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全告白 後妻業の女

2022.02.05 公開 ポスト

「末期ガンだから蘇生措置はいらない」女は救急隊員にウソを伝えた小野一光

夫や交際相手11人の死亡で数億円の遺産を手にした筧千佐子。
4年に及ぶ取材と23度の面会で彼女の闇に触れたノンフィクションライター・小野一光氏による『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』が幻冬舎アウトロー文庫から発売され、話題を呼んでいる。
ここでは本書の一部を紹介。倒れて運ばれる交際相手を前に、彼女は恐ろしい噓をついていた。

*   *   *

(写真:iStock.com/Gyro)

「末期ガンで蘇生措置はいらない」「子供はいない」救急隊員に噓を伝える

4つの事件が争われるこの裁判で、いよいよ最後となる田中さん(仮名)事件についての審理が2017年9月19日に始まった。〈第27回公判〉では、まず冒頭陳述と証人尋問が行われる。

検察側の冒頭陳述によれば、12年10月頃に兵庫県伊丹市の田中さんと千佐子は結婚相談所の紹介で見合いをし、交際が始まった。なお、田中さんと内縁関係になった千佐子は、その最中の翌13年6月頃に、京都府向日市の鈴木さん(仮名)と見合いをして交際を始めている。

13年8月14日には、田中さんが千佐子に対し、これまでの事件で既出の健康食品の名を挙げ、「『△△』ありがとう」とのメールを送っていた。

そして9月2日には、田中さんが「自分が死亡した場合、全財産を被告(千佐子)に遺贈する」との公正証書遺言を作成。9月16日には千佐子が田中さんに対し、「9月19日に会うときまでに、田中家の合鍵を作っておいて自分にわたしてほしい」や「田中家にある公正証書、通帳等は金庫に入れておいてほしい」と依頼するメールを送っている。

(写真:iStock.com/takasuu)

9月20日、田中さんは前夜から田中家に泊まっていた千佐子とともに京都へ墓参りに出かけ、伊丹市に戻ってから一緒にファミレスへ行く。

そして午後7時7分に、ファミレスの駐車場で田中さんが体調悪化したと、千佐子が119番通報する。7分後の14分に救急隊が到着すると、田中さんは駐車場内に停めた千佐子の自家用車内で、意識不明の状態でいた。

そのまま病院へ救急搬送されるも、付き添っていた千佐子は田中さんに子供がいないと嘘を言い、「本人は末期の肺ガンで、蘇生措置はいらない」と主張した。田中さんは午後8時57分に死亡。その後、検視が行われたが、肺ガンによる病死扱いとなり、解剖や毒物検査はされなかった。

千佐子は9月21日に開錠業者に電話を入れ、24日に田中家の金庫を開錠。10月15日には田中さんの遺産のうち800万円を取得する。さらに同年12月までには600万円、翌14年3月までに80万円を取得し、最終取得額は1500万円以上となった。なお、田中さんの死亡から約1カ月半後の11月1日に千佐子は鈴木さんと結婚している。

(写真:iStock.com/{アーティスト名})

午後の証人尋問では、救急搬送を行った伊丹市消防局救急隊員2名が出廷し、うち1名が病院到着後の千佐子について、「病院の医師とやり取りをしており、医師が『人工呼吸器をつけるか』と聞いたら、『つけなくて良い』と言っていた。とくに慌てる様子もなく、落ち着いていた」と証言した。

大事なものを金庫にまとめるよう仕向ける

9月20日の〈第28回公判〉では、田中さんの救急治療をした医師、看護師、検視を行った兵庫県警警察官への証人尋問が行われた。そこで証人となった医師は、千佐子に親族について尋ねたことに触れ、「連絡する人は誰もいないと。子供も親戚もいないと言っていた」と説明。蘇生措置についても、「被告は『本人がそういうことは望まないと聞いている』と言っていた」と証言した。

9月21日に開かれた〈第29回公判〉では田中さんの肺ガンの主治医1名と、心臓疾患と脳疾患の専門医2名への証人尋問が行われた。

主治医は田中さんの肺ガンについて、放射線治療によって13年7月段階のCT検査では「ほぼ完治していたと判定して良いと思う」と証言。死亡3日前の受診時もとくだん変わった症状はなかったと語った。また、心臓疾患、脳疾患の専門医はともに、田中さんの死因として両疾患の可能性を否定した。

また、翌9月22日の〈第30回公判〉では、証人尋問に法医学と中毒学の専門医が出廷し、田中さんの死因としてシアン中毒が考えられることを証言した。

9月25日の〈第31回公判〉では、田中さんの仕事仲間2名と、開錠業者への証人尋問、それに続いて証拠調べが行われた。

証拠調べでは田中さんと千佐子がやり取りしたメールが公開され、9月16日に千佐子が田中さんに送ったメールには、カギと金庫についての指示があった。一部を抜粋する。

〈先日お話ししたこと確認お願いします。万が一のとき「夫婦です」と言っても、カギも持っていません。家にも入れないでしょう。夫婦と信じてもらえないでしょう。息子さんにも疑われるでしょう。カギをもらっても私は一人であなたの家に入るような女、人間ではありません。安心してカギをわたしてください。木曜日までにカギをわたしてください。もうひとつお願いがあります。公正証書とか私に見られたくない通帳はカギをかけて金庫に入れておいてね。その方が私も気楽ですから。京都行き楽しみにしています。墓前であなたの病気の回復をしっかりとお祈りしましょう。合掌〉

(写真:iStock.com/welcomia)

「はっきり憶えてません」と繰り返し主張

9月26日の〈第32回公判〉では、田中さん事件についての被告人質問が行われた。この日、弁護人からの質問に対し、千佐子は記憶力が減退しているとの主張を繰り返し、ことあるごとに「大阪の病院で脳の検査を受けた話」を持ち出す。

一方で彼女は、田中さんが病弱だったことについては強調し、弁護人からどこが弱かったか尋ねられると、「ガンとかの経歴がありました。病気をすごくしてました」と明瞭に答えている。さらにその後のやり取りは次のような具合だ。

弁護人「『××』(田中さんが倒れたファミレス)に行ったとき、119番通報したことはある?」

千佐子「前にも聞かれましたけど、はっきり憶えてません」

弁護人「思い当たるふしは?」

千佐子「言われたら『あっ、そうか』となるけど、自分からは確実に言えない。先生、知ってはるんでしょ?」

弁護人「誰が倒れたんですか?」

千佐子「憶えてません。なにかこういうこと、あったなと……」

その後、検察官による質問に変わってからも、一部でカプセルに入れた毒を田中さんに飲ませたことは認めるものの、犯行理由について問われると、鈴木さん事件以降、すべての事件で口にした「差別された」という内容を持ち出す。

「また人殺せいうんですか?」

とはいえ、質問の終わり間際に、検察官とのあいだで興味深いやり取りもあった。

検察官「いつ田中さんを殺そうと思った?」

千佐子「先生、それ憶えているくらいやったら、こんな合わないことしませんよ」

検察官「お見合いをしたときから殺害しようと思っていたの?」

千佐子「先生、私そんなひどい女に見えますか? そんな考えないです」

検察官「あなたの周囲では起訴された4人以外も何人か死んでる。警察に聞かれたことないですか?」

千佐子「私、まったく思い浮かばない」

検察官「他にも木内(義雄)さん、宮田(靖)さん(いずれも仮名)などの名前が出ているが……」

千佐子「お付き合いはしましたけどね。その人たちは私と付き合う前から不治の病を持ってて、まったく関係ありません」

検察官「4人以外に、何人も殺しているわけではないということですか?」

千佐子「ないです。宮田さんも付き合う前からガンで、すでに死の宣告をお医者さんから言われてますから。それはお子さんとかも知ってます。そんな、なんでもやってるわけやない。私はこういう性格やから、違うことは違うと言います」

検察官「どうしたら4人の事件を防げましたか?」

千佐子「先生、教えてください。わかりません」

検察官「ご遺族に対してはどう思う?」

千佐子「一日も早く死刑にしてください。それだけです」

検察官「ご遺族に慰謝料を支払うという考えは?」

千佐子「(沈黙)……私は年金生活者です。そんなカネありますか? また人殺せいうんですか? 極論ですけど」

認めては否定する。それを繰り返す千佐子は、その後の弁護人による質問では、ふたたび自身の犯行への関与に疑問を呈した。

「私ね、田中さんを殺して、嫌な言い方ですけど、メリットがないです。その当時からいまでも、田中さんを殺したイメージがないし、そんな恨みないし……。いまだに(供述調書に犯行を認める)ハンコ押したことに合点がいってないです。なにかわからへんままに、流されていってるという感じですね」

(写真:iStock.com/whim_dachs)

女性裁判員に向けた苛立ち

また、被告人質問で苛立ちを露わにすることが常態化していたが、今回はそれが裁判員に対しても向けられた。

裁判員「反省はしているんですか?」

千佐子「反省してるとか、してないの問題じゃないでしょ。そんな少女ドラマのようなこと言わないですよ。失礼です。あなたのような若い人にそこまで言われたくない。私はあなたのお母さん、おばあさんの歳ですよ。失礼です」

ここでは一例のみを取り上げたが、この日、千佐子は3人の女性裁判員の質問に対して、「失礼です」と語気を強めて言い返した。

被告人質問の締めくくりとして、裁判長が千佐子に対し、「あなたはいま接見禁止が解けています。ご遺族に手紙を送るとかはしないのですか?」と質問した。

「手紙を出せるとか、そんなこと初めて知りました」

すでに知人に手紙を出しているはずの千佐子は、最後に平然とした顔で嘘をついた。

*   *   *

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関連書籍

小野一光『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』

夫や交際相手11人の死亡で数億円の遺産を手にした筧千佐子。なぜ男たちはごく普通のオバちゃん然とした彼女の虜になってしまったのか?その秘密を探ろうと23度もの面会を重ねた著者は、彼女の体に染みついた“業”を身をもって思い知ることになる――。語ったこと、そして頑なに語らなかったことから、知られざる千佐子の闇を白日の下に晒す。

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全告白 後妻業の女

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小野一光

1966年、福岡県生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに数々の殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。最新刊『昭和の凶悪殺人事件』のほか『冷酷 座間9人殺害事件』『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』『連続殺人犯』『限界風俗嬢』など著書多数。

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