1月26日発売の新刊『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』。
著者である朝日新聞の将棋担当記者・村瀬信也氏に、普段とは逆の取材を受ける側となっていただき、本書への想いや、印象に残った棋士や対局のエピソードなどを伺いました。
ここでしか聞けない話を全2回の記事でお届けします。(聞き手・構成:丸山祥子/撮影:植一浩)
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――初の単著を出版されていかがですか? 感想を教えてください。
今はインターネットで当たり前のように将棋関連の記事を読めますし、ABEMAなどで対局の中継も簡単に見られます。ですが、5年10年経つと、忘れ去られてしまうこともある。今の将棋界を書いて、後々に残すということに意義があるんじゃないかと考えました。
ここ数年でも、本当にいろいろな出来事が起こりましたよね。今回は21名の棋士を取り上げていますが、それぞれの棋士人生においての重要な局面や、それはどういう出来事だったのかを書き記すことも大切だと思ったので、こうして一冊の本にまとめられてよかったと思います。
普段の記事とは違い、敗者にも思いを馳せた
――将棋担当の新聞記者として棋士の実像に追った一冊だと思います。原稿を執筆するにあたって、心がけたことはありますか?
新聞記者という立場ですので、事実やデータをもとに、フラットな視点で客観的に書くことを意識しました。
新聞記事でもテレビのニュースでも、どうしても勝ったほうの棋士にスポットが当たる。勝者が主役になる記事を書くんですよね。ですが、負けた側にも話を聞くと、感心させられることや新たな発見があることが多い。負けをどう考えているのか、この後どう巻き返していくのか。そこにドラマがあったりするんです。せっかくこういう本を書く機会をいただいたので、普段の記事とは違い、敗者にも思いを馳せて、取材をする中で自分が感じたことも加えるようには心がけました。
――負けた側の真情を聞き出すのはとても難しいことだと思います。
やはり対局直後は聞きづらいですね。例えば「どこに誤算がありましたか?」とか「タイトルを取られた感想は?」というような内容の質問に対して、気持ちの整理がついていないことや、今は語りたくないという場合も多いと思います。
対局ではありませんが、森内俊之九段がフリークラスに転出した際、すぐに取材を申し込みましたが、「今はお答えできません」とキッパリお断りされました。新聞の取材だったら、「答えられません」と言われたことは記事にしません。ですが、「答えられません」と言われたことも、数年後の取材では真摯に話してくれたんですよね。
今回の本では、答えがない、返事がないことも一つの事実として書き記しました。ある程度の時間をかけたからこそ伝わることもあるし、より深みが増したのではないかなと思っています。
さまざまな世代やいろいろな立場の棋士を書きたかった
――本には、「幻冬舎plus」での連載には登場していない山崎隆之八段、深浦康市九段、佐藤天彦九段も加わっています。
山崎八段は、A級順位戦に昇級した話をメインにしたのですが、残念ながら発売前に降級が決まってしまいました。ただ、40歳で初めてA級昇級というのもなかなかないことなので、書き残せてよかったと思っています。あと、やはりさまざまな世代、いろいろな立場の棋士に登場していただきたかったので、40歳前後の棋士代表として、山崎八段にお声がけしました。
深浦九段は、かつて重要な対局で羽生善治九段とよく戦っていて、勝つためにかなり力を入れていました。現在、深浦九段は藤井聡太竜王との対戦成績が3勝1敗で、勝ち越している棋士の一人です。藤井竜王相手だったらどうかという話につなげたいと考えました。
佐藤天彦九段は元名人ですので、これまでの取材でも印象的な場面をよく目にしています。自分の将棋を指すうえでのビジョンがしっかりしていますよね。それを将棋以外の言葉でもわかりやすく語ることができる方なので、ぜひ書きたいなと思いました。
――21名の棋士の中で、原稿を仕上げるのに一番苦労されたのはどなたですか?
豊島将之九段でしょうか。実は、昨年の1月頃いったん原稿を書き上げていたんですが、その後9月に叡王、11月に竜王と立て続けにタイトルを奪われて無冠になってしまった。立場が全く変わりましたので、原稿を大幅に書き直しました。そうした状況でしたが、最後はJT杯で藤井竜王に勝ち切り、2年連続優勝のエピソードで締めくくることができてよかったと思います。
取材をお願いした棋士の皆さんは全員快くお引き受けくださったので、取材自体に苦労はありませんでした。ただ豊島九段に限らず、棋士の立場の移り変わりが激しくて、そういった意味で大幅な加筆修正が必要でしたね。
故・米長邦雄会長の取材は、10年を経て一つの物語に
――最初に書き上げたのは故・米長邦雄会長でしたね。原稿を読んで涙が出ました。
2012年1月に行われた第一回電王戦の取材は、ちょうど私が将棋専属になって間もない頃でした。10年も前のことで、ご本人も亡くなっていますが、その後AIが発展してますます強くなり、他の棋士もAIに挑戦して敗れ、さらに電王戦の時代は終わって叡王戦に受け継がれていきました。10年という時の流れの中で変わっていく将棋界を改めて考えてみたら、一つの物語になっていましたね。
木村一基九段の初タイトル獲得に、記者も涙した
――本に書かれたエピソードの中で、一番印象的だった出来事を教えてください。
木村一基九段が2019年の王位戦に挑戦し、最年長で初タイトルを獲得したことですかね。本にも書いていますが、正直なところ木村九段がタイトルを取るのは難しいのではないかと思っていました。対戦相手は、当時名人を保持していて絶好調の豊島九段でしたし。
私は最終局の2日目昼過ぎに対局場に着きましたが、すでにたくさんの報道陣が集まっていましたね。豊島九段はわりと早指しだったのに対し、木村九段は長考していたので苦しんでいるのかなという印象でした。ですが、だんだん形勢が木村優勢になると、記者の控え室も異様な盛り上がりがありましたね。実際に、ある記者は涙を流していました。私も含め、多くの記者が木村九段に感情移入されていたと思います。
――いつも冷静な村瀬記者も木村九段に感情移入されたのですね。
2016年に木村九段が当時の羽生王位に挑戦したタイトル戦も見ているわけですよ。3勝2敗であと1勝と迫っていたのに、その後2連敗してまさかの敗退。第6局は、木村九段に見落としがあっていきなりダメになってしまった。感想戦で木村九段が(大きなミスが出て)みっともないとおっしゃったんですよね。記者の私たちも返す言葉が見つかりませんでした。
そして、第7局も負けてしまった。対局後のインタビューで主催紙の記者が仕事として「3勝4敗で獲得にはなりませんでしたが」と感想を聞いたら、本当に絶句したんですよ。沈黙が続いても、その後何かしらコメントがあると思うじゃないですか。ですが、顔の前で手を横に振るだけで何も答えなかった。衝撃的な場面でしたね。
そういう前振りがあっての初タイトル獲得。何年か取材を続けて見ているからこそ、より感慨深かったです。
――木村九段のタイトル獲得は「中年の星」として大変話題になりましたね。最長年記録を7年も更新しました。
最年少でタイトルを獲得するよりもすごいことかもしれません。藤井竜王が棋聖を獲得したのは17歳11カ月の時。屋敷伸之九段の18歳6カ月の記録を7カ月更新したことになります。年々競走が激しくなっている中で従来の最年長記録を7年も更新したことは、今後簡単には破られない快挙だと思います。
一人の棋士が勝つことで棋界の空気がガラッと変わることがあります。その権利というか機会はすべての棋士が持っていて、本当にその人の努力次第なんですが、長年取材してきた中で感じたその一つは木村九段の初タイトル獲得でした。
女流棋士界全体のレベルが上がっている
――発売に間に合えば、書き加えたかったという先生はいらっしゃいますか?
西山朋佳女流二冠です。ちょうどこの本を書いている昨年の4月に奨励会を退会して、女流棋士としての活動を本格化させました。三段リーグで14勝4敗というのは申し分のない成績だと思います。藤井竜王でさえ5敗していますからね。だけど、あと一歩足りなかった。
また次もがんばってくださいと気軽に言えないのが三段リーグなんですよ。西山女流はインタビューをするとわりと率直に答えてくれるので、そのあたりのお話も聞きたいと思っています。
女流棋士は里見香奈女流五冠に登場していただきました。女流棋士界全体でレベルが上がっているので、観戦していても面白いです。
※後編は2月11日(金)公開予定です
『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』著者インタビュー
1月26日発売の新刊『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』。著者である朝日新聞の将棋担当記者・村瀬信也氏に、普段とは逆の取材を受ける側となっていただき、本書への想いや、印象に残った棋士や対局のエピソードなどを伺いました。ここでしか聞けない話を全2回の記事でお届けします。