最新刊『ムスコ物語』での、オリジナリティ溢れる子育て観が「大爆笑!」「地球規模!」「笑えるのになんか泣いてしまう」「目から鱗!」と大反響のヤマザキマリさん。子育ては自分育て。ムスコ物語は、実はハハ物語でもあります。子育てにモヤモヤ悩みを抱えるお父様お母様の心に風穴あける、爽やかで大胆な、ヤマザキマリ流子育て考察をお楽しみください。
全員が釈迦にはなれない。「キープ・ムービング」する
――『ムスコ物語』では、各国を転々としてきたデルスさんが、自分が日本人だと感じる瞬間のことが描かれています。
息子はハーフですが、基軸はやっぱり日本人だと思います。使っている言語や幼少期に触れた日本の文化的触発も大きいですが、何より母親である私が海外を転々としていても基礎が日本人だというのもあると思います。ただ、息子も私も日本人だという確信があっても、精神的な全てが日本に帰属しているかというとそれは違う。日本にいてもアウェイなんです。お互い海外でいろいろな価値観を身につけてきてしまったからでしょうね。どこへ行っても変わり者扱いされますし。でもそれが心地いいんですけどね……。
先日、アメリカ人の美術研究者とリモート対談で二時間ほど喋ったのですが、彼女は大英博物館のキュレーターもやっていて、彼女が旺盛な好奇心を持つようになったきっかけはお祖父さんだという話になりました。一九六四年に開催された東京オリンピックを、彼はアメリカからわざわざ見に行ったそうです。好奇心旺盛でエネルギッシュな肉親がいるのは大きいですね。百十歳まで長生きされたらしいですが、「キープ・ムービング」が口癖だった、と話してくれました。
――でも人間は怠けたい生き物です。
知ってます。人は放っておくとどんどん軟弱になって、怠けることを許してくれるような社会で生きたがります。基本的に怠け者なんですよね。でも、その怠惰が悪いほうに働いてしまうケースは歴史上何度も何度も繰り返されています。今の日本で言いたいことがなかなか言えなくなってきているのは、権力にとっては良好な状態でしょう。為政者が操作しやすいのは、思想や言論力を失った人々ですから。
そもそも民主主義というのは知性や教養が相当研ぎ澄まされた人々の集まる社会でしか成立し得ないのかもしれません。人類全体が釈迦のように悟りを開いたら立派な民主主義も成し得るかもしれない(笑)。でも無理でしょう、そんなことは。民主主義は理想の一形態なんだなと思ってます。でも、為政者の奴隷と化さないためには「キープ・ムービング」は必要かなとは思います。
――「キープ・ムービング」の考え方と旅はつながっていますか。
もちろんつながっています。でも、今は私のメンタル栄養素だった旅ができませんから、その代わりに一日に映画を三本観るなどしています。旅は価値観の多様性を感じるためにしていましたが、映画でもそれは叶えられます。同じ日本の映画でも戦前と今では社会も人々の考えかたも全然違う。それが面白いのです。締め切りで忙しくても、自分を追い込んででも観る。あとは本を読んだり、テレビのお仕事をしたり。旅行している時より「キープ・ムービング」しているかもしれません。
旅ができるようになったら、親御さんは子どもを無理矢理にでもどこかへ引っ張っていったほうがいいです。黙って待っていても好奇心や興味が芽生えることはありません。不条理だと嫌われてもいいので、文化的な側面に触れる機会を増やしてください。子どもに腫れ物に触るように接してたら、如何様にでもいじられやすい怠惰なままの人間になってしまうでしょう。
――最後に、デルスさんが書いた「ハハ物語」を読んだ感想を教えてください。衝撃でした。もちろん感動もしましたけれど、「全然本心を見せてなかったんだな」という衝
撃が来ました。シリアに行くことになった時、「いいよ」って言った息子が、実はこんなこと考えてたのか、と。子の心親知らず。わからないものだなあって思いましたよ。でも、私がイキイキとやってたことが、彼を触発したというくだりでホッとしました。
――母は優しいとも書かれていましたね。
息子に特別優しく接したような記憶はありませんが、子どもは頑張って見つけるんですよね、親の優しさを。私も自分の母に対してそうでした。子どもは、優しさもそうですが、親から生きることへのゆとりを見出したいんだと思います。お金にも何にもならないことを懸命にやるとか、感動や愛情など思ったことをそのまま吐露してみるとか、ありのままの姿をどんどん見せればいいんです。子どもにとっては勇気が出ますよ。大人になってもありのままでいいんだ、こうやって生きてていいんだって思えることが、前向きな気持ちを養うことになるんだと思います。
(おわり)
(「小説幻冬」9月号より転載)
『ムスコ物語』刊行記念
国籍?いじめ?血の繋がり?受験?将来?なんだそりゃ。
「生きる自由を謳歌せよ! 」
『ヴィオラ母さん』で規格外の母親の一代記を書いた著者が、母になり、海外を渡り歩きながら息子と暮らした日々を描くヤマザキマリ流子育て放浪記。
「どうってことない」「大したことない」。スパッとさらっと、前を向いて「親こそ」楽しんでいこう!