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本屋の時間

2021.11.15 公開 ポスト

第122回

お金のはなし辻山良雄

レジで本を売るときは、さもあたりまえのような顔をしてお客さんからお金を受け取っているが、「これ、ほんとうにお金をもらっていいのだろうか」と、自分のやっていることにふと疑問を抱くことがある。妻がいるカフェでは、ケーキを粉から作り、コーヒーは豆を挽き手淹れしているので、それに対してお金をもらうことは理解できる。しかし自分ではない誰かが作った本をそのまま渡し、その対価としてお金を受け取るのは、何かズルをしているようでうしろめたいのだ。

 

わたしは人を騙してお金を儲けているのではないか。そのようにいつも思っているわけではないけれど、そうした気持ちは拭いきれるものでもない。

しかし先日、もう少しこの商売を続けていてもいいのかなと、来店したお客さんから勝手に励まされたことがあった。

「よかった、この本探してたんです。どこにも売ってないから……。ほんとうにありがとうございました」

お客さんのほとんどは、何も話さずに会計を済ませるが、その女性はよほどうれしかったのだろう、満面の笑みでそのように言ったかと思ったら足早に帰っていかれた。彼女が買ったのは、個人が制作しているリトルプレス。値段で言えば五百円の商品だった。

本屋とは、いつか来る誰かの代わりに本を買い、それをその人に手渡す商売なのかもしれない。手元に残った五百円玉を見ていると、そのように納得がいった。その本を売って儲けたお金は百五十円。実にみみっちい話で涙が出てくるが、我々は日々それを積み重ねて、商いにしているのだ。

 

先週まで店のギャラリーでは、牧野伊三夫さんの絵本『十円玉の話』の出版記念展を行っていた。『十円玉の話』は、十円玉が人の手から手へと渡る光景を描いた、ゆったりとした絵本。話の筋だけを追えば、なぁんだとそのままやり過ごしてしまうかもしれないが、傍らに置いて何回も眺めているうちに、次第に頁の前を立ち去りがたくなってくる。そうした本は、なかなかない。

展示では十円玉にちなみ、牧野さんお手製の「十円玉の貯金箱」を販売した。空き缶に和紙を貼り、色を塗るなどして手をかけたものは八百円。丈夫なプラスチック容器に、ラベルを貼ったものは三百円。そして、豆腐を入れるプラスチック容器を貼り合わせただけのものは百円……。期間中わたしはなぜか、その百円の貯金箱のことがいちばん気に掛かっていた。何よりそれは、「商品」には見えなかったから。

結果として、その百円の貯金箱を買った人はひとりいた。その人は定期的に店に来てくれるデザイナーのTさんで、「いや、これはいいですよ」と声をはずませ、百円を支払うとうれしそうに帰っていかれた。たよりなく見えた豆腐の容器が、お金に変わった瞬間。彼がいちばん、この本の気分を理解していたのかもしれない。

展示の終了後、牧野さんは残った三百円と百円の貯金箱を、「本を買った人にでも差し上げてください」とそのままくださった。売り上げはその場で三等分し、お手伝いの人と分けていらっしゃる。展示をして本も売ろうと集まったわたしたちだが、牧野さんの人柄のおかげだろうか、その時お金儲けでは語れない、不思議な場所に立っていたのだと思う。

 

会期中わたしは、たくさんの貯金箱の中から八百円のものを選んで買った。そのように伝えると牧野さんは、「きっといいことありますよ、お金が貯まるとかね」と、うれしそうに笑った。

 

 

今回のおすすめ本

『新版 雪に生きる』猪谷六合雄 Kanoa

赤城、千島、乗鞍と自然の麓で過ごしながら、山小屋、靴下編みと何でも自分で作ってみる人生。とにかく晴れやかで、気持ちのいい文章に、生きる力が湧いてくる。装画は牧野伊三夫さん。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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