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本屋の時間

2022.02.01 公開 ポスト

第127回

「マエストロ」の背中辻山良雄

2021年10月27日、朝。店のウェブショップに何か注文が入っていないか、何の気なしに覗いてみたところ、昨日までかなりの数在庫を持っていた仲條正義の作品集『仲條』が、一晩ですべて売れてしまっていることに気がついた。

 

本屋は売れた本から、その時の社会を知る。何かあったらしいとすぐに想像はついたが、朝食の席ではまだ、「高額な本だから売れてよかった。それにサイン入りだし」など、呑気に話していたのであった。それが同じ日の夕方、ウェブニュースを見ていた妻から声をかけられた。

「仲條さん、昨日お亡くなりになったんだって」

 

「仲條正義」という華やかな名前とはほとんど縁がなさそうに見えるTitleに、なぜ彼のサイン入り作品集が置いてあったのかといえば、それは仲條さんが荻窪にお住まいだったからということにつきる。その話は以前から知っていて、友人の画家Nも、若いころ仲條さんに絵を見てもらうためこの辺りまで来たことがあると話していた。『仲條』の時は、出版社の方がご自宅に伺い、サインをもらったのち店まで持ってくるというので、それならばと欲が出て、少し多めに注文していたのだ。

誰かが亡くなったとき、急にその人の本が売れ出すことはよくある話だが、それに対してずっと反発する気持ちがあった。亡くなってから読むくらいなら、なぜその人が生きているうちに読まないのだろう。わざわざ買いにきたお客さんには申し訳ない話だが、亡くなったばかりの作家の本を尋ねられたやり取りのなかで、こんなに軽くてよいものだろうかと、ひとり憤慨したこともあった。

しかしお葬式といった悲しみの席でも、どこか人の集まる昂揚感があるように、本を売ったり買ったりすることもまた、故人を偲ぶ気持ちの現れなのだろう。何はともあれ我々はまだこうして生きているのだから、たとえ間に合わなかったにせよその人の著作が読まれるのであれば、それが故人に対する何よりの供養となる。神妙に『仲條』を買って帰る女性客の姿に、そのように痛感させられた。

昔からデザインを職業にする人の書いた本が好きで、よさそうな本が出るとつい買って読んでしまう。それは、クライアントやメディアといった〈社会〉とのせめぎ合いから、最適解を導き出す彼らの姿に、本を売るこの仕事にも似た面白味を感じてきたからだと思う。デザインの仕事も本を売る仕事も、自己表現などでは決してなく、常に自己と他者のあいだにあるものなのだ。

先日発売になった仲條さんの口述自叙伝、『僕とデザイン』(アルテスパブリッシング)には、このようなことが書かれている。

みんなが「いいね」と言うのは、しっかりと仕上げたものだということもわかる。なのに、どうも僕自身がそういうふうにならない。詰めたつもりでも、できた瞬間はあまり気に入らないものだから、仕上げるまでの間に、ちょいとどこかずらしてみたり、その前の段階のものをまた引っ張りだしてみたりするんだ。

これも本屋によくある話で、並びのちょっとした違和感から本が売れていくことは思いのほか多い。しかしそれはわざわざ違和感を作るということではなく、人がすることだからどうしてもそうした異物感が残ってしまうということなのだが、そのざらざらとした感触が見る人の心に引っ掛かるのだと思う。あまり並びを完全に仕上げてしまうと、それが一枚の絵のように見えてしまい、素材である一冊ずつの本が際立たなくなるのだ。

『僕とデザイン』は、普段は直観で行っている仕事を、丁寧にことばとして語りおろしたものなのだろう。仲條さんはインタビューで「デザインは情けだ」と語ったという。直感なのか経験からか、いずれにせよ何かとてつもないことに気づいてらしたのだなと感嘆するほかないが、それが何であるのか、わたしには残念ながらまだ実感できていない。

 

今回のおすすめ本

『すべてのものは優しさをもつ』島楓果 ナナロク社

自分を過不足なく歌にこめることは、百の技を駆使するよりも難しい。そのまっすぐなまなざしに打たれた歌集。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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