新一万円札の顔であり、2021年大河ドラマ「青天を衝け」の主人公としても知られる渋沢栄一。『君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か』(幻冬舎刊)では、渋沢に大変な感銘を受けた元・東レ株式会社取締役の佐々木常夫氏が、渋沢の言葉や思想を紹介しつつ、その言葉と思想をビジネスにどう生かし実践したのかを語っています。一部を抜粋しご紹介します。
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仕事には「趣味」を持って取り組む
渋沢は『論語と算盤』の中で、こんなことを述べています。
「自分の務めを果たす時は、単に務めるだけでなく、『趣味』を持って取り組みなさい」
一体これはどういう意味なのでしょうか。
一般的に、仕事と趣味は正反対のものと捉えられています。仕事はお金を稼ぐために真剣にやるもので、趣味は余暇を楽しむために遊びとしてするもの。
この相反する二つを一緒に実行するのは、一見不可能に思えますよね。
しかし、実は渋沢の言う「趣味」とは単なる遊びのことではありません。
目の前の物事に対して、理想や思いを付け加えて実行していく。それが、「趣味を持って取り組むこと」だと渋沢は言うのです。
「趣味」を持って取り組めば、「ここはこうしたい」「もっとあれをやってみたい」など、自分からやる気を持って仕事に向き合うようになる。お決まりの型通りでない、心のこもった仕事になる。そうすれば、必ず仕事のレベルは上がる。それに見合った成果がもたらされる。
対して「趣味」もなく与えられた仕事をこなすのは、心を持たない人形が働いているのと同じこと。食べて寝てその日を迎えるだけの肉の塊がそこにあるのと一緒。そんな働き方をしていても、自分のためにも社会のためにもならないよ、というわけです。
『論語』の中にも、
「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず
(物事を知り理解する人は、それを好んでいる人に及ばない。物事を好んでいる人は、それを楽しんでいる人に及ばない)」
という言葉があります。
仕事を楽しんでいる人が一番伸びるのだから、仕事は愉快に「趣味」を持って、熱い真心を注ぐように努めることが大事だと、渋沢は考えたわけです。
フランスで見せた渋沢の驚くべき「好奇心」
「趣味」を持って仕事に取り組むには、好奇心を持つことが不可欠です。
私自身、好奇心を持つことの重要性を渋沢から教わりました。
私はもともと好奇心が強い方で、新しいものを見聞きするのも、何か新しいことをやってみるのも大好きなのですが、渋沢の好奇心には到底及びません。それを痛感させられたのは、フランスに渡った渋沢が見せた行動の数々でした。
渋沢は主君である慶喜が将軍になったことで、倒幕の夢を諦めることになりました。雲の上の人となった慶喜にもはや会うこともできず、無為の日々を強いられることになった渋沢は、「亡国の民になるくらいなら浪人になろう」と幕府を辞める覚悟まで決めていました。
そんな渋沢に、救いの手が差し伸べられます。
幕府から、慶喜の弟・昭武のお供としてフランスへ行くよう命じられたのです。
新たな使命を与えられた渋沢は、早々に支度を整えると、フランスの郵便船に乗って日本を離れますが、ここから、渋沢は持ち前の好奇心を爆発させます。
まず、船の中で出された洋食を躊躇することなく試します。コーヒー、豚の塩漬け、バター、鶏肉や牛肉の入ったブイヨンのスープ。また、「外国に行くと決めたからには」と船の中でフランス語の勉強も始めます。
船を降りた後はマルセイユからパリまで汽車で向かいますが、渋沢は「時間が来ると鐘を鳴らして人を集めて発車する仕掛け」にいたく感心し、日本に戻ったらこの仕掛けを船だけでなく鉄道にも整備したいと考えます。
このほかにも、新聞を見ては「世間の小さなことから国家の重要問題まで知れて重宝する!」と感動し、病院を見ては「病人は病院で療養し天寿を全うできる。これこそ人命を重んじる道だ!」と感動し、オペラを鑑賞しては「舞台の背景や明暗を自在に、瞬時に作り出し、真に迫っている!」と感動し……。
さらには、フランスの役人にせがんで暗くて臭い下水道の様子まで見て回り、それらの様子を克明に記録していきます。
見知らぬ国の下水道まで見たがるなんて、これだけでも並外れた好奇心の持ち主だということがわかりますが、渋沢の好奇心はこれだけにとどまりません。
渋沢が最も心を鷲掴みにされたのは、ヨーロッパ各地で見た経済の仕組みでした。
その一つが銀行です。渋沢はこの視察の会計係でもあり、お付きのフランス人に勧められて昭武一行のお金をフランスの公債と鉄道会社の公債に替えていましたが、帰国する時、この公債が増えていることに気づきます。
「銀行や会社は多くの人からお金を預かり、それによって大きな仕事ができる。しかも、会社が利益を上げると預けていたお金が増えて戻ってくる」
渋沢はこの時の体験をもとに、日本にも銀行を作ろうと思い立ったわけです。
それともう一つ、渋沢は驚くべき発見をします。
それは、ヨーロッパでは役人と商人が対等であり、国王でさえ商工業を重んじ、自らの国の製品を積極的にアピールしているという事実でした。
「武士が金のことを言うのは卑しい」「商人は役人に唯々諾々と従うのが当たり前」と教育されてきた日本人・渋沢にとって、これは天地がひっくり返るくらいの衝撃だったに違いありません。
銀行と、官尊民卑のない自由な風習。これからの日本社会のためにも、これだけは何としてでも日本に持ち帰りたい。渋沢の持ち前の好奇心は、日本を豊かにしたいという大志と結びつき、日本経済を発展させる原動力へと昇華していったのです。
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君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か
30代に渋沢栄一を知り大変な感銘を受け、以降、その思想を働き方・生き方の羅針盤としてきた元・東レ株式会社取締役の佐々木常夫氏が、心に深く残っている渋沢栄一の言葉や思想を選び、背景を紹介しつつ、その言葉と思想をビジネスにどう生かし実践したのかを語る『君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か』。その中から一部を抜粋しご紹介します。