加害者家族を支援する阿部恭子さんの新刊『家族間殺人』が発売になりました。家族内で殺しがあったあと、残された娘と母親の仲は急速に悪化しました。そして、想像もしていなかった結末を迎えます。
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兄が刑務所に収監されて数年が経過した頃、突然、刑務所内で死亡したとの知らせが兄の妻子に届いたという。恵さんは、あまりにも早すぎる兄の死にショックを受けると同時に、内心どこかで安堵している自分にも気がついた。
兄は金に困った挙句に父のもとへ行き、父は援助を拒んだがゆえに殺害された。
恵さんはすでに会社を退職しており、以前のような安定した給料は得ていない。兄の妻子に経済力はなく、出所後、金の無心に来る兄に、今度は自分が殺される危険性も感じていた。兄が刑務所にいる負い目と将来への不安が消え、肩の荷が下りた気がした。
ところが兄の死は、昔から折り合いの悪かった恵さんと母の関係をさらに悪化させた。母は、先に逝ってしまった息子の死を嘆き続けた。
「お兄ちゃんじゃなくて、あんたが死ねばよかったのに」
悲しみのあまり、母は恵さんに容赦ない言葉を浴びせ続けた。
母親は、足腰が弱くなっただけで、意識ははっきりしており、気性の激しさは昔と全く変わっていなかった。
「子どもを産まないあんたに、私の気持ちはわからない。あんたなんか女じゃない」
恵さんは、男性に依存的な母親を反面教師として育った。父親は家を不在にすることが多く、母親は密かに家に男性を連れ込み、恵さんはそうした男のひとりからレイプされたことがあった。母親に被害を訴えると、「何てことしてくれんの!」と平手打ちをされ、父親には絶対言うなと口止めされたのだった。
母からの暴言に昔のトラウマが蘇り、何度も母への殺意が湧いた。それでも、この世でたったひとりの肉親だと思うと、離れることができずにいた。母の車椅子を押して外を散歩するとき、一緒に電車に飛び込もうかと何度も考えるようになっていた。
この頃恵さんは筆者の団体に相談し、兄が起こした事件と母親との確執について度々、支援を必要とするようになった。
母親は、身体的に自宅での生活が難しくなってきたことから、施設で生活することを筆者は提案していた。
母親と恵さんとの関係も日増しに悪化する一方で、このまま同居を続けていれば、再び殺人や心中事件が発生してもおかしくない状況だったからだ。
ところがその矢先、母親の体調が急変し、入院することになった。
それから一カ月後に母親は病院で息を引き取った。
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次回は10/10(日)更新予定です
家族間殺人
家族に悩まされた経験を持つ人は少なくないだろう。配偶者のモラハラや支配的な親きょうだいの言動に「いっそのこと……」と思ったことはないだろうか。実際、日本の殺人事件の半数は家族間で起きている。家族の悩みは他人に相談しにくく、押さえ込んだ感情がいつ爆発するかわからない。傍から幸せそうに見える家族ほど、実は問題を抱えていることも多い。子どもへの度を超えた躾、仮面夫婦や夫と姑の確執、きょうだい間の嫉妬による殺人など理由はさまざまだが、そこに至る背景には一体何があるのか? 多くの事例から検証し、家族が抱える闇をあぶり出す。