私たちが満天の星を見て「美しい」と感じるように、物理学者は理論や物理法則に「美しさ」を感じます。村山斉さんは新刊『宇宙はなぜ美しいのか 究極の「宇宙の法則」を目指して』のなかで、その「美しさ」の要素は、「高い対称性」「簡潔さ」「自然な安定感」の3つだと分析しています。「対称性が高いと美しい」とはいったいどういうことでしょうか。『宇宙はなぜ美しいのか』から、抜粋してお届けします(記事の最後に、村山斉さんの講演会のお知らせがあります)。
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富士山は2つ、東京タワーは8つ。これは何の数でしょう?
さて、物理学者が求める美しさの基本ともいえる重要な概念が「対称性」です。これが美しさを感じさせるのは、たとえば富士山の姿を見ればわかるでしょう[2-3]。天然の造形なので完全ではありませんが、富士山は左右をひっくり返してもほぼ同じ形になります。もし富士山が左右対称の形ではなく、単に「日本一高い山」だったなら、そんなに人気を集める観光スポットにはならなかったのではないでしょうか。
人工の建築物を見ると、私たち人間が左右対称を好むことがよりはっきりします。写真[2-4]は、世界遺産にも指定されている京都の平等院鳳凰堂です。中心の線で左右を反転しても、まったく同じ形になります。
ただし日本人の場合、左右の対称性がない建造物に美を感じる傾向があるようです。写真[2-5]は同じく京都にある東福寺龍吟庵の石庭です。きちんと整っているよりも、ちょっと崩れていたほうが味わい深く感じられるのでしょう。どちらかというと、西洋人のほうが左右対称の構造に対するこだわりが強いように思います。
たとえば写真[2-6]は、エッフェル塔の上から見たパリの街並みです。シャイヨー宮を中心に、街全体が左右対称になっているのがわかります。有名なベルサイユ宮殿など、写真[2-7]のように左右反転したものを並べてもほとんど区別がつきません(ちなみに左側の写真が本物です)。
ところで、対称性が「高い」とはどういうことでしょうか。
いま見てきた「左右対称」は、「線対称」のひとつで、対称性の基本です。どこかに1本線を引いて、その線を折り目に一方を折り返すともう一方に重なることを線対称といいます。線対称には「左右対称」だけでなく「上下対称」もあります。
平等院鳳凰堂もベルサイユ宮殿も、左右ではなく「上下」をひっくり返したら、まったく別の形になってしまいます。この場合、対称性は2つしかありません。本来の姿でひとつ、左右を入れ替えたものでもうひとつ。対称性は、そのように数えます。どちらもあまり対称性は高くありません。
では、同じ建築物でも、もっと対称性の高いものを見てみましょう。
東京タワーは、写真[2-8]のように左右対称です。でも、対称性はそれだけではありません。4本の脚が正方形を作っているので、90度、180度、270度に向きを変えても全体の形は同じです。しかも、その4パターンがそれぞれ線対称になっているので、対称性の数は4×2=8。図[2-9]のように、4つの角に番号をつければ、同じ形になるパターンが8つあることがよくわかるでしょう。
ずいぶん対称性が増えましたが、丸い構造になると、正方形よりもさらに対称性が多くなります。たとえば、パリの凱旋門を取り囲む道路[2-10]。12本の道路が等間隔で放射状に作られています。正方形は90度ずつ回転させないと同じ形になりませんが、こちらは360度を12 分割しているので、30度ずつ回転させると同じ形になります。ここには12個の対称性があるわけです。
それよりも対称性が多いのが、アメリカのワシントンにある国会議事堂の天井[2-11]です。1周360度を10度ごとに分割してタイルを並べているので、10度ずつ回転させるだけで同じ形になる。対称性の数は36個です。
ここで、「凱旋門や天井の真ん中の絵は回転させると同じにならない」と気づいた鋭い人もいるでしょう。それはまったくそのとおりです。
でも、物理学者が自然界を観察するときは、まず全体的な性質を大雑把にざっくりと把握するのが先で、細かいことはあまり気にしません。
たとえば地球のような天体は、細かく見れば山や谷などのデコボコがありますが、大雑把に見れば「球体」だといっていいでしょう。それと同じように、凱旋門周辺には12個、ワシントンの国会議事堂の天井には36個の対称性があると考えてかまわないのです。
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2022年1月9日13時半から村山斉さんの刊行記念講演会を開催します(会場参加&オンライン)。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。
宇宙はなぜ美しいのか
夜空を彩る満天の星や、皆既日食・彗星などの天体ショー。古来より人類は宇宙の美しさに魅せられてきた。しかし宇宙の美しさは、目に見えるところだけにあるのではない。これまで宇宙にまつわる現象は、物理学者が「美しい」と感じる理論によって解明されてきた。その美しさの秘密は「高い対称性」「簡潔さ」「自然な安定感」の3つ。はたして人類永遠の謎である宇宙の成り立ちを説明する「究極の法則」も、美しい理論から導くことができるのか? 宇宙はどこまで美しいのか? 最新の研究成果をやさしくひもとく知的冒険の書。