文庫解説の書く側の気持ち、実際に収録された解説の文章を紹介してきましたが、依頼する編集者は文庫解説をどんなふうに捉えているのでしょうか? 1997年に創刊した幻冬舎文庫の2代目編集長を務めた志儀保博からの寄稿です。
意外な名前がずらりと並ぶ解説者索引
文庫の編集に携わる者にとって、解説の原稿依頼はつきものだが、正直これはなかなかデリケートで悩ましく難儀な仕事だ。作家のほうから、わりと気軽に「◯◯さんに依頼してほしい」と言われることが多いが、その◯◯さんが、「えっマジですか!?」とこちらが絶句するような大御所の大先生だったり、つきあいのまったくない強面の作家だったり、彼女がものした文章を1度も見たことのないアイドル歌手だったり(断られた)、刑務所で服役中の人だったり(断られた)、ヤクザの親分だったり(断られた)することがけっこうある。文庫の解説とは、そういった編集側の驚きや困惑の所産なのである。
そんなわけで、創刊4年後の2001年以来、『幻冬舎文庫目録』には「書名索引」「著者名索引」のほかに「解説者名索引」を付けた。多分これは業界初だったと思う(いま他社の文庫では存在するのだろうか?)。文庫は、「解説から読む人も多い」と言われるし、また文庫というメディアの特長の1つである解説に、もっと光を当てたい、という思いからだった。
この「解説者名索引」を見ると多士済々だ。こんな人が書いていたんだ、と驚くようなものも多い。解説者の名前だけを見て、これはこの作家(書き手)の作品かなと予想してもまったく当たらないし、そもそも作品自体を想像できないものが多い。みな、それほど意外なのだ。
解説者は、作家や評論家や漫画家や映画監督や学者などが圧倒的に多いが、他に目立つのはミュージシャンと俳優だ。井上陽水、押尾コータロー、ナオト・インティライミ、星野源、佐藤江梨子、長澤まさみ、松たか子、ユースケ・サンタマリア……たとえば、こんな方々が、幻冬舎文庫の誰のどの作品の解説を書いたか、興味、湧いてきませんか。
さらに「解説者名索引」を眺めると、小社・幻冬舎の「中の人」の名前がけっこうある。社長を始め、専務も同僚も後輩も、さらにすでに会社を辞めてしまった元同僚の名前も。わたし自身も3年前に恩田陸『蜜蜂と遠雷』にかなり長い解説(「『蜜蜂と遠雷』の思い出」)を書いた。これは内幕話だが、「中の人」が書いた解説には、原稿料が支払われないことになっているから、編集経費としては安上がりだ。
わたしが依頼し書いていただいた中で、強く印象に残っているのは、笠原和夫『シナリオ 仁義なき戦い』(アウトロー文庫)の中条省平さんによる解説で、もう24年も前の話だ。中条さんから執筆途中「原稿用紙10枚(4000字)に収まらず3倍以上になりそうなんですが、いいですか?」と連絡があった。出来上がった、映画「仁義なき戦い」のシナリオ論は素晴らしいもので、著者・笠原さんも「褒めすぎだよ」と照れながら、ひじょうに喜んでくれた。同文庫は、長らく在庫品切れ状態なので、昨年8月に出た目下の最新目録にこのタイトルはないが、近々、復刊(増刷)を予定している。シナリオ本編だけでなく、解説も再び読んでいただけるようになるはずだ。