何百万個もの銀河を観測して広大な宇宙の「地図」を描いてみたところ、宇宙はどこまでいっても、ほぼ「一様等方」の空間であることがわかりました。このことは「ビッグバンの証拠」からも裏づけられました。とすると、宇宙の「対称性」はいったい……?『宇宙はなぜ美しいのか 究極の「宇宙の法則」を目指して』(村山斉著)から抜粋してお届けします(記事の最後に、村山斉さん講演会のアーカイブ販売のお知らせがあります)。
* * *
138億光年先から届く「ビッグバンの証拠」は語る
前章の最後に「ビッグバンの証拠」として、およそ138億光年先から届く、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)についてお話ししました。実はこれも、宇宙に「特別な領域」がないことを示しています。
1964年に発見されたとき、CMBは全天にわたってまったく濃淡のない一様な電波として観測されました。ビッグバンが「すべての方向に」見えるということが、わかりにくいかもしれません。これはCMBが放出されたときの宇宙が点ではなく、すでに大きさを持った宇宙だったからです。だから、私たちから見てどの方向にも、138億光年先には熱い宇宙が見える。そしてその温度はどの方向でも同じなのです。
しかしビッグバン理論は、そのCMBに実はほんの少しだけムラ(温度差)があることを予言していました。それがたしかにあることを裏付けたのが、前にも紹介した写真[2-16]です。ここでは、色の違いがCMBの温度の違いを意味しています。
ただし、この色の違いはムラの存在を強調するために誇張してつけられたもので、その温度差は本当にささやかなものでしかありません。わずか10万分の1の違いですから、深さ100メートルの海の水面に、ところどころで1ミリメートルの波が生じているようなものです。そこまで高い精度で138億光年離れたところから届く電磁波を観測できるのは驚くべきことですが、大雑把に考えるなら、やはり宇宙は「どこを見ても同じ」といっていいでしょう。
このような宇宙の対称性は、2つに分けて考えることができます。ひとつは、「どこまで進んでも同じ」という性質。前に出てきた「並進対称性」がこれです。もうひとつは、円や球と同じ「回転対称性」。こちらは「どちらを向いても同じ」という性質です。
どこまで進んでも同じ並進対称性を持つ状態のことを「一様」、どちらを向いても同じ回転対称性を持つ状態のことを「等方」と表現することもあります。宇宙は、ほぼ一様で、ほぼ等方な空間なのです。
アインシュタインは、これを「宇宙原理」と名付けました。原理とは、さまざまな理論を考える上での前提として置かれるものです。もし宇宙が一様・等方でないならば、宇宙の理論はもっと複雑なものにならざるを得なかったでしょう。しかし宇宙の成り立ちに関する物理学の理論は、空間が一様・等方であることを前提に考えてかまわないのです。
では、その一様・等方な宇宙空間には、全部で何種類の対称性があるでしょうか。
先ほど、球体の回転対称性には3種類あるという話をしました。宇宙も3次元空間ですから、どちらを向いても同じ「等方性」があるなら、やはり回転対称性は3種類です。
一方の並進対称性はどうか。こちらも、3次元空間なら3種類になります。一様な宇宙では、前後の方向にどこまで進んでも、左右の方向にどこまで進んでも、上下の方向にどこまで進んでも、風景は変わりません。
したがって「一様・等方」の宇宙空間には、3種類の回転対称性と3種類の並進対称性を合わせて、6種類の対称性があることになります。つまり、対称性がひじょうに高い。物理学者にとっては、たいへん美しい空間だといえるわけです。
3次元空間では、これ以上高い対称性はあり得ません。ですから宇宙空間は、3次元の世界で求めることのできる最大限の美しさを持っているといえます。
* * *
1月9日に開催された村山斉さんの刊行記念講演会のアーカイブが好評発売中です。詳細・ご購入は幻冬舎大学のページからどうぞ。
宇宙はなぜ美しいのかの記事をもっと読む
宇宙はなぜ美しいのか
夜空を彩る満天の星や、皆既日食・彗星などの天体ショー。古来より人類は宇宙の美しさに魅せられてきた。しかし宇宙の美しさは、目に見えるところだけにあるのではない。これまで宇宙にまつわる現象は、物理学者が「美しい」と感じる理論によって解明されてきた。その美しさの秘密は「高い対称性」「簡潔さ」「自然な安定感」の3つ。はたして人類永遠の謎である宇宙の成り立ちを説明する「究極の法則」も、美しい理論から導くことができるのか? 宇宙はどこまで美しいのか? 最新の研究成果をやさしくひもとく知的冒険の書。