加害者家族を支援する阿部恭子さんの新刊『家族間殺人』が発売になりました。なぜ家族が憎しみ合うのか。どのように殺人が起こるのか。どうして誰も止められなかったのか。詳細に迫ります。
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東京都内在住の坂口恵さん(仮名・50代)は複雑な家庭環境ゆえに、孤独な人生を歩んできた。父親は暴力団員で、母親はホステスだった。両親は派手な生活を送っていたが、子どもたちの面倒は見てくれず、幼い頃から兄とふたり、身の回りのことはすべて自分たちでやってきた。
父と母、両親と兄など、常に家族同士が罵倒し合うような家庭で、恵さんにとって家族が揃う瞬間は恐怖でしかなかった。恵さんは常に感情を押し殺し、事態が収束するのをひたすら待った。
恵さんも兄も高校卒業後は自宅を出て、ひとり暮らしを始めた。恵さんは学校の成績がよく、正社員として会社に採用されたが、兄が定職に就いた様子はなかった。
兄が結婚し、子どもができると、恵さんに度々金の無心をしてくることがあった。恵さんは、問題を起こされては困ると、毎回しぶしぶいくらかのお金を兄に渡していた。
誰かと親しくなると、家族の話も話題に出るようになる。恵さんは他人に家庭の事情を知られることが嫌で、積極的に友人を作ることもしなかった。
孤独だが、静かな生活を送っていた頃、突然、事件が起きた。相続の話で喧嘩になり、兄が父を刺したのだ。父親は即死で、兄は逮捕された。
「いつか殺してやる」
兄は父と口論になるたびに、憎悪を抑えきれず、いつもそう呟いていた。恵さんはどこかで、いつかこの日が来るような気がしていた。
家族間の事件であったことに加え、父とも兄とも離れて生活をしていたので、恵さんのもとにマスコミが来ることはなかった。事件報道は小さかったが、恵さんは事件の知らせを聞いた瞬間から、しばらくテレビや新聞を見ることができなくなった。パトカーや救急車のサイレンにも敏感になり、耳を塞いだ。電話にも出ることができず、社会復帰が困難になり、仕事も続けることができなくなった。
母は80歳を超えており、入退院を繰り返していた。夫を亡くした上に、息子は刑務所生活を送ることになり、ひとり残された母は恵さんを頼るようになった。仕事を辞め、母の面倒を見なければならなくなった恵さんは、ますます社会との繋がりを失っていった。
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次回は10/7(木)更新予定です
家族間殺人
家族に悩まされた経験を持つ人は少なくないだろう。配偶者のモラハラや支配的な親きょうだいの言動に「いっそのこと……」と思ったことはないだろうか。実際、日本の殺人事件の半数は家族間で起きている。家族の悩みは他人に相談しにくく、押さえ込んだ感情がいつ爆発するかわからない。傍から幸せそうに見える家族ほど、実は問題を抱えていることも多い。子どもへの度を超えた躾、仮面夫婦や夫と姑の確執、きょうだい間の嫉妬による殺人など理由はさまざまだが、そこに至る背景には一体何があるのか? 多くの事例から検証し、家族が抱える闇をあぶり出す。