夫や交際相手11人の死亡で数億円の遺産を手にした筧千佐子。
4年に及ぶ取材と23度の面会で彼女の闇に触れたノンフィクションライター・小野一光氏による『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』が幻冬舎アウトロー文庫から発売され、話題を呼んでいる。
ここでは本書の一部を紹介。結婚相談所の仲人の目に、彼女はどう映っていたのか――。
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年収1000万円以上、歳は90でもいい
大阪市内の雑居ビルの一室に、その事務所はあった。事前にアポイントメントを入れたうえで訪ねたところ、所長の川端清隆さん(仮名)が応対してくれた。
この「川端マリッジ相談所(仮名=以下、川端マリッジ)」は、千佐子が実際に利用していた結婚相談所である。彼女は逮捕されるまでに、関西一円の20カ所以上の結婚相談所に登録をしていた。そうして高齢男性の交際相手を探していたのだ。川端所長は話す。
「事件で話題になった筧千佐子さんがうちで登録したのはたしか平成17年(2005年)ですわ。名前は矢野千佐子でした。登録に際しては学校の卒業証明書を確認してから、4月に書類(身上書)を書いてもらった。
ただ、彼女が最初にうちに来たのは、その数年前なんです。そのときは入会金やらの必要な費用だけを気前よくポーンと置いていきました。彼女によれば、破産申請がかかってるから数年間は対外的に動けないと。
費用を預かったままの状態で、写真やらデータは(登録者として)上げないでほしいと言われてたんです。もしいい人がいたら個人的に紹介してくれと。それで、やっと大丈夫になった言うてきたから、正式に登録したんです」
千佐子が夫の跡を継いでいた「矢野プリント(仮名)」を倒産させたのは01年頃。もし彼女の話が本当であるのなら、破産管財人が入って財産を管理されることになるため、その前に手持ちの現金を、将来への投資として処分していた可能性がある。最初に「川端マリッジ」を訪ねた際に、千佐子が置いていった金額は10万円だった。
「入会金は5万円、それに月会費が5000円かける6カ月で3万円ですね。あと、登録料として2万円の計10万円を最初に預かることにしています。
登録のときの相手への希望条件は、まず年収1000万円以上。歳はなんぼでもいい。80から90でも構わんと。それで別に健康でなくてもいい、と。なんせおカネへの執着がすごかったですからね。初婚も再婚も離婚も死別も構わない。
あと、財布はダンナではなく自分に任せなさいと。だからこれで人物像が出ますよね。病気持ってても私が治してあげるとか、一人者で気楽な人やったら、うちがちゃんとしてあげるって言ってました」
「川端マリッジ」の扉を叩(たた)く前に、千佐子は多くの結婚相談所を渡り歩いていた。
「うちにやってきたときも、同じ大阪で結婚相談所をやっとった『クロス結婚相談所(仮名)』からの紹介でした。この世界は通常、紹介とかはあまりしないんですけど、うちがいい(男性)会員を持ってたからね。それでクロスの担当者に袖の下をわたして紹介を頼んだんちゃうかな。
千佐子さんはそれまでに、あらゆる仲人さん(相談所)を渡り歩いてきてるんですよ。彼女のほうがもう、役者は上でした。あらゆるところへ行ってるから、僕がなにか言うと、なに言ってんのって、僕を蔑(ないがし)ろにするような感じでしたよ」
当時、千佐子は川端所長に対して「知り合いの病院で医療事務をしている」と説明していた。だが、のちにはっきりするが、そのような実態はない。川端所長は千佐子の手慣れた様子について語る。
「それでねえ、彼女は男を上手に騙すタイプです。そら上手に写真屋で撮ってまっせ。最初は写真なしでね、身上書だけで相手を探してくれだったんです。でも、写真がないと向こうから来ないよと言ったら、どんどん写りの良い写真を持ってき始めたんですわ」
彼女はなぜ男性にモテたのか
千佐子は知り合いに会うことを警戒してか、「川端マリッジ」に自分の写真を持参するときには、事務所の入るビルの下に川端所長を呼び出しては、最低限の用件だけを伝えて去っていたという。
「見合い写真を入れ替えてほしいとか、ボチボチいい人を紹介してというときは、伊勢の赤福とか『とらや』のようかん持ってきてね、私に下でお土産をわたしては、『はいこれ写真』とかそういう具合です。『ちょっと用事あるから、またいい人おったらお願い』って帰ってた。
事務所に来ると誰がおるかわからんからね。会う時間はいつも短時間でサッと。そういう点では最初から警戒してたんでしょうね」
そんな千佐子だが、それなりの魅力があり、訴求力も高かった。
「年齢より若く色が白いです。そんなにデブではなし、やせてはないし、男としてはなんらかの魅力がある。なにしろその話術にみな翻弄されるでしょうね。男を取り込む会話のトーンがいいし、テンポがいい。テキパキとして、自分の用件をちゃちゃっと伝えるテクニックを持ってますからね。
賢かったですね。愛想はいい。それでスニーカー履いてさっささっさ歩く。今回の事件がこれだけ大きくなったのは、そんだけ彼女の実力が発揮できたいうことじゃないですか。おたくらでも100人おったら95人は騙されるでしょうな。話題が豊富やもん。それでパッパッと言う。
読みがあるから、一つの会話に絞るんやなくて、こっちもあっちもと話をしながら、自分の望むほうに誘導するんですよ」
実際に千佐子も「川端マリッジ」を通じて見合いをしていた。
「梅田の××ホテルで1回、相手を紹介しました。だけど彼がすぐに、これは自分のタイプじゃないいうて、交際に至らなかったんです。その男性は東京大学を出てましたからね。元商社マンだった。7歳上の男性で、病気を持ってたから、(千佐子の)意図するところでしたね。
彼女は電話したら即来てね、資料も見ずに見合いを決めましたわ。ふつうはどんな顔してるか気にして、写真を見るもんなんですけどね、それもなかった。まず1000万以上の収入ありきですよ。彼の場合は会社の役員してるから、2000万ありましたからね。
ただ、やっぱりそんな人だから、人を見る目がある。彼は15分くらいで、『あ、あらあかん』と。それで交際もなにもなかったから良かったんです。『あら気いつけなあかんど』と、帰ってからすぐに言ってました」
みずから「寝床が上手」だと話す
この見合いに向かう道すがら、千佐子は川端所長に対して、マルチ商法を勧めている。
「その前から化粧品とか健康食品のマルチの話はあったんです。4回目か5回目に(見合い用)写真の入れ替えの話をしてきたときに、執拗(しつよう)に迫ってきてね、『川端さん、まだ考え変わらんの?』みたいに押してくる。
で、見合いのために××ホテルに一緒に向かってたら、そこでもマルチを勧めてきて『100万円出したら幹部になれるから』と。ただし、『100万だと幹部でも普通の幹部だから、200万出しなさい』ときましたわ。『200万なんて、そんなカネありませんわ』と断りましたけどね。
そのときに彼女は、マルチについての電話番号とか名前とか言うたんですけどね、メモしようとしたらパーッと手で払われて、書かしてくれなかった。それでまあ自分は入るつもりないからいいか、と。なぜか、こちらがメモを取ろうとすると彼女は怒るんです。それで何気なく聞いてたんで憶えてない」
川端所長が残していた記録によれば、千佐子は最後の被害者男性と同棲している時期にも、見合い相手を探して事務所を訪ねていた。
「自分から寝床が上手だと話してました。それしたら男が公正証書でもなんでも書くからって。僕にも誘い文句はけっこう来ましたよ。『1泊くらいお付き合いするよ』とか、『私は高いところは困るけど、安いところだったら私が出すから』とか。きっと、僕の人脈が欲しかったんやと思いますね」
千佐子との見合いで不信感を持った男性
「はい、もしもし……」
電話に出た相手は橋田晴彦さん(仮名)。千佐子と実際に見合いをした男性である。現在80代の彼は、和歌山県の郡部で製材業の仕事をしている。
「仲人さんから、あの人(千佐子)が結婚したけど、ご主人が亡くなったいうことを聞いてました。うちには警察の人が見合いのときの話を聞かせてほしいとやってきましたわ。まさか人を殺しとるなんて、微塵も思っとりませんでした」
橋田さんにとって、初めての見合い相手が千佐子だった。
「最初は和歌山市内の料理屋で会いました。そんときに、大阪の堺に住んどるいうことを聞きました。あと、娘さんが教師をやっとるいう話と、最初の婿さんが死んだときに、数千万円の借金を抱えたいう話をしてました。だいたい1時間半から2時間一緒にいましたわ。それで次の約束をしたんです」
その際、千佐子が積極的に2回目のデートを誘ってきたそうだ。
「2回目に待ち合わせたんは堺の駅でした。向こうが車を運転して迎えにきて、ドライブしたんです。車は白いセダンやったような気がしますわ。そんときは、天皇の墓やいう場所を案内してもらいました。はきはきした人で、あそこ行こ、ここ行ことあっちが決めてました」
千佐子が橋田さんを案内したのは仁徳天皇陵だった。二人はその近くのレストランに入ったという。彼がそこまで話したところで、私は質問を挟んだ。
「ところで、橋田さんは千佐子と会ったときに、収入についてはどのように説明してたんですか?」
「年金と、製材所で働いてるから給料があるいうことは言いましたわ。それでな、レストランに入ってから、向こうが妙なことを言い出したんですわ。これまで大阪の人と兵庫の人と2回結婚して死別したという話をして、そんなふうにダンナさんが亡くなっているから、『いつ世間に放り出されるかわからへん』と。それで、『私、あなたと一緒になったあとで、もし一人になったらどうしたらいい?』と聞いてくるんです。
それはつまり、僕が死んだあとで、自分の将来がどうなるかいう質問ですよね。なんでまだ2回しか会うてない相手に、そんなこと聞いてくるんかなと思いました」
千佐子の発言に不信感を抱いた橋田さんは、仲人に対して千佐子との交際を断る旨の連絡を入れたのだった。橋田さんは言う。
「あとで事件のことを聞いて、あんとき交際を思い留まってよかった思いましたね。もしあの人と続いとったら、僕が殺されとったかもしれません。ほんまに危なかったですわ」
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