新一万円札の顔であり、2021年大河ドラマ「青天を衝け」の主人公としても知られる渋沢栄一。『君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か』(幻冬舎刊)では、渋沢に大変な感銘を受けた元・東レ株式会社取締役の佐々木常夫氏が、渋沢の言葉や思想を紹介しつつ、その言葉と思想をビジネスにどう生かし実践したのかを語っています。一部を抜粋しご紹介します。
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人生の2つの逆境:人にはどうしようもない逆境、人の作った逆境
渋沢は『論語と算盤』の中で、自身の境遇を振り返って次のように述べています。
自分は明治維新という最も騒々しい時代に生まれ、様々な変化に遭遇してきた。尊皇攘夷を論じて東奔西走したかと思えば、一橋家に仕えて幕臣となり、徳川昭武に随行してフランスに渡航したものの、帰ってみれば幕府はすでになく王政の世の中に変わっていた。この間、自分は精一杯にやってきた。でも、どうすることもできず逆境の人となってしまった。
このように、人生には好むと好まざるとにかかわらず、波瀾の渦中に投じられて逆境に立たされることがある。これはいわば「人にはどうしようもない逆境」である。そのような逆境に立たされた場合は、目の前の出来事を「自分に与えられた本分(役割分担)」だと覚悟を決めることだ。そして天命に身を委ね、運命を待ちながら、コツコツとくじけず学ぶのがよい。
あれこれ悩んだところで、天命に逆らうことはできないと割り切れれば、心は落ち着きを保てるはずだ、と渋沢は言うのです。
私たちは大きなトラブルに見舞われると、「何でこんなことになるんだ」「一体どうすればいいんだ」とただ頭を抱えてしまいがちです。誰かのせいにしたり言い訳したりして、「困った、困った」と右往左往してしまいます。
でも、渋沢に言わせればそれは極めて愚かなこと。なぜなら「逆境をすべて人が作り出したものだと解釈し、人間の力でどうにかしようと考えれば、無駄に苦労の種を増やすだけでなく、結局何も達成できず、疲れ切って明日をどうするかさえ考えられなくなる」から。つまり、原因究明はするにしても、それが致し方ないことだとわかったなら、無駄に騒ぐのはやめておけ、というわけです。
では、目の前の逆境が「人の作った逆境」だったらどうか。その場合は、とにかく反省して悪い点を改めるしかない。自分が招いたことならば、その後本気でがんばれば必ず取り返せる。幸福な運命を手繰り寄せることができる。
それなのに、多くの人は最初からひねくれている。努力もせずに悲観的にばかり考え、かえって逆境を自ら招くようなことをする。これでは幸せになれるものもなれない。
逆境を乗り越えたいなら、逆境に悩む前にまず、自らのひねくれた姿勢を改めなさいと、渋沢は言っているのかもしれません。
第3の選択肢を持つしなやかさ
「どうしようもない逆境に直面したら、あれこれ悩まずやれることをやれ」と渋沢は言うわけですが、彼の逆境の乗り越え方を見ていると、目の前の物事に対する考え方が大変柔軟であると感じます。
自分の期待に添わない出来事が起きても、「なるほど、それもアリだな」としなやかに受け入れ、頑なにならず投げやりにならず、その場の状況に自分自身をうまく着地させているのです。
例えば、渋沢にとって一橋家の家来になるのは本来なら不本意です。「幕府とつながりのある人になんか仕えるものか」となるか、「食っていくために、誇りを捨てて仕方なく仕官するか」となるかの、ネガティブな二択になるかに思われます。
ところが渋沢はどちらの選択肢も取りません。「家来にして下さるというご好意はありがたいが、食っていくために志を翻すのは好まない。でも、一橋公が世のため人のために志ある者を召し抱えたいというならぜひ役に立ちたい」と第三の選択肢を申し出て見事仕官することに成功します。
渋沢は、目をかけてくれた平岡円四郎の人柄と、彼が志ある人材を欲していることを勘定に入れた上で、相手を困らせない、自分も困らない道を切り開いたわけです。
大隈重信からの依頼で民部省の役人になる時も、渋沢は似たような対応を取ります。
大政奉還後、渋沢はもうお役所勤めはやめて、パリで仕入れた株式会社の知識をもとに、静岡で「商法会所」という会社作りをしようとしていました。
だから最初に民部省に勤めるよう言われた時、渋沢は「全く経験のない職務なので御免被る」と一度は辞退しますが、大隈重信に「何をすればいいのかわからないのは君だけじゃない。新政府を支える八百万の神の一員となって、日本のために尽くしてもらいたい」と熱く説得され、決意を翻して任務を引き受けます。そして「自分にも考えがある。それをぜひ採用してもらいたい」と一言提案を申し添えます。
「そんなに言うならやってやる」という受け身ではなく、「自分にもやってみたいことがある」という主体性を持って任務を引き受けたのです。
逆境を乗り越えるためには、渋沢のように何事も主体的に、物事を前向きに変換して受け入れていく柔軟性が必要なのです。
渋沢は「どうしようもない逆境」とは、人間が真価を試される機会に他ならないと述べています。
期せずして降りかかった災難を、いかにして切り抜けるかによってその人の価値が決まる。だから逆境に遭遇したら、右往左往する前に「自分は今、試されている」と思いなさい。
これが、数々の逆境を切り抜けてきた渋沢が教える、逆境を糧に変える一番のポイントなのでしょう。
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君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か
30代に渋沢栄一を知り大変な感銘を受け、以降、その思想を働き方・生き方の羅針盤としてきた元・東レ株式会社取締役の佐々木常夫氏が、心に深く残っている渋沢栄一の言葉や思想を選び、背景を紹介しつつ、その言葉と思想をビジネスにどう生かし実践したのかを語る『君から、動け。渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か』。その中から一部を抜粋しご紹介します。