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日本語の大疑問

2021.12.08 公開 / 2022.10.28 更新 ポスト

「ニシタケマモル」はピンチのサイン。百貨店で使われる隠語とは国立国語研究所

百貨店の店内放送で流れる「謎のことば」を聞いたことがありますか?

ことばの専門家集団が英知を結集して、国民の素朴な疑問に答えた『日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界』(国立国語研究所編)は、7万部を超えるベストセラーになりました。本書から一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

(写真:iStock.com/PhotoNetwork)

疑問:百貨店で「横浜からお越しの松坂様、お近くの売場までご連絡ください」という放送がありました。これはプライバシーの侵害になりませんか

回答=中西太郎

火事とともに現れる「ニシタケマモル」

百貨店は、スーパーやコンビニ等と異なり、高級品を扱い、顧客に満足感を与える接客を重視する業態なので、お客に不快な感じを与えないよう、ことば遣いにも特に気を配っています。案内放送の時のプライバシーへの配慮も当然していることでしょう。

そう考えると、おそらく、具体的な名前を入れたその店内放送は、「松坂」という客への連絡ではなく、隠語を使って店員への連絡を行うものだったのだと思います。もし一般のお客に向けた連絡だったとしたら、迷子の案内等を除き、「おもちゃ売場で〇〇をお買い上げのお客様、お近くの売場までお越しください」のようにすることでしょう。

隠語とは、2人以上が何かを隠す意図で、人工的に作った言葉のことを言います(*1)。百貨店には、お客に聞かれるのが好ましくないやりとりを別の表現に言い換えて社員のみに伝える隠語が多く存在します。

問いの「横浜からお越しの松坂様、お近くの売場までご連絡ください」という個人名が入った放送は、「横浜」の部分が用件、「松坂」が対象の社員名を表し、例えば「お客様からクレームが来た(=横浜)ので、担当の松坂さん、すぐ来てください」というような意味を伝えている可能性があります。現に、西武百貨店では、火事などの緊急事態の発生を社員に伝える「ニシタケマモル」という個人名を模した隠語があるそうです。

お客様に知られずに伝えたい言葉

この他にも、店員間で使われる隠語が様々あることが知られています。百貨店業界の用語をまとめた米川明彦『集団語の研究 上巻』(*2)によると、そのような隠語をジャンルごとに分けると、9種になります。例えば、食事・休憩に関する語、トイレに関する語、客に関する語、商品・販売に関する語などの分類があるとされています。

これらの隠語のジャンルから見える特徴は、業務中に、お客様に知られずに伝えたい重要度・頻度が高い内容が隠語になることが多いということです。

例えば、あるお店では、「食事・休憩」を「いせ」と言い、「いせ頂きます」のように使っています。昼にとる休憩なら「昼いせ」、夕方なら「夕いせ」と言うそうです。この「いせ」は食事・休憩の言い方の一例で、お店によっても異なります。次の表に、よく使われる単語のお店ごとの違いを示しました。

(イラスト:アキワシンヤ)

これらの言い方はでたらめに作られているのではなく、多くが連想や洒落等によってできています。例えば、髙島屋の「五八様」は、客は客でも「お得意様」を指すのですが、「五八」=「五×八=四十(しじゅう)」=「始終(来る)」=「お得意様」という連想で作られたと言われています。

ちなみに、近年では百貨店業界の生き残り競争も激しく、閉店や統合を迫られることもあります。その時にはこういった言葉はどうなるのでしょう。

一つの例として2007年に「大丸」と「松坂屋」が統合した「大丸松坂屋」があります。この両社の経営統合にあたっては、両社社員の用語の違いを統一する試みが行われました。先に紹介したような隠語も含め、170もの用語を対照させて収めた用語集が作られたといいます(*3)。消費者である私達の目に触れることはあまりありませんが、社会の変化に伴い言葉が大きく変化した興味深い事例と言えるでしょう。

 

*1─木村義之(2009)「隠語の世界」『みんなの日本語事典─言葉の疑問・不思議に答える』(中山緑朗ほか編)pp.360-361、明治書院

*2─米川明彦(2009)『集団語の研究 上巻』東京堂出版

*3─青木均(2008)「大丸と松坂屋の経営統合」『地域分析』愛知学院大学産業研究所所報47(1)pp.87-100

*木村義之・小出美河子編(2000)『隠語大辞典』皓星社

 

中西太郎(なかにし たろう)……跡見学園女子大学 文学部 准教授。専門分野は方言学、社会言語学。あいさつを含む言語行動の研究、方言コーパスの研究、非母語話者へのコミュニケーションの研究を手掛ける。

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日本語の大疑問

ことばのスペシャリスト集団・国立国語研究所が叡智を結集して身近ながらも深遠な謎に挑む、人気シリーズ第2弾『日本語の大疑問2』より、一部を抜粋してお届けします。

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国立国語研究所

昭和23(1948)年に、日本人の言語生活を豊かにする目的で誕生した、日本の「ことば」の総合研究機関。ことばの専門家が集まり、言語にまつわる基礎的研究および応用研究を行う。平成21(2009)年10月に大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所となり、大学に属する研究者とともに大型の共同研究・共同調査を行うなど、さらに活発な活動を展開。略称は国語研、NINJAL。webサイト「ことば研究館」内の「ことばの疑問」コーナーでよくある言葉の質問に答えている。

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