「巡査長」両津勘吉、「警部補」古畑任三郎、「警部」杉下右京、さらには「警視総監」「警察庁長官」……。このように、すべての警察官には階級・職名が与えられています。でも、それぞれの地位や任務、配置、待遇、昇進のしくみなどを知っている人は少ないのではないでしょうか? 元警察官僚のミステリ作家、古野まほろさんの『警察の階級』は、そんな警察組織の全貌を徹底解説した一冊。「警察モノ」好きなら必読の本書から、一部を抜粋します。
※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。
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警視総監ってそもそも何?
警視総監の任務はズバリ、東京都警察本部長の職を務めることです。すなわち東京都警察本部の事務を統括し、東京都警察の警察官などを指揮監督することです。それは実は、大阪府警察本部長、宮城県警察本部長、鹿児島県警察本部長等々と、管轄区域以外まったく変わりません。
むろん指定職=役員としては、都道府県警察の警察本部長のうち最上位となりますが、なら『他の警察本部長と権限が違うのか?』というと――実はまったく一緒です。警視総監は、東京都の警察本部長です。
しかし皆さん既にお感じのとおり、右の説明には違和感がありますよね。そうです、東京都警察本部などという組織はないはずです。東京にあるのは『警視庁』のはずです。そして警視総監はその警視庁の人、その警視庁の長のはずです。
ここで――これは警察トリビアとしても有名で、知っている方がほとんどだと思いますが――我が国では東京都警察本部のことを特に『警視庁』という名で呼ぶこととしています。都警察の本部をわざわざ法律が『警視庁』と名付けています(警察法第47条第1項)。ゆえにその本部長も、東京都警察本部長ではなく特に『警視総監』と呼ぶこととしています(同第48条第1項)。
これは実は、警視庁なる組織が、(1)戦後に生まれた警察庁などより遥かに年上であり、(2)警察庁の前身たる内務省とほぼ同時期に設置されているなど、極めて歴史と伝統ある組織だからです。
そもそも首都警察は、例えば英国においてもフランスにおいても『ロンドン警視庁』『パリ警視庁』など特殊な位置付け・歴史・伝統を有するもの。まして我が国においては、人口の実に11%が東京に集中しています。それは当然、首都警察が対処すべき警察事象の多さに直結します。
よって我が国においても、そうした首都警察の位置付け・歴史・伝統を尊重して、特に『警視庁』の名称を用いることとしているのです。したがって、警視総監=警視庁の長=都警察の長≒東京都警察本部長です。またしたがって、警視総監は、警視庁の経営に当たり、経営責任をとります。
ただ警視庁は、我が国警察の長兄であり、我が国において最大の定員を認められた巨大組織です(約4万3000名の警察官が置かれています――警察官だけで街ができますね)。よって例えば大震災への対応を考えても、東京オリンピック諸対策を考えても、オウム真理教に係る一連の事件のような大規模テロを考えても、日本警察を挙げて対処しなければならない重要課題があるとき、そのオペレーションに警視庁が参加しない/動員されないということは考えられません。
このような意味で、警視庁は日本警察最大の実力部隊であり、事実上、全国警察に大きな影響を及ぼします。そのような巨大警察本部の長、現場最大の実力部隊の長が警視総監・最上位階級者・警察序列2位者だというのは、その役割からして納得のゆくところです(警察庁長官の部下など、警察官が2500名弱です)。
総理大臣の承認まで必要!
警視総監の任命における極めて特殊な仕組みは、なんと内閣総理大臣の承認までをもゲットしなければならないことです(警察法第49条第1項)。警視総監の権限は鳥取県警察本部長、島根県警察本部長、徳島県警察本部長等々と変わらないのに(序列は別論)、内閣総理大臣のOKがもらえなければ警視総監にはなれないのです。
別に私の故郷の愛知県でもよいですが、一県の警察本部長人事に内閣総理大臣の承認が必要というのは、ちょっと吃驚することですが……これもまた首都警察の特殊性による現象です。
前項でも触れましたが、首都警察の動きいかんは日本全国に影響を及ぼしますし、首都には国家の枢要機関が集中しているほか、経済活動の事実上の中心でもあります。そうなると、首都で発生している警察事象については、政府もまた、一定の治安責任を負わなければなりません。
まとめますと、制度上は――警視総監を任命するのは国家公安委員会。ただしその任命の際には必ず、(1)東京都公安委員会の同意と、(2)内閣総理大臣の承認を要し、それらなくして警視総監にはなれません。
ちなみに警察は『行政権』に属しますから、行政の長である内閣総理大臣の一定の関与を受けるのは制度上当然です。しかし、警視総監であろうと警察庁長官であろうと誰であろうと、政治的中立性を維持するため、内閣総理大臣の指揮監督は受けません。内閣総理大臣その他に、警察に対する指揮監督権はそもそもありません(警察法第72条の場合が唯一の例外ですが、一度として適用された例はありません)。