9月29日(水)にNPO法人「ワールド・オープン・ハート」の理事長であり、2008年から加害者家族を支援してきた阿部恭子さんの新刊『家族間殺人』が発売になりました。最も頼りになるはずの家族内で、なぜ殺人事件が起こるのか? 試し読みとして、冒頭の「はじめに」からお届けします。
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家族に悩まされた経験を持つ人は少なくないでしょう。配偶者のモラハラや支配的な親きょうだいの言動に「いっそのこと……」という衝動に駆られたり、自立できない子どもの将来を悲観して心中を考えたり……。家族の相談現場では、このような家族への殺意が吐露されることも珍しくはありません。
日本で起こる殺人の半数は家族間で起きています。
私は2008年から加害者家族の支援を始め、国内の支援団体として、殺人事件の加害者家族を最も多く支援してきました。私が支援に携わった約300件の殺人事件のうち、120件が家族間で発生していますが、その実態はあまり知られていません。家族以外の人間を殺害した場合に比べ、報道の期間は短く、事件の原因を含めた問題が深く掘り下げられることはなかったからです。
無差別殺傷事件のような不特定多数の人々が犠牲になった事件では、多くの人が巻き込まれる不安を感じ、なぜ事件が起きたのか、その答えを報道に求めます。そういった要求に応えるべく、さまざまな角度から検証報道が行われますが、被害者が家族や親族に留まった事件では、内輪のもめごととして簡潔に処理されてきた傾向にあります。
しかし、加害者家族支援の現場で殺人事件を見てきた立場としては、家族間で起こる事件こそ、多くの人が加害者、そして被害者になるリスクをはらんでおり、十分に検証されるべき問題だと考えます。
私は本書で紹介する事件の加害者たちと面会を続け、出所後も支援をしています。なかには「凶悪犯」と呼ばれた人もいますが、彼らは家族以外に危害を加えた過去はなく、恐怖を感じることはありません。しかし、事件を鑑みるに、心を許した家族しか知りえない残忍な一面があることも事実です。
家族間では、自他の境界線が見えにくくなります。誰しも、他人にならコントロールできるはずの感情を抑えられず、家族に酷い言葉を投げつけてしまったと後悔したことがあるのではないでしょうか。
また、他人との人間関係の悩みは誰かに相談できたとしても、家族の悩みだと恥部をさらすようでためらい、自分ひとりで抱え込む傾向にあります。
日本では世間体を気にするため、問題を抱えている家族ほど、傍からは幸せそうに見えたりするものです。
最も安全であるはずの家庭が、命を奪われる場所になってきたにもかかわらず、防犯の手立てがないのが家族間殺人です。
家族がどのように追い詰められていくのか、その過程を知ることは、それを食い止める手段のひとつになるのではないかと思い、筆をとりました。
本書では、私が現在進行形で関わっている事件について、家族の同意を得たうえで紹介しており、個人が特定されないよう人物名は仮名で、事実の一部に修正を加えてあるケースもあります。
殺人事件が起きた家庭の家族は、加害者家族であると同時に、被害者家族でもあります。日本の家族に何が起きているのか、その背景と事件のその後について、詳しく見ていきたいと思います。
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次回は10/4(月)更新予定です
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家族間殺人
家族に悩まされた経験を持つ人は少なくないだろう。配偶者のモラハラや支配的な親きょうだいの言動に「いっそのこと……」と思ったことはないだろうか。実際、日本の殺人事件の半数は家族間で起きている。家族の悩みは他人に相談しにくく、押さえ込んだ感情がいつ爆発するかわからない。傍から幸せそうに見える家族ほど、実は問題を抱えていることも多い。子どもへの度を超えた躾、仮面夫婦や夫と姑の確執、きょうだい間の嫉妬による殺人など理由はさまざまだが、そこに至る背景には一体何があるのか? 多くの事例から検証し、家族が抱える闇をあぶり出す。