わたしたちの「女性天皇」が日本を変える——。
天皇が切望し、国民が圧倒的(87% *2021年、共同通信の世論調査より)に支持する「女性天皇」を、政治家や有識者は黙殺し続けるのか。「皇室典範」のいびつなルールを死守し、皇統を途絶えさせるのか。新刊『「女性天皇」の成立』(高森明勅著)から試し読みをお届けします。
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議論に「枠」をはめる
もう一つの不審点は、この儀式が天皇陛下のご即位に伴う一連の儀式の中に“組み込まれた”ということ(「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う国の儀式等の挙行に係る基本方針について」平成三十年四月三日、閣議決定)。これは何とも奇妙だ。
「立皇嗣の礼」それ自体の不可解さは別にしても、本来の「立太子の礼」ですら、これまでご即位に伴う“一連の”儀式とされることはなかった。
戦後もご即位関連の儀式を挙行する際の事実上の準拠枠となってきたのは、戦前の「皇室令」の中の「登極令」(明治四十二年二月十一日制定)だった。それには、天皇陛下が行われた「剣璽等承継の儀」(令和元年五月一日)、「即位礼正殿の儀」(同年十月二十二日)、「大嘗宮の儀」(同年十一月十四・十五日)などの前身となる儀式について規定があった(「饗宴の儀」と「祝賀御列の儀」は平成からの新例)。しかし、「立太子の礼」については規定がない。それどころか、「立儲令」(「登極令」と同日に制定)という“別の”独立した皇室令に規定されていたのだ。
「立太子の礼」は、ご即位関連の儀式とその主旨においてまったく別の行事であり、近代以来の扱いにおいても、前近代の長い歴史の中でも、いまだかつて“一連のもの”と位置づけられたことは、ただの一度もない。
だから、政府は今回、ずいぶん奇妙で無理なやり方をゴリ押しした印象が強い。二重の意味で不可解なのだ。傍系の皇嗣のケースなのに前代未聞の「立皇嗣の礼」なる新式の儀式をあえて挙行したこと。それをさらに、天皇陛下のご即位に伴う一連の行事の中に組み込んだこと。これを単なる無知ゆえと見るのはナイーブすぎるだろう。厳粛であるべき皇位継承に伴う一連の流れの中で、ここまで不自然なことをあえて行ったのであれば、何らかの明確な動機があったと見るのが普通だろう。
では、その動機とは何か。
ここでおのずと想起されるのは、このたびの天皇陛下のご即位の前提となった特例法の附帯決議で、政府は皇位の安定継承への取り組みを約束させられていた事実だ。同決議では、令和になって「速やかに」検討を開始すべきことが求められていた。
これに対して、政府はご即位に伴う一連の儀式が終わった後からスタートさせるという考え方を示してきた。そして実際にそのように大幅に遅らせた。これは何故か。
天皇陛下のご即位に伴う儀式への取り組みは、平成の時に比べると政府の実務上の負担はかなり軽減されたはずだ。今の憲法下での「前例」がすでにあるし、ご譲位による皇位継承なので日程的な調整もやりやすい。さらに、崩御に伴う対応が一切ないことも、事務方の負担を減らしたはずだ。
その上、皇位の安定継承をめぐる検討は、首相官邸内に設けられている「皇室典範改正準備室」(大西証史室長)においてこれまで相当に積み上げられているだろう。そうした事情を考えると、一連の行事と並行して検討を開始することは、実務面では必ずしも不可能ではなかったと思える。
ただし、皇位の安定継承をめぐる議論をオープンな形で始めると、対立する意見が激突して、国民こぞっての祝意の中で行われるべきご即位関連儀式の尊厳さに、水をさす結果になってしまっては畏れ多いという配慮が働いたのであれば、「先延ばし」せざるをえなかったやむをえない事情として、理解できないことはない。
しかし、ことさら「立皇嗣の礼」という新しい儀式をつくり上げ、その儀式が終わるまで議論を始めないという政府の姿勢に、何となく不明朗な雰囲気を感じとった人もいただろう。本来、継承順位の変更もありうる、“傍系”の皇嗣であられる秋篠宮殿下について、次の天皇になられることがあたかも「確定」した事実であるかのようなイメージを広く発信し、それによって遅れてスタートさせる皇位の安定継承をめぐる議論に、あらかじめ一定の“枠”をはめようとしているのではないか、と。
その立皇嗣の礼が昨年(令和二年)の四月下旬に挙行される予定だった時点で、その少し手前のタイミングを見計らったように、本章の冒頭で紹介した「読売新聞」の「女性・女系天皇 議論せず」「皇位継承順位 維持」というスクープが出た。「有識者懇談会」を設けて「公の場で議論を行う」こともしない、と。前述の通り、まったくの“ゼロ回答”。こうしたやり方を見せつけられると、立皇嗣の礼の舞台裏がどのようなカラクリになっていたのか、ほぼ察することができるような気がする。
そして十一月に延期になった立皇嗣の礼がつつがなく終わった後のタイミングで、又ぞろ「読売新聞」(十一月二十四付)の一面トップに衝撃的な記事が載った(この時は共同通信のスクープだったとも聞いているが)。
(第5回へ続く)
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