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日本語の大疑問

2021.12.22 公開 ポスト

なぜ日本語には外来語が多いのか国立国語研究所

ことばの専門家集団が英知を結集して、国民の素朴な疑問に答えた書籍『日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界』(国立国語研究所編、幻冬舎新書)が発売3週間足らずで4刷となり、大反響をよんでいる。

ここでは本書の一部を抜粋して紹介。今回は、日本語に外来語が多い理由を解説する。

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(画像:iStock.com/nisi)

疑問:どうして日本語には外来語が多いのですか

回答=宇佐美洋

カタカナでどう書くかさえ決めればよい

以前、日本で女性用履物として「ミュール」というのがはやりました。これは英語またはフランス語の「mule」からの借用なのですが、日本語ではどういう音の形で受け入れるか(つまりカタカナでどう書き表せばいいか)ということさえ決めれば、それだけでこの語が使えてしまいます

しかしフランス語に日本語の「下駄(げた)」が借用されたときには、そう簡単にはいきませんでした。フランス語をはじめとする多くのヨーロッパ語ではすべての名詞が「性」を持っており、どの性に属するかによって、その名詞を修飾する形容詞の形や名詞を受ける代名詞の形が違ってきます。このため外来語でも性が決まらなければその語が使えないのです。

 

外来語をはじめとする新語の性は、その単語が使われているうちに何となく決まっていくもので、名詞の性を決めるための必然的な手掛かりというものがあるわけではありません。ただし現代フランス語では、特に理由がなければ男性名詞になることが多く、「下駄」も男性扱いとなることがある一方で、ラテン語で-aで終わる単数名詞はほとんど女性名詞、という理由のために女性扱いになることもあり、共通認識はまだ得られていないようです。

 

また言語によっては、品詞(名詞、動詞、形容詞といった、文法的機能による単語のグループ分け)ごとに固有の語尾が決まっており、外国語から単語を取り入れる際には、その単語がその語尾で終わるよう、語形そのものを調整しなければならないこともあります。

例えばロシア語では、形容詞は-ɨj(─ウィイ)という語尾を持つことに決まっているので、フランス語から「serieux(セリユー)」(重大な、深刻な)という形容詞を借用したときには、これを「serijoznɨj(セリヨーズヌィイ)」という形に変形しなければなりませんでした。

原語の基本の形をそのまま素直に受け入れればいい日本語に比べ、随分ややこしい変形をしていることが見て取れると思います。

日本語の文法は「新語」受け入れに向いている

一方、タイ語のように、単語が基本的に語形変化しない言語もあります。この種の言語では、単語の文法的機能はもっぱら語順と文脈によって決まります。

例えば「行く」という動詞の後ろに「乗り物」を表す名詞が来ていれば、その名詞は「手段(~によって)」という機能を持ち、「場所」を表す名詞が来ていれば、それは「目的地(~まで)」という機能を与えられるのです。こうした文法的機能は、形の上では表現されません。

こういう言語では、語形変化がない分、外来語を取り入れるのが楽であるように思えます。

しかし実際はそうでもありません。こうした言語において単語の文法的機能は、「その単語の意味と、周りにある単語の意味との関係」によって決まります。ですから、文中に外来語のような意味の分からない単語があると、その単語が周囲の語とどういう文法的つながりを持っているのかが分からなくなり、結果として文全体の構造もとらえにくくなってしまう可能性が高いのです。

ひるがえって、日本語はどうでしょう。日本語は、単語そのものは語形変化せず、単語に助詞や接辞などを直接張り付ける、というやり方によって文法的機能を表示します。

ですから、仮に単語自体の意味は分からなくても、「○○して」のように、単語の後ろに「する」の変化形が接続していれば、それ全体で動詞としての働きを持っていることは分かりますし、「△△な」であれば形容動詞として使われていることは明らかです。

「××は」「××を」のように、単語に助詞が直接接続していれば名詞であることが分かり、さらに、その単語が文の主語なのか、動詞の目的語なのか、という「文中での機能」も一目瞭然です。

このように、「単語本体と、文法的機能を表す部分とが分けて表現される」という日本語の文法的特質は、外来語をはじめとする「新語」の受け入れにおいては大きな効力を発揮します

一般にどの言語でも、名詞が最も借用しやすく、その他の品詞が借用される例はそう多くはないのですが、日本語では「グローバルな」のような形容動詞、「アクセスする」のような動詞も取り入れることができていますし、またそのような借用を行っても、文の構造は明瞭に表現され得るのです。

 

*コムリー・B.(1992)『言語普遍性と言語類型論』(松本克己・山本秀樹訳)第2章 言語類型論、ひつじ書房(原著 1981、1989)

*サピーア・E.(1987)『言語─ことばの研究』(泉井久之助訳)第6章 言語構造のいろいろの類型、紀伊國屋書店(原著 1921)

*名古屋大学公開講座「名大の授業」講義資料 町田健(2009)「世界の中の日本語

宇佐美 洋(うさみ よう)……東京大学大学院 総合文化研究科 言語情報科学専攻 教授。言語の「正しさ」そのものでなく、「正しさ」を決める価値観の姿について、またひとが、異質な価値観も受け入れられるようになるための方法について、考察を行っている。

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日本語の大疑問

ことばのスペシャリスト集団・国立国語研究所が叡智を結集して身近ながらも深遠な謎に挑む、人気シリーズ第2弾『日本語の大疑問2』より、一部を抜粋してお届けします。

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国立国語研究所

昭和23(1948)年に、日本人の言語生活を豊かにする目的で誕生した、日本の「ことば」の総合研究機関。ことばの専門家が集まり、言語にまつわる基礎的研究および応用研究を行う。平成21(2009)年10月に大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所となり、大学に属する研究者とともに大型の共同研究・共同調査を行うなど、さらに活発な活動を展開。略称は国語研、NINJAL。webサイト「ことば研究館」内の「ことばの疑問」コーナーでよくある言葉の質問に答えている。

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