わたしたちの「女性天皇」が日本を変える——。
天皇が切望し、国民が圧倒的(87% *2021年、共同通信の世論調査より)に支持する「女性天皇」を、政治家や有識者は黙殺し続けるのか。「皇室典範」のいびつなルールを死守し、皇統を途絶えさせるのか。新刊『「女性天皇」の成立』(高森明勅著)から試し読みをお届けします。
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はじめに──皇位の安定継承という最優先課題
「平成」から「令和」に時代が移って、すでに二年あまりが経過した。
元号が改まる時の国民的な盛り上がりが半端ではなかった。天皇陛下のご即位に伴う一連の儀式への関心も高かった。
私もテレビの特別番組などに出演したが、人々の皇室への関心の高さを実感する機会が多かった。記憶の中にある「昭和」から「平成」への改元の際の雰囲気とは、大きく様相が異なる。
もちろん、その時は昭和天皇が亡くなられたことに伴う“悲しみの改元”だった。今回の場合は上皇陛下のご譲位による“喜びの改元”だから、基調となるムードがまったく違っていて当たり前だ。でもそれだけではない。
三十年以上にわたって、上皇陛下がひたすら国民のために尽くしてこられた事実が、昭和時代には戦争の“暗い影”とも結びつけられがちだった「天皇」のイメージを塗り替えた結果という一面も、見落とせない。
日本人にとっての「天皇」像は、昭和における戦後の一時期に比べると、はるかに穏やかで慎み深く、素直な敬愛の気持ちを含んだものへと、健全化しているのではあるまいか。
しかしその一方で、令和になって以来、政府が果たすべき“約束”を、ひたすら先延ばししてきた残念な事実がある。
その約束とは何か。皇位の安定継承を目指す皇室制度の改正に他ならない。
上皇陛下は、高齢による身体の衰えによって、国民に寄り添うという象徴天皇の「務め」を十分に果たせなくなることを懸念して、ご譲位を望むご自身のお気持ちをにじませられたビデオメッセージを公表された(平成二十八年八月八日)。
そのしめくくりの部分では、皇位の安定継承への願いも吐露しておられた。
「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」と。
これはかなり率直なご自身の思いのご表明だろう。“天皇”という当時のお立場に伴う厳しい制約を考えると、ほとんどギリギリの言い方ではあるまいか。
よほど強いお気持ちがその背景にあると拝察できる。
しかし、天皇は憲法上、「国政に関する権能を有しない」(第四条)とされる。従って、このビデオメッセージによって政府との間に、直接、何らかの“約束”が成り立つということはない。
そうではなくて、政府が皇位の安定継承に向けて取り組むべき約束を背負うことになったのは、国会との関係においてだった。
上皇陛下のご譲位を可能にした「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立した時、国会は全会一致で附帯決議を行った(平成二十九年六月)。そこには上皇陛下のお気持ちに応える内容が盛り込まれていた。
「政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方の御年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法(皇室典範特例法)施行後速やかに……検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること」
「(政府から)報告を受けた場合においては、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、『立法府の総意』が取りまとめられるよう検討を行うものとする」と。
ビデオメッセージと附帯決議。それぞれ別々に、上っ面だけ眺めたのでは気づかないかも知れない。しかし、少し丁寧に両者を照らし合わせてみると、興味深い呼応関係を読み取ることができるだろう。
国会の各党・会派の主観的な意図はともあれ、客観的に見ると、上皇陛下のお呼びかけに応えるべきことを、決議という形で政府に求めたことになる。
政府は「附帯決議の趣旨を尊重」することを、繰り返し国会で答弁してきた(たとえば平成三十一年三月十三日の参院予算委員会での安倍晋三首相の答弁など)。よって、政府はどうしてもその約束を果たさなければならないのだ。
ところが政府は、国会での答弁とはうらはらに、特例法が平成三十一年四月三十日(平成の最後の日)に施行された後も、「速やかに」検討を始めないで、「先延ばし」を続けてきた。
本文で述べるような“迷走”の末に、やっと同附帯決議に応えるために有識者会議を立ち上げたのは、今年(令和三年)の三月になってからだ。
ほとんど二年近く、オープンな議論から逃げ続けたことになる。
さらに、せっかく有識者会議が設けられたのに、ヒアリング実施後の取りまとめの仕方を見ると、いかにも「竜頭蛇尾」(始めは威勢がよいが、終わりにはまったく勢いがなくなること)の感をまぬがれない。
附帯決議が求めた「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」への検討は又ぞろ「先延ばし」して、目先だけの“皇族数の減少対策”に問題をスリ替えてしまったように見える。
同会議の政府への「答申」の方向性がはらんでいる問題点については、本文でしっかり立ち入って検証しよう。
畏れ多いが、他の誰よりも、天皇陛下と上皇陛下こそが、そのことに最もお心を痛めておられるのではないかと、僭越ながら拝察申し上げる。
現在の皇位継承にかかわる制度は「構造的」な欠陥をかかえている。それをそのまま放置すれば、やがて皇位継承者が不在(!)になるのは避けられない。「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」は不可能になってしまう。
実際に、今や天皇陛下の“次の世代”で皇位の継承資格をお持ちなのは、秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下お一方だけになっている。
局面は極めて深刻だ。
政治は常に多くの課題と向き合っている。だから、優先順位をどうつけるかこそが、重要だ。
いかなる政治課題であれ、日本の長い歴史を貫いて存在し続け、今も「日本国の象徴」であり「日本国民統合の象徴」である、天皇という特別な地位それ自体の存亡に直結する問題ほど、重大で切実なものは他にあるまい。
日本という国の秩序を維持し、国民の結合を保つ上で大きな役割を果たしておられる「天皇と皇室」が今、どのような危機に直面しているのか。
その危機を突破するためにはどうすればよいのか。
現代日本がつきつけられている最優先の課題と言うべき「皇位の安定継承」をめぐる主な論点について、できるだけ平易明快に整理しよう。
(第2回へ続く)
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