バイオエタノール(バイオ燃料)とはどんなエネルギーなのか、そしてその未来像をマンガで描いてきた本連載。実際、日本のエネルギー政策は今後どうなっていくのか? バイオエタノールの可能性は? 柏木孝夫(東京工業大学 先進エネルギーソリューション研究センター長/特命教授・名誉教授)さんによる解説をお届けします。
* * *
1. 第6次エネルギー基本計画
本稿を執筆している2021年9月時点で「第6次エネルギー基本計画(案)」が発表されました。これは私も委員として参加した経済産業省「総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会」で審議されたものです。この基本計画は2020年10月の菅首相(当時)所信表明による「2050年カーボンニュートラル」と2021年4月に発表された「2030年度の46%CO₂削減目標」を念頭に置いたエネルギー政策の道筋を示すものですが、これに併せて、環境省・経済産業省合同の「中長期の気候変動対策検討小委員会」で新たな地球温暖化対策と長期成長戦略が検討されています。そして、2021年11月1~12日に英国グラスゴーでCOP26が開催されるので、それに向けてこれらの政策を決定するための大詰めの作業が行なわれています。
2. 今後のエネルギー政策の基本的な方向
「第6次エネルギー基本計画(案)」は、「気候変動問題への対応」と「日本のエネルギー需給構造の抱える課題の克服」という2つの視点を軸に策定されていますが、今後のエネルギー政策において、非電力分野、すなわち燃料としての利用が最終エネルギー消費の74%を占めている現状を踏まえますと、特に以下の3点が重要と考えられます。
(1)S+3Eを前提としたエネルギーの安定供給
(2)脱炭素燃料の確保
(3)非電力分野の脱炭素化
(1)S+3Eを前提としたエネルギーの安定供給
日本のエネルギー政策は、S+3Eを基本としています。安全性(Safety)を前提に3つのE、すなわちエネルギーの安定供給(Energy Security)を第一に、できるだけ効率的に安い価格で(Economic Efficiency)、気候変動対策など環境保全(Environmental Conservation)に努めることです。
特に2030年に向けてのエネルギーの安定供給については、日本の置かれている現在の環境を十分に踏まえて、2050年に繋がるTransition(移行期)として、現実的な政策が必要でしょう。
当面、化石燃料の利用も不可欠ですし、バイオ燃料も選択肢と思いますが、段階を踏んでCO₂フリー水素や合成燃料等に転換していくことが必要と思われます。その観点からも、海外からのエネルギーの安定調達に向けた取り組みの継続と共に、今後10年程度は、その後の脱炭素化を加速させるため、多様な選択肢に取り組み、技術進展等に合わせた政策の導入が必要と考えられます。
(2)脱炭素燃料の確保
脱炭素化を着実に進めるためには、資源・燃料政策の範囲を脱炭素技術・脱炭素燃料の分野まで拡大することが重要であり、担当省庁内の連携を密に進めていく必要があります。また、海外からの脱炭素燃料の調達を見据えると、再生可能エネルギーの賦存量*(ふぞんりょう)が多く、脱炭素燃料の供給国となる可能性の高い国との関係性を維持・強化し、脱炭素燃料の調達経路を確保することで、供給安定性の向上に繋げて欲しいと思います。
漫画の主題であるバイオエタノールについては後にもう少し詳しく述べたいと思いますが、自動車用ガソリン燃料の代替や、航空機用燃料ケロシンの代替となるSAF (Sustainable Aviation Fuel) の原料としても有望であり、自動車燃料として米国で既に普及しているE10(ガソリンにバイオエタノールを10%混合した燃料)を日本でも本格的に導入することができれば、現実的で即効性の高い地球温暖化対策の選択肢になると考えられます。さらにグリーン水素等の国際サプライチェーンを日本が主導できれば、我が国の化学工業の強さを活用し、脱炭素燃料の輸出国になる可能性もあります。
*賦存量:ある資源について、理論上は潜在的に存在していると算定される量。
(3)非電力分野の脱炭素化
需要の電化拡大が進んでも最終エネルギー需要の74%を占めるのは非電力分野であり、この分野で脱炭素化を図ることが重要です。特に熱分野の脱炭素化に対しては、従来の化石燃料の脱炭素化に繋がるバイオ燃料やCO₂フリーの水素等カーボンニュートラル燃料をいかに大量に、安定して、安価に調達するかが課題となります。
自動車の脱炭素化については、次世代自動車のEV(電気自動車)、PHV(プラグインハイブリッド自動車)、HV(ハイブリッド自動車)、FCV(燃料電池自動車)の普及拡大によって従来車の代替を促進することが政策の中心となり、その普及拡大の努力が官民で急ピッチに行なわれているところです。しかしながら、現実問題として内燃機関を持たない次世代自動車への代替にはかなりの時間を要することから、2030年時点の状況を考えますと、これを補完する追加施策として、従来車はもちろん、HVとPHVにも使用できるバイオエタノール(E10等)の導入を検討することは有効な手段になると考えられます。EVのCO₂削減には電源構成が影響しますが、カーボンニュートラル燃料による燃料転換では導入量に比例してCO₂削減効果をカウントすることができます。実際に2030年以降のガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止した英国でも、最もコストがかからずに短期に実施可能なCO₂削減方法として、今秋からE10の導入が義務付けられました。カーボンニュートラルの達成には、リアリティのある総合的な取り組みが必要不可欠であることの証です。
3. バイオエタノールの位置付け
(1)海外における導入状況
漫画の「第4話(37ページ)」に書かれている通り、2020年の世界の燃料用バイオエタノールの生産量合計は約1億kLで、そのうち米国が53%(日本のガソリン消費量に匹敵)、ブラジルが30%を占めています。原料は、米国では飼料用のトウモロコシ、ブラジルではサトウキビです。ブラジルのバイオエタノール政策は極めて合理的で、砂糖の国際需要がほぼ一定なため、豊作時には砂糖の値崩れが生じますので、需要以上の余剰分をバイオ燃料とし、価格の安定化との相乗効果を達成しています。このほか、欧州(ドイツ、フランス等)、中国、インド、カナダ、タイ、アルゼンチンでもバイオエタノールが生産され、自動車用燃料として使用されています。
米国では1990年に「Clean Air Act (大気浄化法)」が改定され、バイオエタノール導入拡大の契機となりました。その後2005~2007年に「エネルギーの自立及び安全保障に関する法律」が制定され、同法に基づく再生可能燃料基準(RFS)によって、ガソリン消費量の10%相当のバイオエタノールの混合が義務付けられました。
米国のガソリンスタンドでのバイオエタノールの混合率は、10%(E10)、15%(E15)、85%(E85)であり、従来車にはE10又はE15が、フレックス燃料車にE85が給油されています。原料のトウモロコシについては、米国は世界の生産量の約1/3にあたる年間3億5千万トンを生産していますが、そのうち約4割が家畜飼料、約3割がバイオエタノールの製造、約1割が食品原料として利用され、残りが輸出と在庫にまわっています。
このように米国やブラジルを筆頭に、世界中でバイオエタノールを混合したガソリンが自動車用燃料として広く普及しているのです。
(2)日本国内における導入状況
2002年に農林水産省は「バイオマスニッポン総合戦略」を策定し、北海道、沖縄、新潟等でバイオエタノールの生産・利用に関する実証実験を行ないました。日本では原料作物の供給可能量とコストの問題から商業化には至りませんでしたが、エタノール製造用原料の多角化に関連する研究開発や海外と連携した事業展開には引き続き取り組む必要があると考えられます。
2009年に「エネルギー供給構造高度化法 (高度化法)」が制定され、原油換算50万kL/年のバイオエタノールを導入することが目標として掲げられ、2017年にはこれが達成されました。ただし、この50万kL/年はガソリン消費量の1%強に相当する量ですので、CO₂の削減にはあまり貢献していないというのが実情です。もしこれがE10になれば、ガソリン車の10%相当のCO₂削減効果が期待できますので、運輸部門全体で見ても約5%のCO₂削減に繋がる計算となります。2023年3月までこの導入量を据え置くことが高度化法では規定されていますが、今後運輸部門のCO₂削減策の選択肢としてバイオエタノールの導入促進を図るためにはE10の導入を目指してバイオエタノールの混合比率を上げることが必要と思われます。
(3)日本国内における今後の導入可能性
第6次エネルギー基本計画(案)の関連資料「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」の「(参考)部門別エネルギー起源CO₂排出量」において、2030年度の運輸部門の目標として1億4,600万トンという値が示されていますが、これは2013年度の2億2,400万トンから7,800万トン(35%相当)削減するという野心的な目標です。
一方、2021年9月に公開された地球温暖化対策計画(案)の別表1「エネルギー起源二酸化炭素に関する対策・施策の一覧」の中の「26.次世代自動車の普及、燃費改善等」では「対策評価指標」として2030年度の新車販売台数に占める次世代自動車の割合を50~70%とし、「2030年度の排出削減見込量」を2,674万トンとしております。
しかしながら、EVとFCVの導入が思うように進んでいない現状(新車販売が減少した2020年実績でも0.5%以下) を考えると、上記の目標を次世代自動車の導入(通常の買替サイクルは10年弱)と燃費改善だけで達成することはなかなか難しいと考えられます。
米国では 1980年代からバイオエタノールE10が普及しており、自動車メーカー各社はE10への対応技術は確立済みです。日本でもE10については技術的に対応可能であり、2012年にはE10の利用を可能にする法制度も整備されました。
このため、EVやFCVは急ピッチで導入を進めるとして、それでも不足する分は、従来車・HV・PHVへのE10の導入によってカバーするという方法が、少なくとも2030年度までの選択肢としては有望ではないかと考えられます。
2030年度以降の展望としては、バイオエタノールをe-fuelやSAF等のCO₂フリーのグリーンな合成燃料の原料として使用する可能性も出てくると思われます。化石燃料が主流であったこれまでの時代には、「資源に乏しい日本」という枕詞が使われていましたが、一挙に資源の輸出国になる大きな可能性を秘めています。
水素エネルギーやカーボンリサイクルに関する技術開発やインフラ整備には、まだ課題も多くコストと年月を要すると考えられます。その経過措置(Transition政策)としてバイオエタノール(E10)の導入を、現実的で即効性の高い地球温暖化対策と位置付け、定量的な導入目標の引き上げによる積極的な導入促進策を講ずることは、今すぐにできる脱炭素の経過措置の有力な手段として考えられるのではないでしょうか。
柏木孝夫(東京工業大学 先進エネルギーソリューション研究センター長/特命教授・名誉教授)
バイオエタノールが描く2050年 脱炭素未来社会
脱炭素化(地球温暖化阻止)社会に必須のバイオ燃料とは何か、それらで回る社会はどういうものなのか、未来像から探る。