大河ドラマ「真田丸」執筆中に前立腺がんの手術をした脚本家・三谷幸喜さん。その体験から「前立腺がんって実は、まったく怖くない」と実感、「前立腺がんのイメージを変えたい」と主治医・頴川晋先生(東京慈恵会医科大学泌尿器科主任教授)との対談本『ボクもたまにはがんになる』を刊行しました。作家・ライターの佐々木克雄さんの書評をお届けします。
著名人のがん公表は、ニュースで大きく扱われます。
それだけ社会的な影響力が大きいんですよね。ニュースを知った人は「え、そうなの!」的な驚きと、「大変だろうなあ」的な同情を抱くでしょう。でもそれは客観的なもの。自分ががんになると違ってくるはずで、2016年に前立腺がんの手術をした三谷さんもそうでした。「自分ががんになるとは、想像もしていませんでした」と、本書の「まえがき」で語っています。「まったく、なんで自分なんだ」とも。
でも、三谷さんは前向きな人です。この病気になってわかったことがあるというのです。曰く、
「前立腺がんって実は、まったく怖くない」
だから「前立腺がんのイメージを変えたい。これはそのための本です」と刊行されました。患者、その家族に読んでもらって安心してほしいと。そして何よりも、この対談録の相手であり、担当医の頴川晋先生との出会いがあったから、前立腺がんについて語り尽くすことにしたのです。
前半は、先生との出会い(がん発見前のことで、ドラマの取材だそうです)から、検査、治療方針、手術、快復と、自身の体験を追いながら問答を進めていきます。
で、このあたりが三谷さんの真骨頂とも言えるんですが、闘病記にありそうなネガティブフレーズがほとんど見られません。あったとしても笑いに転換しているのです。
たとえば定期健診。中井貴一さん、佐藤浩市さんに、それぞれ別の病院をすすめられ、「結局、顔が怖い佐藤浩市」の病院を選んで通っていたという、佐藤浩市イジリ。
またたとえば、頴川先生から告知をうけたときのくだり。「いつもの診察室で、先生が生検の結果をみながら『これは前立腺がんですよ』とさらりとおっしゃった。むちゃくちゃさらりと。鼻毛出てますよ、と言うくらいさらりと」──がん告知シーンの印象が180度変わりそうです。
面白いのは、頴川先生の反応です。転移の話が横道にずれ、リンパ侍という話(普通は斬り合うと血が出るが、リンパ管だけを斬るので透明な液体だけが出る)を考えたという三谷さんに対して「すごく面白いんですが(笑)、そうはいかないですね」と淡々と……。さすがお医者さんです。しかも三谷幸喜を担当したお医者さん!
このあたりまで読んで、ファンの方なら気づくはずです。「あ、これは三谷さん、自身のがん経験すら、エンターテインメントにしちゃってる!」と。恐るべきプロ精神に感服といった感じです。
なので読み手は深刻な面持ちでなく、あの、いつもの三谷さんの飄々とした語り口を楽しんで体験談を読んでいけばいいわけですが、そこに著者の思惑が潜んでいるのです。それすなわち……
この本の主人公は──「前立腺がん」ということ。先生とのやりとりの中で、この病気の正体が、どんどん明らかになっていきます。
たとえば、男性罹患数で今年一位になると予測されている前立腺がんは、60年前の日本では「ない」と言われてきた。これは前立腺がんで亡くなる前に、ほかの病気で亡くなっていたと考えられるからで、別名「長生き病」とも呼ばれていた。
その治療には大きく分けて「手術」「放射線治療」「ホルモン治療」「監視療法」の四つがあり、進行具合、リスクなど見て治療法をセレクトしていく。「組織内照射療法」は、放射線を出すシャーペンの芯のようなものを前立腺に100個くらい埋め込み、まとまってがんをやっつける。頴川先生曰く「スイミーのようなイメージですかね」って、先生もまたオチャメ(笑)。
また、前立腺という男性特有の下半身の病気なので、勃起や射精といった「男のプライド」に関わる問題。また術後の尿漏れといった、男の方が意外とショックを受けやすい問題などにも触れています。
こんな前立腺がんトークが、三谷さんと頴川先生の飄々としたやりとりで進められるのですが、お気づきでしょうか? 主人公が「前立腺がん」なら、この物語にはバイプレイヤー(名脇役)が存在します。それは「患者と医師の信頼関係」です。それこそが物語を成立させていると。
こんなシーンがあります。
三谷 先生は、僕の生検の結果を最初に見たとき、どう思われたんですか。
頴川「治せます」と。
三谷 この言葉ですよ! 何という心強い響き。(後略)
三谷さんは、この先生の言葉で、一切不安を感じなかったそうです。頴川先生は、お互いに共通の認識を持つことが大切だと語っています。つまり、患者と医師、双方の信頼があってこその治療であり、快復であり、こうして語り合える本が出来上がった──ということ。この本には、前立腺がんの知識だけでなく、患者と医師のあるべき姿が提示されているのです。
前立腺がんという本来は重いテーマを飄々とした問答で笑わせ、考えさせる──エンターテインメントな医学本。男性なら絶対に気になる内容です。そして働き盛りのパートナーがいる女性にも一読いただき、相手にも読ませていただきたい。そんな本なのです。