元カリスマ書店員で、POP職人でもあるブックジャーナリストのアルパカ内田さんが「売りたい!」作品を紹介する「アルパカ通信幻冬舎部」ですが、今回は特別企画です。
幻冬舎営業局のコグマ部長とともに、コロナ禍に揺れた一年を振り返ります。他社から刊行された作品も含めてチェックする「アルパカ通信特別編」。目利きが選んだ2021年のベスト本は――。
* * *
コグマ 2021年はコロナ禍となって二年目に入り、書店業界にも耐性はできてきたように思います。感染者が増えた関西では、去年に続いて書店が閉まったケースもありましたが、八方塞がりで打つ手なし、という状況ではなくなった。長いトンネルの中でも少し光が見えてきた感じはしました。
アルパカ 2020年はまったく手探りでしたからね。ただ、営業時間は短縮されたままでしたし、あまり書店で長時間滞在しちゃいけないんじゃないか、という雰囲気も続いていた。
コグマ ソーシャルディスタンスを保つため、お客さん同士に距離を取ってもらうじゃないですか。するとレジの列がすごく長く見えてしまう。文庫一冊、雑誌一冊を並んでまで買わなくても、と尻込みしてしまったお客さんがいるのも間違いないです。
アルパカ 不安感は拭いきれなかったですね。
書店も翻弄された東京五輪。夏の売り上げは厳しかった
コグマ 東京オリンピック・パラリンピックもあった。一生に一度あるかないかというこのイベントが本屋さんにどういう作用をもたらすか。書店業界としては非常に気になるところだったと思います。私の感覚では、ゴールデンウイークぐらいまでは、そもそも中止になるんじゃないかという話もあったりして、店としても揺れていたように感じました。
本屋さんとしては、コロナ禍の中で辛うじて店をやれているのに、オリパラで感染者が増えて、また閉めなきゃいけなくなることを恐れていました。実際に感染者は増えましたけれど。そもそもオリンピックやワールドカップのような大きなスポーツイベントは、夕方に試合をやられたりするとお客さんが奪われるわけで。
アルパカ そうなんですよね。いくら盛り上がっても、本はあんまり売れないというのが定説ですから。観戦ガイドとかを並べても、あまり商売にはならない。
コグマ 出版社もあまり本を出さない。オリンピックにはぶつけてこない。コロナ禍に加えて、そういう事情もあって、夏の売り上げは特に厳しかったと思います。
アルパカ 特殊な年でしたね。
コグマ コロナ禍の影響は都心の大型店ほど大きかったと思います。去年、東京や大阪がロックダウンのような状況になった時期でも、郊外のお店や、自分で判断できる独立系のお店は営業して、言い方は悪いですけど特需のような状況になった。
アルパカ 売り上げゼロの店がある一方、空前の売り上げを記録したという店もありました。分断されて、格差も際立った。それが去年から今年にかけての傾向じゃないですか。リモートワークが当たり前になってきて、都心の店は今も厳しい。非日常が日常になって、人の流れが変わってしまった。
コグマ 出版社の営業としては、書店に足を運んで行う販促が難しかったですね。お店側から「アポ無しの商談はできない」と言われていた。例えば、以前は電車で遠くの書店に行き、一駅ずつ戻りながら沿線のお店を訪ねて歩くといったことをやっていたけれど、今は何時に行きますというアポがいる。ふらっと行けないので、リモートと一緒で雑談がしにくくなったんですよね。
逆に、いいことがあったとしたら、地方の書店さんとも、東京のお店との違いをあまり感じないで、コミュニケーションが取れるようになったことですね。いろんなことを聞きやすくなったりしました。それはメリットかもしれません。
アルパカ 分厚い本がベストセラーになったのも、コロナ禍が背景にあったと思います。リモートだと家に置いておけばいいですからね。一方で、文庫本が売れなくなったのは、通勤通学をする人が少なくなった影響でしょうし、映像化原作作品の売り上げが極めて厳しくなったのも特徴的です。コロナ禍で映画館にも行けず、公開時期も変動が激しく、テレビも含めてサブスクに圧倒的に押されている。これは今後も続いていきそうな現象だと感じています。
今年も大人気、東野圭吾作品。読者が失敗嫌う傾向強く
コグマ コロナ禍になって、企画のスタイルが変わったように感じます。SNSで流行っているものを出す企画が増えている。編集者が作家とお酒を飲みながら雑談したり、あるいは一緒に取材して生まれる企画は明らかに減っているでしょう。会えない、旅に行けない、飲食できないという状況でも作れる本にシフトしている。
それはそれで悪いことではないんですが、作家と編集者の関係性が変わってしまうことが、小説界にダメージとしてあらわれるかもしれない。アルパカ 東日本大震災のときもそうでしたが、作家さんが書けなかった時期がありますよね。現実が物語を超えてしまったときというのは。今回もそれに近いようなところはあるかもしれない。
コグマ 取材に行けない、人と会えないというのは、編集者としては辛いでしょうね。両手両足を縛られて仕事をしているようなもの。作家と一心同体になって小説を作ってきた人間が、これはYouTubeで流行ってるから本にしようって言われても戸惑いますよね。
アルパカ 今年に関して、どうしても言っておきたいのは、小説紹介クリエイターのけんごさんのインパクトですね。「TikTok売れ」はいろんな商品で生まれていますが、本の世界にもスーパースターが生まれました。十代の潜在的読者に向けて発信できる人はこれまでいなかった。
彼が動画をアップすると、たちまち重版がかかることがある。やはり今年の大きなトピックとして取り上げたいです。彼は「2021 年けんご大賞」というのをやるんですが、硬直化していた書店の文芸売り場が変わるかもしれない。
コグマ けんごさんの感覚は、大切なんですよ。出版社の人間は、なんか向こう側の読者とこっち側の出版社って見ちゃったりする。けんごさんはちゃんと読者と同じ側にいる。
アルパカ けんごさん、最初に読んだのが東野圭吾さんの『白夜行』と言っておられましたが、今年も東野さんは強かったですね。単行本は『白鳥とコウモリ』 と『透明な螺旋』 を上梓されましたが、文庫も含めて、売れ方が突出している。読者の方が間違いたくない、失敗したくないっていう傾向が顕著になっているような気がします。
東野さんなら売れる。あるいはけんごさんが薦めているなら読む。語弊があるのかもしれませんが、何かにすがる傾向に拍車がかかっているように思います。でも東野さんを読んで、次に何を読めばいいかがわからないという人はいて、そのきっかけ作りを僕らは頑張らなきゃいけない。
コグマ 確かに、やれることはいろいろあるはずです。
アルパカ ほとんど本を読まない人が本屋さんに行って、読みたくなる本、がわかるかどうか。POPもひとつの道標ですけれども、出版側が最大限に努力しないといけないところですね。
本ってこんなに面白い、本屋さんってこんなに楽しい、奥に行けば行くほど楽しい場所と知ってもらい、そこへ招き入れるような取り組みをしたい。本屋さんは宝の山ですから。
図抜けた『旅する練習』。 “一穂現象”の勢いも
――2021年、印象に残った小説を教えてください。
アルパカ 乗代雄介さんの『旅する練習』 は、図抜けていました。芥川賞候補にもなりましたね。コロナ禍の日常を描いていて、主人公は乗代さんを思わせる小説家です。その相棒が4月から中学校に上がる姪っ子。入学したのに休校という非日常に投げ込まれる。それで、二人は川沿いをずっと歩くんです。ロードムービーのように。
ただそれだけの話なんですけど、小説家が何を書いていかなければならないかっていうのが、しっかりと描かれる。女の子のちょっとした成長もあったりしますし、人生についていろいろ考えさせられるようなところがあって、ラストは号泣しました。なにがいいって、日常がすごくいとおしく感じられて、一日のこの時間の流れが奇跡なんだなというのがわかる。名作です。
それと、一穂ミチさんの『スモールワールズ』 もやっぱり外せないですね。
コグマ “一穂現象”とでも言えるような勢いがありました。
アルパカ みんないいって言っているけれど、やっぱりいいものはいい。直木賞も惜しかった。
コグマ BLからメジャーにというひとつの流れができてきました。これまでにもおられましたけど、一穂さんでその流れが確定しました。決定打を放ちましたね。
アルパカ かつては児童文学からという流れがあって、あさのあつこさんとか森絵都さんとか、いい作家さんがたくさん出てきました。今後もBLは注目です。
それから、織守きょうやさんの『花束は毒』も良かったですね。
コグマ 確かに評判がとても良かったです。
アルパカ 織守さんはずっと読んでいますけれど、これまでとも一線を画している感じがする。覆面で書いていた彼女が初めて顔出しをして、テレビにも出演されて、それだけ決意もあったんじゃないかと思っています。内容についてはあまり語りませんけれど、これまた最後の章がぞわっとしますよ。
コグマ タイトル通りなんですね。続いては?
アルパカ 深緑野分さんの『カミサマはそういない』。短編集なので、評価しにくいとも言えるんですが、七編それぞれの切り口が鋭い。戦争にまつわる一編は、彼女が持っているエキス、エッセンスがぎゅっと凝縮されたような物語だった。深緑さんはこの本から読んだ方がいいんじゃないかと思います。きっかけづくりになる短編です。
個人的には水野梓さんの『蝶の眠る場所』が好きなんですよ。著者はBS日テレのニュース番組でキャスターを本名でやっていらっしゃいます。作品は死刑制度や冤罪がテーマですが、とにかく22年間報道の現場にいる知見を全部注ぎ込んでいる。
コグマ よくそんな人を掘り出してきましたよね。
アルパカ 実際に見聞している強みを感じます。ニュース報道って、熱く報じられても、すぐたち消えてしまうじゃないですか。でも事件ってそれで終わっているわけではなくて、被害者加害者がどうなっていくのかを、しっかり作品に落とし込んでいる。いい書き手が出てきたと思います。
聞こえないものが聞こえる。見えないものが見えてくる
アルパカ 瀧羽麻子さんの『もどかしいほど静かなオルゴール店』も素晴らしかった。読むと、自分のまわりの景色がぱっと明るくなったように感じる。素晴らしい作品です。砥上裕將さんの『7.5グラムの奇跡』と共通しているものがあると思うんですが、すごくいいものを見させてもらったという感じですね。瀧羽さんのほうはオルゴールで、聞こえないものが聞こえてくる。砥上さんの方は視覚。見えないものを見せてくれる。
瀧羽さんは続編ですが、前作と合わせて読むとさらに深みが増す。このあとの作品群も楽しみにしています。今年の代表作だと思います。
コグマ 瀧羽作品は読者を選ばない。今まで小説を読んだことのない人にもすごく良いと思います。瀧羽さんの作品世界って、居心地のいい毛布みたいで、誰も気を悪くしません。
アルパカ 他に勢いを感じるのは、青山美智子さん、寺地はるなさん、小野寺史宜さん、古内一絵さん。
青山さんは腕を上げていますね。今年は本屋大賞で2位に入りましたけど、最新刊の『赤と青とエスキース』も素晴らしいです。書店員に人気もあります。相容れない兄妹ふたりを描いた寺地さんの『ガラスの海を渡る舟』も心に残りました。
コグマ 全体的に女性作家の方が多いです。
アルパカ 確かにそうですね。本屋大賞も女性作家が多いですよね。僕は男性作家頑張れとも思っていますけれど。まあ東野さんは売れているんですが。
コグマ そもそも小説の読み手は、女性が多いんですよね。
アルパカ 共感という側面では、寺地さんの書いている“生きづらさ”や、青山さんの“やさしさ”は、女性の方が響くのかもしれないですね。僕は窪美澄さんがすごく好きなんですが、今年は『ははのれんあい』が、これぞ窪美澄という、ど真ん中の突き抜けたものを書き上げた印象です。
また、これぞ代表作と思える本がもう一冊あって、深沢潮さんの『翡翠色の海へうたう』です。やっぱりこの作家にしか書けない作品。沖縄を舞台にした慰安婦問題がモチーフなんですが、作家がなにかを書くということに対する、深沢さんの決意がみえる。戦争でどんなことが行われていたかっていうのがわかる。心して読んでほしい。教科書を読むよりも、小説を読むほうが理解できることがある。後世に残すべき文学、読まれるべき物語だと思います。
新人の当たり年。骨太の名作も生まれている
コグマ 男臭い小説が出にくくなっている環境もありますよね。昔でいうハードボイルドとか。そもそもシニアが書店に行かなくなっていて、時代小説が厳しくなりました。
アルパカ 売り上げランキングに時代小説が入ってこないですね。米澤穂信さんの『黒牢城』などは頑張っていますけど。いいものがいっぱいあるのに。今村翔吾さんの新作『塞王の楯』も面白かったですよ。版は重ねていますが、今以上に売れてもいいと思います。
コグマ コロナ禍によるリモートの影響もあって、ビジネス書もビジネス小説も、なかなか売れない状況になっています。そもそもコロナ禍のビジネスマンが置かれた状況というのは、未知すぎて、本からは教えてもらえない。
アルパカ 今年は、新人賞が当たり年でした。小説現代長編新人賞に選ばれた珠川こおりさんの『檸檬先生』は鮮烈でした。執筆当時は高校生だった著者が書いているんですが、ショッキングなシーンから始まって、最後まで読ませてくれる。才能を感じましたね。
松本清張賞に選ばれた『万事快調〈オール・グリーンズ〉』の波木銅さんも現役学生。はちゃめちゃな学園ものです。これも突き抜けてました。
小説野性時代新人賞・君嶋彼方さんの『君の顔では泣けない』は設定が抜群でした。男女入れ替わりの話は珍しくはないんですけれど、十五年間入れ替わりっぱなしで、しかもその二人が恋愛関係にならない。それぞれの人生を生きる。年に一回だけ会って近況報告って、新しいですよ。次の作品でどんな表情を見せてくれるか楽しみです。
コグマ アガサ・クリスティー賞大賞受賞作、逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』は新人とは思えない初版部数だったということもあり、大きな話題となりました。
アルパカ 大作です。ちなみにカバーのイラストは雪下まゆさんです。浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』もそうです。この作品も本当に面白くて、著者の出世作になったと思います。
雪下まゆさんはいろんな作品を手がけておられますけれど、ジャケ買いさせてくれるイラストレーターですよね。
コグマ 骨太な本というのはないでしょうか。
アルパカ 葉真中顕さんの『灼熱』を挙げなきゃいけない。抜群に良かったですよ。ブラジル移民の話なんですが、主人公が沖縄出身の勇と日本移民二世のトキオの二人。出自にトラウマを感じていて、戦争でコミュニティーが分断される。物語は現在と過去を行き来するんですが、日本が戦争に勝ったと思い込んでいる人たちとかがいる。これってフェイクニュースですよね。現代の空気感を反映させて、価値観を揺さぶってくれる作品ですよ。
コグマ 『灼熱』は日本人必読ですよね。垣根涼介さんも上下巻の大作を刊行されました。
アルパカ『涅槃』です。これ良かったですよ、すごく。宇喜多直家ってダメ大名って言われていたんですけど、その本音というのかな、人間臭さっていうのを描いて、垣根さんの到達した文学世界を味わわせてくれます。
骨太といえば、岩井圭也さんの『水よ踊れ』も推しておきたいですね。個人的に作品を評するときに「傑作」を使うのは避けているのですが、負けました。抜きん出た「傑作」です。凄まじい密度。強い意志を感じさせて、メッセージ性も見事。圧倒的な筆力に酔いしれました。
本屋はパワースポット。ぜひ通ってほしい
コグマ 幻冬舎としては、文芸の当たり年でした。百田尚樹さん『野良犬の値段』、住野よるさん『麦本三歩の好きなもの 第二集』、東野圭吾さん『白鳥とコウモリ』、原田マハさん『リボルバー』、万城目学さん『ヒトコブラクダ層ぜっと』と並んでいます。
11月に出た『残照の頂 続・山女日記』は、湊かなえさんの人間への優しいまなざしがうかがいしれる作品ですね。それぞれに厄介ごとを抱えた登場人物たちが登山をしながら自分と向き合う様子を読んでいると、こちらまで浄化されていくよう気持ちになります。
チャレンジもできました。芦花公園さん『ほねがらみ』、一雫ライオンさん『二人の嘘』といった、新しい書き手の作品を出せた。両輪がうまく噛み合った一年でした。
アルパカ 『二人の嘘』がベスト3に入ると言っている書店員さんもいます。ただの不倫の話じゃない。堕ちていくドラマが切ない。
コグマ 読んでいてざわざわする感じがいいです。
アルパカ 僕も、今年を代表する作品のひとつに推します。映像化を切望しています。
コグマ 裁判ものでは、雫井脩介さんの『霧をはらう』も、リーガルサスペンスの傑作です。弁護士ものでこんなに手に汗握るものがあるのかっていうぐらいで、感情移入せずにいられない小説でした。裁判員裁判って新聞ではよく見ますが、自分だったらどうだろうって考えてしまう。
アルパカ あと、おぎすシグレさんの『読んでほしい』を読んでほしいです。
コグマ これの衝撃は、こんなタイトルをよくぞつけたということですね(笑)。主人公が書きあげた小説を誰も読んでくれないのですが、すごく読みたくなるんですよね。
アルパカ タイトル賞。オチも最高です。忖度抜きで面白かったです。
コグマ ホラーは『ほねがらみ』ともう一作、澤村伊智さんの『怖ガラセ屋サン』というのも出したんですが、両方ともタイトルだけでいかにも怖い。さすがだなと思いましたね。
アルパカ いいタイトルですね。
コグマ 幻冬舎の作品は、前々から言われているんですが「何を出してくるかわからない」。今年はその特徴が出せたと思っています。
――最後に来年に期待することを。
アルパカ TikTokのけんごさんがおっしゃっていたのですが、本をどこで買っていいかわからない人がいるんです。そういった人にどう届けるか。本屋さんってパワースポットだし、人生を豊かにする場所だと思うし、ぜひ通ってほしい。いい本を探してほしい。それにつきます。
コグマ 宮藤官九郎さんのテレビドラマ『俺の家の話』ではコロナ禍が同時進行で描かれていました。でも、まだああいう表現は珍しい。他のドラマの中の人はマスクをしていない。いつか、力のある作家はコロナを書いてくれる。マスク姿が当たり前で、飲み屋にパーテーションがあったり、リモート会議が日常だったりする現状を、違和感なく描ける人が出てくるのを楽しみに待っています。
アルパカ 力のある作家が、今とこれからをどう描いていくかというのは、読者としても楽しみですね。
構成/篠原知存
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