あらゆる製品の基幹部品としてだけでなく、いまや国家安全保障を左右する戦略物資としても重要度が増している半導体。現在、台湾や韓国メーカーが席巻していますが、かつては日本メーカーがシェア8割を占める程、市場を支配していました。なぜ日本の半導体産業は敗北を喫することになったのでしょうか。『国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶』の著者、加谷珪一さんはその原因を、「日本人の傲慢さ」だと指摘します。発売後たちまち重版となり話題の本書の一部を抜粋して紹介します。
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半導体は「産業のコメ」などと形容されますが、日本の半導体産業はかつて世界最強と言われていました。特に1980年代にはDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)分野で日本メーカーが市場を席巻し、一時、DRAM製品の世界シェアは80%に達していました。
日本のDRAMが大成功したのは高い品質の製品を大量生産できたからです。
当時のDRAMの用途は主にメインフレーム(汎用機)と呼ばれる大型コンピュータでした。汎用機は極めて高価な製品で、搭載する部品にも高い信頼性が要求されていましたから、そうした用途には高品質な日本製のDRAMがぴったりだったわけです。日本メーカーは、汎用機の分野でもそれなりに成功しており、コンピュータ本体と、そこに搭載するDRAMの両方でビジネスを展開することができました。
日本メーカーは高品質体制を維持し続けた
ところが、この市場構造を劇的に変える出来事が発生します。それは90年代以降、全世界に急激に普及したパソコンの台頭です。
パソコンの普及によって、数千万円という価格だったコンピュータが、最終的には10万円程度まで下がり、しかも1人1台、コンピュータを保有するという、これまでの時代では考えられない環境となりました。
パソコンの普及は、現代の高度IT化社会におけるすべての起点となっており、まさに革命的な出来事だったのですが、日本メーカーはパソコン普及の動向をほぼ完璧に見誤りました。誰の目にもパソコンの普及が明らかになっているにもかかわらず、大型コンピュータの製造に固執し、DRAMも大型コンピュータ向けの高品質な製品にこだわり続けたのです。
最大の敗因は日本人の「傲慢さ」
この間に、韓国メーカーや台湾メーカーはパソコンとその関連部品の製造に本格的に乗り出すとともに、DRAMもパソコンに特化した安価な製品を大量に供給しました。日本メーカーは、韓国勢と台湾勢に対抗するため、価格を大幅に引き下げましたが、高品質な体制を変えずに価格だけを下げたため、各社は大赤字に転落。最終的にはほぼすべてのメーカーがDRAMから撤退するという悲惨な結果となりました。
日本メーカーがパソコン市場の動向を見誤った最大の原因は、日本人の「傲慢さ」であるとの指摘がありますが、筆者もまったく同感です。
日本人は自国の技術を常に過大評価し、逆に他国の新しい技術については過度に軽視し、貶める傾向が顕著です。これは内と外を区別するムラ社会的な風潮にほかなりません。メディアの記事をざっと見ただけでも「ニッポンスゴイ」という記事がやたらと目に付きます。どの国にも自国を賛美する傾向は見られるものですが、特に日本人の場合、成功体験に基づく傲慢さは突出している印象があります。
筆者は大学卒業後、ジャーナリストとしてキャリアをスタートさせましたが、筆者が駆け出しの記者だった 年代はまさに日本のコンピュータ産業と半導体産業の凋落が本格化 する時期でした。筆者は主要メーカーのほとんどに取材に行った経験がありますが、各社の事業責任者の反応は驚くべきものでした。
成功体験がアダになった
パソコンの普及が急ピッチで進んでおり、それに伴って産業構造が大きく変わろうとしている時期だったことから、筆者は各社の事業責任者に「パソコンの台頭によって、大型コンピュータの競争力が急低下する可能性はないのか」といった質問をしていました。それに対して多くの責任者が「パソコンで作ったシステムが重要業務を担うなど『絶対』にあり得ない」と断言していました。
技術の世界は常に変化するものであり、基本的に「絶対」ということはありません。筆者は丁寧に「パソコンの技術が驚異的に進歩している現状を考えると『絶対』とは言えないのでは?」と再度質問したのですが、その責任者は語気を強めて「あり得ない」を繰り返し、あげくの果てに「君は何も分かっていない」「技術に対する不勉強にも程がある」と激高する有様でした。
自身が思い描いている価値観と異なる質問が出てきた場合、自身は専門家なわけですから、自説を裏付ける客観的なデータを示し、論理的に説明すれば済む話です。ところがどういうわけかこの手の人たちは、激高し相手を威圧するという形でしか自身の意見を主張することができません。そして、こうした行為に及ぶ日本人の割合はかなり高いというのが筆者の率直な印象です(特に役職が上がるにつれてこうした人の割合が急上昇していきます)。
意に沿わない質問を受けると激高したり、威圧的に振る舞ったり、相手を罵倒する発言を行ったりするというのは、今の時代でも多くの政治家や一部のキャリア公務員、企業幹部に見られる言動です。特にコロナ危機では、比較的高い地位にある人たちが自身の意に沿わない質問をされるケースが増えましたから、このような野蛮な振る舞いをあちこちで目にしたのではないでしょうか。
筆者は米国企業やアジア企業などにも取材に行きましたが、意に沿わない質問をした時の相手の反応はほとんど同じです。たいていの場合、「It s a good question.(それは良い質問ですね)」と言って笑顔を見せ、自分は余裕があるかのように振る舞い、穏やかに反論してきます。彼等は人前で激高したりするのは、余裕がなく能力が低い人物の特徴であると考えており、できるだけ冷静に振る舞おうとします。取材する側からすると、こうしたミエミエのタテマエもどうかとは思うのですが、これがお決まりのパターンです。
半導体での失敗を繰り返している
先ほど筆者は、日本人は傲慢だという話をしましたが、事情は少し異なるかもしれません。日本メーカーがこれまでの成功体験で驕っていたのは事実ですが、一方で、パソコンの台頭による産業構造の転換は誰の目にも明らかであり、この事実を認識できなかったはずがありません。つまり望ましくない状況が到来していることへの不安から、逆に過去を絶対視するようになり、意見の合わない相手には攻撃的、威圧的に振る舞うという状況になったと考えた方が自然でしょう。
その結果、自社の戦略に固執し、失敗に向かって真正面から突き進んでしまったというのが日本のコンピュータ産業と半導体産業の顚末ですが、それだけで話は終わりません。
日本の場合、大きな失敗を経験した後も、何度も同じ過ちを繰り返すからです。
国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶
加谷珪一さんの新書『国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶』の最新情報をお知らせいたします。