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2014.05.26 公開 ポスト

『お嬢さんはつらいよ!』試し読み今村三菜(エッセイスト)


大人気連載中の今村三菜さん『結婚はつらいよ!』。
幻冬舎plusでは、今村さんのお嬢さん時代を綴った前作『お嬢さんはつらいよ!』の電子書籍を発売中です。

お嬢さん時代へさかのぼっても、今村さんの周囲には個性あふれる妙な人がいっぱい!
中でも爆笑必須の1章「ブスの苦しみを乗り越えて」を丸ごと試し読みで公開します。

ブスの苦しみを乗り越えて


 高校生の頃、私は顔がブスであったために、不遇な学生時代を送り、そのせいで心まで暗くブスになるというブスの悪循環にどっぷりつかっていた。
 高校生位の男というのはバカで残酷で、ブスな女に対しては情け容赦ない。かわいい女の子には露骨にチヤホヤし、ブスには見向きもしない。そして、容姿のまずさに悩んで暗くなっている私に、「でもおまえはブスだけど、いい奴だよな」などと言って励ましたつもりになっているから、なお始末が悪い。
 今だったら、そんな事を言われても「バーカ、自分の顔も見てみろよ」と言い返して終わりなのだが、当時の私は、男どもの言った何気ない言葉に一喜一憂し、何とか男に好かれようといじましい努力を重ねていたのだ。
 さらに、私のことをエラそうにもブスと言い放った当の男が、ものすごいデブで鼻毛が出ていたのだから余計に情けない。あんな鼻毛のデブにブスと言われて涙を流していた私が、今思うとかわいそうにもいとおしく思えてたまらない。

 こんなに傷ついてしまったのは、長い間、私にブスという自覚がなかったからである。そして、私の自分に対する客観的評価を妨げていたのは父である。
 父が夕食を食べながらミス・ユニバース日本大会を見て、「このミスの人より、うちのミナちゃんの方がきれいだよなあ」と、クソ真面目な顔で母に言ったりするからである。父を非常に信頼していた私は、父の親バカ発言を真(ま)に受け、「ああ、美人な私に幸多かれ」と本気で思っていたのである。
 まだ、化粧をすることもできず、心身共にブスだった私の顔面が当時どのような状態であったか、詳しく説明したい。
 目は奥二重(おくぶたえ)で小さく、男の子にブスと言われて涙を流して寝た翌日などは、まぶたが腫(は)れて余計に小さくなった。口は富士山のようなへの字口で、額は猿のように狭く、額の上の方で眉毛が遠く左右に離れ、八の字を描いているのだ。眉と眉の間がどの位離れているか、ある日、線引をあてて計ってみたら、三・六センチもあった。
 そして、年頃の私の心をなおも傷つけたのは、その八の字眉毛が老いてなお性欲ギラギラといったジーサンのようにグイグイ伸びてくることだった。

 私は家族に見つからないように、伸びた眉毛をハサミで切りながら、こんなブスに生まれた自分の運命を呪(のろ)った。
 その頃はまだ、耳毛が生えないだけましだよという前向きな考え方ができなかったのである。
 ブスで暗くなっている私は、同じ八の字眉毛を持つ父に詰め寄った。
「なんで私の顔はこんなにブスなのよう。これからどうやって生きてったらいいの」と涙を浮かべる私に、父は最初のうち「あ、そう? ミナちゃんて、ブスかなあ」と、とぼけていたが、そのうち新しい理論を持ち出してきた。
「ミナちゃん、女は顔じゃないよ、心だよ。お父ちゃんは、どんな美人より、心がきれいで知的な人が好きだなあ」と、取ってつけたような事を言い出したのだ。
 しかし、藁(わら)にもすがる思いだった私は、父のこの言葉に一筋の光明を見た思いがし、優しい人になって、読書に励むことを決心するのだが、それも束の間で私は再び打ちしおれることになったのである。
 父がテレビで『水戸黄門』を見ながら言うのだ。「オレ、由美かおる好きだなあ。なあ、いいよなあ、由美かおるって」見ると、網タイツをはいた忍者姿の由美かおるが、舌っ足らずな口ぶりで、「ヨウヨウヨウ、なめんじゃないヨウ」と悪代官の手下にタンカを切っているのである。
「お父さん、嘘つくんじゃないよ。やっぱり女は顔なんだね、オッパイなんだね」
 私は父の横顔を見ながら、虚(むな)しい思いでせんべいを齧(かじ)った。
 せめて、悩んでいる娘の前では網タイツの女ではなく、木内みどりとか檀ふみが好みであると言って欲しかった。
 長いこと不遇な時を過ごしていたが、大学生になり化粧を許され、私の青春は花開いた。
 研究に研究を重ね、顔など化粧次第でどうにでもなるということがわかった。美術の点が良く、手先の器用だった私は、様々な化粧道具を駆使して顔の欠点を修正していった。かつては、致命的とも思えた猿のように狭い額も、生え際を茶色く染めるというテクニックを使い、少しでも額を広く錯覚させることに成功した。
 いまや私はニュー・ミナに生まれかわったと言えるだろう。お化粧上手で、手に職もつけた私にはもはや怖いもんなしである。
 昔、私をブスと言い、あんなに好かれたいと思っていた男友達も、今では会社の愚痴ばっかり言うつまらないオッサンになってしまった。彼らが会社で酷使されて、しょんぼりと昔を懐かしんでいる今、私はパワー全開、人生は花咲き乱れ、東京の街を闊歩(かっぽ)している。
 ブスで男にモテなくて暗くなっている女子高生諸君、是非、私が相談にのりたい。



本記事は幻冬舎文庫『お嬢さんはつらいよ!』(今村三菜 著)の全283ページ中16ページを掲載した試し読みページです。続きは『お嬢さんはつらいよ!』電子書籍をご覧下さい。
 

 

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今村三菜 エッセイスト

1966年静岡市生まれ。エッセイスト。仏文学者・詩人でもある祖父・平野威馬雄を筆頭に、平野レミ、和田誠など芸術方面にたずさわる親戚多数。著書に『お嬢さんはつらいよ!』『結婚はつらいよ!』(ともに幻冬舎)がある。

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