『怖ガラセ屋サン』は全七話の連作短編集。各話で違う種類の「怖い!」と「まさか!」が待っている。
澤村さんのコメントもいただきながら、ライターのタカザワさんが、各話ごとの魅力をご紹介。
読みたい! でも怖くて読めない!? 七つの恐怖、七つの震撼とは……。
ライター/タカザワケンジ
第一話「人間が一番怖い人も」
怖いのは幽霊? それともストーカー? 第一話はそんな問いかけから始まる。浦部は後輩の司馬戸から怪談を集めてきてほしいと頼まれる。司馬戸は趣味が怪談で、怪談ライブにも通っているというのだ。そこで浦部が小学生の息子に聞いたところ、幽霊話とストーカーの話をされる。『怖ガラセ屋サン』にはこんなふうに怪談や都市伝説がさりげなく盛り込まれている。
「怖い話が要るか要らないかっていったら、必ずしも必要なものではないんでしょうけれど……。この第一話については、読者からこういうのが澤村伊智の作風だと思われているんだろうなって思っています。マニアックにならないよう、ちょっと聞いたことがあるな、くらいのポピュラーな話を入れてます」と澤村さん。
幽霊とストーカーのどちらが怖いか? という問いに、浦部の妻は「怖いのは人間。以上。それで全部」とにべもない。あなたはどうだろう。怖い話に対してどこか軽く見ていないだろうか。頭から信じないと決めつけていないだろうか。そんな人にこそ読んでほしいプロローグだ。
第二話「救済と恐怖と」
物語は「わたし」の語りによる回想から始まる。小学生だった「わたし」は、千葉のそれなりに開けた町で母と二人、慎ましく暮らしていた。しかし、母がスピリチュアル系のグッズにハマったところから転落が始まる。ああ、こういう話ってよく聞くよね、と思ったあなた。そこで終わらないのが澤村伊智の世界だ。
「実は、鍼灸を受けている三十分くらいの間に思いついた話なんです。そこはちゃんとした鍼灸なんですけど、身体に触れる施術って、スピリチュアル系な店もありますよね。ただ、スピリチュアルって、怪談でもホラーでも、怖い話全般にとっては“鬼門”なんです。霊が出てきても『次元が上がる』みたいにポジティブに捉えられちゃうので怖くならないんですよ。まさに水と油。だからこそ逆に、スピリチュアルで一つ書いてみようと思ったのが第二話です」
澤村さんが恐怖とスピリチュアルの一線をどう越えたのかに注目してほしい。
第三話「子供の世界で」
騙されて転落していく人生に、希望の光が射すのか。射すとしたらどんなふうに? 悪徳スピリチュアル商法という生態系が生み出す“現代社会の怪談”として私は読んだ。
小学校五年生の光太郎は、同じグループの矗(のぶ)へのいじめに加担することになり、気が塞いでいた。転校してきた自分を真っ先に受け入れてくれたのが矗だったから。しかし、いじめられていた矗の身に、ある不幸が訪れてしまう。
「よく、『子供はオバケや超常現象を無邪気に信じて怖がってるけど大人は違う』って言う人がいますけど、『いやいや、子供の世界は、オバケどころじゃないくらいキツイよ』っていう話を一回書いておこうと思ったんです。でも、それだけじゃなく、そのうえで超常的なことを起こすという、二重に面倒くさい手続きを踏んでいる作品です」
そう、子供の頃、あなたも大変でしたよね? そして、怖いことがたくさんあったはず。恩ある友人をいじめる側に回ってしまった語り手の、心の動きが怖い。尾羽加奈子の手紙が怖い。いじめっ子たちがされる復讐が怖い。牛乳のキャップが怖い。ド直球の怖い話。澤村伊智は、子供の世界に潜む闇を描かせたら天下一品である。
第四話「怪談ライブにて」
タイトルの通り、舞台は怪談ライブ。物語は、ライブの実況とともに進んでいく。つまり四人の怪談師たちの怪談が聞けて、その批評も読めるのだ。さらにはそのライブ会場で……という怪談づくしの贅沢な一編。
「本当は怪談ライブを見に行ってから書きたかったんです。ところがコロナで行けなくなってしまった。しかたがないので、オフィシャルで配信されてる動画をたくさん見て会場のノリを想像して書きました。あと、少しだけ入ってくる怪談界の噂も参考にしつつ。噂といっても、怪談に限った話じゃなくて、どんな界隈でも外部から見ると異質なことってありますからね。怪談ライブという場そのものを書くのは楽しかったですね」
語り手が観客なので、「子供の世界で」に比べればダイレクトな怖さが軽減されるのでは? ……と、ちょっと怪談を楽しませてもらおうと読み始めたら、そうは問屋が卸さなかった。
第五話「恐怖とは」
スクープ写真に飢えているパパラッチ・カメラマンが、一発逆転を狙って張り込んでいるクルマが舞台。狙っているのは、人気俳優と愛人の逢い引き。ツーショットの瞬間を待ちかまえている彼のもとに、情報屋の女性がやってくる。彼と彼女、二人は何を語るのか。
「ミステリー小説の中でミステリー談義が繰り広げられることってありますよね。同じように、ホラー小説の中でホラー談義や、恐怖とは何かについての議論ができないかな、と。すでに三津田信三さんがやってらっしゃいますし、京極夏彦さんも『鬼談』の中で親戚のおばさんが恐怖論をずっと語る短編がありますけど、自分なりに一度はやっておきたかったんです」
深夜のクルマという密閉空間がかもしだす、なんとも言えないムード。「恐怖とは」という論文風の理知的なタイトルさえも恐ろしく感じられてくる。登場人物たちの言葉に事態の真相に至るヒントを探す楽しみと、最後に訪れる恐怖のカタルシスは絶品。
第六話「見知らぬ人の」
「私」は、くも膜下出血で倒れて入院中の四十三歳。語り手自身が記憶に曖昧なところがある。そのような「信頼できない語り手」の前に現れた奇妙なできごととは。
「冒頭のロビーで目撃するおじいさんの話は、僕的にはかなり怖いシチュエーションなんです。それを小説的・娯楽的なところに落とし込んでみよう、と。それと、この話で扱った恐怖や不安は、SFではよく使われてますよね。使い古されている手かもしれないですけど、自分でも一回、この枠の中でやってみたかったんです」
現代では多くの人が病院で亡くなる。必然的に、大きな病院には死の匂いがつきまとうことになる。脳を損傷した男と妻、隣のベッドの患者と、毎日やってくる見舞客。日常の延長線上にありそうな状況が、登場人物の一言、二言で構図をパッと変え、ゾッとする世界が出現する。都市伝説と怪談、日常の謎的なミステリーをミックスした意欲的な作品。
第七話「怖ガラセ屋サンと」
さて、最後の一編で、怖ガラセ屋サンの真実がわかるのか? こちらは、単行本にするための書き下ろし、つまり単行本で初出し! 読んでのお楽しみです。
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怖ガラセ屋サン
誰かを怖がらせてほしい。戦慄させ、息の根を止めてほしい。そんな願いを考えてくれる不思議な存在――「怖ガラセ屋サン」。
怪談は作りものだと笑う人、不安や恐怖に付け込む人、いじめを隠す子供、自分には恐ろしいことは起こらないと思い込んでいる人、「結局一番怖いのは“人間”でしょ」と嗤う人……恐怖をナメた人たちの前に、怖ガラセ屋さんは、圧倒的な恐怖を携えて現れる。
恐怖なんて下らない?ホラーなんて下らない?結局“人間”が一番怖い?――そう思ってる人は危険。“あなたの知らない恐怖”が目を覚ますことに!
一話ごとに「まさか!」の戦慄が走る連作短編集。震えが止まらない、7つの物語を収録。
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