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本屋の時間

2022.01.03 公開 ポスト

第125回

「ふくみくじ」辻山良雄

まだ会社に勤めていたころの年末年始は、誰もが忙しそうにしている割に、いつもよりみなのあたりがやさしかった。不機嫌そうな上司や近寄りがたかった女性の先輩も、めずらしくむこうから声をかけてくれたと思ったら、「何年も売れてなかった『〇〇』がさっき売れたの。やっぱり年末は客層が違うね」など、カバーを折る手は止めずに教えてくれる。

 

ご時世だろうか、いまはどこの商業施設も正月休みを増やす傾向にあるが、以前は元日から休みなしに開けている店もまだ多かった。出店している百貨店から「今年も元日から営業です」という知らせが流れてくると、「さすが百貨店は鬼ですね」とみなの前では愚痴をこぼしつつ、内心ではポチ袋で渡される正月手当てを楽しみにしていた。大晦日の夜挨拶に行ったら、お客さんからもらったお酒でしたたか酔っていたはずの上司が、翌朝誰よりも早く店に来て、「あけましておめでとう。元日からごくろうさまです」ともっともらしくふるまっているのも、普段は見ることのないこころ温まる光景であった。

 

ある店にいたとき、みなから「キョロちゃん」と呼ばれていた初老の男性客がいた。キョロちゃんは毎日のように店に来ては、キョロキョロと目だけ動かし本棚を眺め、決まったルートで店をひと回りするとそのまま出ていってしまう。手に下げているビニール袋に入っているのは、古本屋の均一コーナーで買ったと思しき文庫本や、コンビニで売っている焼き鳥のパック。いつも同じカーキ色のジャンパーに、銀縁のメガネをかけていた。店で本を買うことは年に一~二度くらいで、みなからはそこらに貼っているポスターやディスプレイの鉢と同じ、気にとめるほどでもない風景の一つとして見られていたように思う。

ある年の元日、わたしはレジの一員としてカウンターに立っていた。人波もあらかた引いた時間帯で、店には数人、眠たそうに立ち読みをしている客がいるのみ。今日はもう終わりかなと思っていると、店にキョロちゃんがやってきた。

元日から変わりなくか……、まあキョロちゃんだしなと思っていると、彼はそのままレジまで来て、テレビ番組の情報が載った週刊誌を、何気ない感じで手渡してきた。

そのとき店では本を買った人に対し、ブックカバーなどが当たる抽選会を行っていた。会計のあと「ふくみくじ」と書かれた箱を差し出し、「よろしければ一回引いてください」とキョロちゃんに言うと、キョロちゃんは一瞬何が起こったかわからないという顔をしたあと、誰に聞かせる訳でもない、しかし明らかにヴォリュームがおかしな声で、「ああ」とはっきり答えた。

何かキョロちゃんに当たるといいな。

普段は機械的に差し出している「ふくみくじ」だったが、その時わたしは祈るような気持ちでそう願った。正月くらい何かいいことが起こってもよいではないか。

ハズレだった。

「すみません、ハズレでした」

きまり悪い顔でそのように言って、おみくじを引いた人全員に渡しているしおりを差し出すと、キョロちゃんはしおりをしばらく眺めたあとそれをジャンパーのポケットに無造作に突っ込み、そのままくるりと踵を返して帰っていった。わたしは自分が何か失敗したような気がして、「ありがとうございました」といつもより大きな声で言うのが精一杯だった。

お金持ちもそうでない人も、大人にも子どもにも、誰にでも等しく正月はやってくる。それがお正月のよいところだろう。

「キョロちゃん、今日は本を買ってくれましたよ」

あとで先輩にそう伝えると、「ふーん、めずらしいこともあるもんだね。まぁ、正月だしね」とあまり興味がなさそうな声で返されてしまった。

同じ年の春、わたしは異動で遠い土地まで引っ越すことになった。キョロちゃんのことはそれからずっと忘れていたが、最近また思い出した。どこかで元気にしてくれればよいと思う。

 

今回のおすすめ本

ねこまたごよみ』石黒亜矢子 ポプラ社

本を開くとねこまた家族の一年が、ページいっぱいに描かれる。その世界は鳥獣戯画のような絵巻物を想像させずにはおかず、にぎやかで華もある絵に見とれてしまうこと間違いなし。一年のはじまりにどうぞ。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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