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文化系ママさんダイアリー

2010.04.01 公開 ポスト

第四十九回

「自動車CMとママさんのキュンキュンしない関係」の巻堀越英美

「おかあしゃん、トイレでおしっこできた? ナデナデしてあげるわね。ナデナデしてくれてありがとうは?」「ありがと」「ありがとうは?」「…ありがとう」「ありがとうは?」「……」

 どうです、うちの子かわいらしいでしょう、とはとても言えない煮詰まり具合なのだった。なぜなら娘の微熱でもう5日間も保育園を休んでいるから。娘が一人遊びにいそしんでいるスキをついて、あるいは抱えたまま仕事をし、泣かれつつ家事を片付け、せめてトイレぐらいは一人でいたしたいのに、無限のコール&レスポンスを要求。挙げ句「だぁっこぉ~」と甘え泣きされようものなら、「あのね、状況読めるかな? この体勢でだっこはムリでしょういくらなんでも」とパンツ下ろしたまま説教タイムに突入するしかない。いつにないアンニュイ面で「あなたしか頼る人がいないの……」とばかりに熱っぽい体を預ける娘がかわいくないといえば嘘になるけれど、いかんせん重い(体重面でもメンタル面でも)。これがいわゆる核家族世帯の母親の孤独ってやつかしら。こんなことで弱音を吐いていたら、普段からみっちり子供の相手をしている専業主婦の皆さんに怒られそうだけど。実際、複数の幼児を抱えているお母さんたちを見るたびに、どんだけ大変なのかしらと想像して思わず手を合わせたくなる。

 しかし専業主婦の皆さんにはランチするママ友がいる。ワーキングマザーの皆さんには同僚がいる。而してフリーランスの自分は、概していつも一人。孤独飼い慣らしスキルはもはやトップブリーダーの域だ。いやフリーランスでも時間をうまくやりくりして精力的に友達と遊んでいるママさんはいっぱいいるのだろうから、単に私の人間力に問題があるだけか。思えばこんなに家族以外の人と接しない人生、歩んだことがなかったかもしれない。こんなとき、娘を抱えつつもついアクセスしてしまうのがTwitter。細切れの時間に投稿できるTwitterはブログを書く暇もないであろう忙しいママさんたちも多数出入りしていて、独り言を聞こえるように言いたい若干病み気味の私を優しく迎え入れてくれるのだった……。

 そんなTwitterママさん界で現在、「気色ワル!」と悪評を呼んでいる(らしい)のが、

「けんたキュンキュン、ママにキュン!」

 というフレーズ。私自身はまだお目にかかったことがないのだが、小さな男の子がお母さんにこんなセリフを吐く自動車のCMが流れているそうだ。どんなCMか見てみようとGoogleに「ママにキュン」と入力してみたら、関連キーワード候補に「気持ち悪い」と出てきた。こりゃ相当嫌われているな。案の定、検索結果は「『ママ大好き』ならいいけど、『キュン』は母親に欲情しているみたい」「わざとらしいウィンクがいやだ」「男児の育児はあんなファンタジーじゃない」「男の子は媚びないのがカワイイのに、わかってない」等々、否定的な評価ばかり。母-息子間の擬似恋愛を連想させるのが嫌悪感を呼び起こす原因なのだろうか。それとも「お前らママ族はこう媚びれば喜ぶんだろ?」という作り手側の見下しが透けて見えるせい? そういえば、少し前に同じく自動車のCMで「私たち、主婦で、ママで、女です!」というコピーが大いに嫌われたことがあったっけ。「独身に見られちゃった」「ヒューヒュー」「たまに家事のお休みを作る! (いいよね~♪)」「やっぱり自分磨きって大事(わかるわかる♪)」といったCM内会話も含めて、「イイ年して薄っぺらい。主婦がああいうのに憧れてると思ってるなら勘弁して」と大不評。あれも「主婦はお気楽」という見下したノリが反発を呼んだ一因だったように思う。

 私はというと、YOUが母子家庭のお母さんを演じている自動車CMのシリーズが苦手だったことを覚えている。高校生の息子に「僕のご飯は何?」と聞かれて、「ピザ取った」と言い残していそいそと友達と遊びに行くお母さん。「今日は母が楽しむ日です」とピザをパクつく息子。たまには家事をお休みして遊ぶお母さんの自由、応援します!というテイだ。しかし母親が普段働いているのに、高校生にもなって自分一食分のご飯も作れないなんて、甘やかされすぎなんじゃないか。「子離れした母は、なんかいい」「母はキレイになって僕から離れてゆく」。母親の子離れを上から批評する前に、まずお前が親離れしろと言いたくなる。「働いていようがいまいが家事と育児はお前ら女の仕事。でもたまには手抜きを許してあげる我々は心が広いでしょう? さあいい気分になったなら我々の商品を買いなさい、ね?」と足を踏んづけながら揉み手をするオッサンを想像してしまうのは、さすがにうがちすぎか。このCMは評判がよかったらしいから、こんなどうでもいいことにモヤモヤしているのは私だけなのかもしれないが。

 そういえば、トヨタのリコール問題。公聴会で海外のメディアが注目したのは、女性も外国人も外部役員もいない、29人全員日本人男性という役員会の構成だったと聞く(英エコノミスト誌「実際のところ、日本よりもクウェートの方が役員会で女性が占めている比率は大きい」「もしもトヨタの役員会に例えば、ドイツ人の女性経営者と元米上院議員と香港の野心的な法律家がいたならば、今回の危機に対する対応も異なっていただろう」)。海外からは異様に見えても、エライ人がおじさんばかりというのは日本ではおなじみの光景だ。最近、母性幻想の成り立ちを追いかけておぼろげにわかってきたのだが、おそらく彼らは差別をしているつもりはないのだと思う。女は家事と育児に専念し、その合間にオシャレでもしていれば、それで幸せなのだと本気で信じているだけなのだ。そんな彼らが女にモノを売りつけようと思うと、あのようなイヤCMが生まれてしまうのだろう。

 ひるがえってTwitterを眺めてみれば、保育園に落選して泣く泣く退職するワーキングマザー、不況で外で働きたくても、一度仕事を辞めてしまうと保育園に受かるのは至難の業であることに悶々とする専業主婦の皆さん、仕事に加えて家事育児の負担が自分一人にのしかかり、キャリアを積めないことに焦りを抱くエリート女性、赤ちゃんが生まれたばかりだというのにクビになってしまい、育児と将来への不安からノイローゼ気味になった専業主婦の奥さんに日々責められて精神的に参っている男性、クビになった夫の代わりに子供を預けて働こうにも、今すぐ預けられる無認可保育園の劣悪な環境を目の当たりにして泣く女性、育休切りに遭って深く傷ついた奥さんのケアと出産後の経済的な心配とでてんてこまいの男性、その姿を見て子供を産んだら人生が終わってしまうと悲観する独身勤労女性たち、といった同世代の状況が否応なく目に入り、CMの浮かれマザーとの落差をひしひしと感じる。かくも日本の育児支援が貧弱なのも、「育児こそが女の天職で、それさえしていれば幸せなはずなのだから、支援なんかしてやる必要はない」という意識が政治家はじめ、多くのエライ業の人々に共有されているからだろう。

 待機児童が少しでも少ない地域を探して妊娠中に引っ越しをし、どうにか遠距離の保育園に受かった私も、やはり育児ブルースの当事者なのだった。いくら保育園が遠いからってミニバンなど買う余裕があるわけもなく。ママ向けCMの浮かれ具合が直らないのは、浮かれてはいられない庶民を自動車会社がそもそも相手にしていないから、なのかもしれない。それでも縁がないならないなりに、『崖の上のポニョ』のリサみたいな二の腕の太いガテン系母さんが、豪快に車を乗り回すCMなども見てみたい気がするのである。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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