時には薬を飲んでも眠れない」という状態に陥るケースも珍しくありません。何が何でも眠れるようにとさらに薬を増強していくと、強い眠気や脱力が長時間持ち越されてしまい、翌日が使いものにならなくなってしまったりします。
そこで、このように通常行われている薬物療法で見落とされがちなポイントについて、つまり、不眠という状態をどう捉えるべきなのか、不眠という症状からどんなメッセージが受け取れるのかといったことを考えてみたいと思います。
「眠れない」とは?
まずは、「眠れない」とはどういうことなのか、丁寧に吟味してみましょう。
「眠れない」とは、「眠りたいのに眠れない」「眠るべきなのに眠れない」ということを省略した言い方であろうと思われます。
「頭」は「~すべき」、つまり must や should の系列の言葉を用いる場所です。一方の「心」は「~したい」、つまり want to やlikeの系列の言葉を発します。「心」と「身体」は矛盾なく一心同体につながっていますが、理性や意志の場である「頭」は、「心=身体」に対してコントロールをかけたがる性質があって、「心」との通路を閉ざして一方的な独裁体制を敷きがちです。それは「頭」が「心」との間の蓋を閉めてしまった状態で、人は「頭」vs「心=身体」と分断されてしまい、両者は対立の様相を呈することになります。
さて、この仕組みから考えますと、「眠るべき(頭)なのに眠れない(身体)」は蓋が閉まっている状態として理解できますが、「眠りたい(心)のに眠れない(身体)」ということはあり得ないことになります。さてこれは、どういうことなのでしょうか。
眠りは「心=身体」のもの──「頭」に命令されてたまるか!
これは、「頭」による偽装工作の結果だと考えると、簡単に説明がつきます。つまり、本当は「眠るべき」であるはずのものを、「頭」が「眠りたい」という言い方に偽装したということです。この種の偽装は「頭」がしばしば行うもので、「学校に行くべき」を「学校に行きたい」にすり替えたり、「会社に行くべき」を「会社に行きたい」にすり替えたりします。
偽装とは大げさに響くかもしれませんが、別の表現で言うならば、「頭」の意志が「心=身体」の声を無視して一方的に作り出した偽の「~したい」であったということです。
少々回り道をしましたが、ここで整理しておきますと、「眠りたいのに眠れない」という言い方も、実はその正体は「眠るべきなのに眠れない」だったということなのです。
つまり「眠れない」という状態は、「眠れ!」と高圧的に指令する「頭」と、「意地でも眠るものか!」と反発する「心=身体」の対立の構図で理解できるということです。
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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。