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どうしてこうなっちゃったか

2022.03.14 公開 ポスト

第3章

「指くるくる+5」の罰藤倉大(作曲家)

15歳、才能だけを頼りに徒手空拳で単身イギリスへ! そのあとは……!? いまや「世界でもっとも演奏機会が多い」現代作曲家・藤倉大の超絶オモシロ自伝エッセイ『どうしてこうなっちゃったか』から、試し読みをお届けします。
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話を寮生活の開始時点に戻そう。高校生活は驚きの連続だった。が、現在のドーヴァー高校では、時代の流れか、ここに書く伝統(特に体罰系)は失なわれたようだ。よって、これは29年前に僕が体験した、古き良き(?)時代の話だ。

イギリスのしきたりか、それとも、この高校独自のしきたりか知らないが、誕生日、当人に冷水シャワーを浴びせる、というものがあった。これは寮長(先生)も公認の年中行事。

僕が編入したのは4月。僕の誕生日は4月27日。入寮してまもなく、朝礼でいきなり体を担がれて、予め用意された冷水シャワーに制服のまま放り込まれた。これにはビックリだった。

この学校の制服は、いったん濡れると異様な臭いを発する。ジャケットの替えを持っていないので、ビショビショのまま授業に出た。みんな笑顔で「お誕生日おめでとう!」と言ってくれた。全然めでたくない。変な臭いだし。それがイギリスで最初に迎えた16歳の誕生日だった。

でも誕生日のシャワーは序の口で、いちばんのビックリが、生徒による生徒への罰(punishment)の存在だった。

この高校は全寮制で男女共学。1学年は男女合わせて50人くらいの小さな所帯だ。もちろん男子寮と女子寮は別々で、間に青々と芝生(しばふ)の繁る運動場を挟んでいる。男子寮から女子寮へは歩いて5分くらいの距離。この学校には附属の小学校、中学校もあり、小中学生は寮生もいれば自宅通学の子もいる。特に小学校の低学年生は家から通うほうが多い。

学年が上がるほど、校内での、生徒としての権限は強く大きくなる。高校2年生は1年生より先に昼食を取ることができるし、授業後、校外への外出許可時間も増える。要するに学年が上がるほど自由を獲得できるのだ。3年生ではそれらが最大になる。日本の先輩後輩関係の亜種(あしゅ)かもしれない。

しかし驚くのは、最高学年(18歳前後)の、中でも、プリフェクト(prefect=監督生)と呼ばれる数人の「選ばれし生徒たち」の存在だ。制服やネクタイの色からして、まったく別。彼らは学校の先生たちによって、最高学年から男子、女子それぞれ4人ずつ合計8人選ばれる。

厳密にいうとプリフェクトには2種類あって、この8人は「スクール・プリフェクト」という。その他にもプリフェクトはいて、「ハウス・プリフェクト」といい、これは寮内(ハウス)だけのプリフェクトだ。選ばれし生徒スクール・プリフェクトは、学校全体のプリフェクト。当然、同い年、同じ学年でもスクール・プリフェクトのほうが断然、上である。ハウス・プリフェクトは制服も一般生徒と同じ。見た目は変わらない。スクール・プリフェクトは、校内の学生における最高権力者たちなのだ。

彼らは授業後いかなるときでも自由に街に繰り出すことが許されている。また、先生とスクール・プリフェクトのみが歩いて良いとされる道(つまり近道)なんてものもある。

そしてスクール・プリフェクトたちは、一般学生に「罰」を与えることができるのだ。これが驚きだった。それはどんな「罰」か。

いくつか種類があるが、ある程度、決まっている。具体的に説明していこう。

例えば──。

朝は低学年の当番の生徒が、みんなより早起きしてベルをカランコロンと手で鳴らしながら寮内を歩き回る。これが1回目のベルで、これで寮生は、大きな、点呼(てんこ)の部屋にある掲示板の自分の名前にチェックを入れる。それを確認する役目の最上級生たちがいる。それをするのはスクール・プリフェクトまたはハウス・プリフェクトだ。

その後、朝食のために全員、食堂にぞろぞろと移動する。この高校では、もともと教会だった、かなり古い建物が食堂として使われていた。が、そこは、全校生徒が入れるほど大きくない。したがって朝食時には、4つの寮(2つの男子寮と2つの女子寮)でこの最初のベルの時間が少しずれている。そのベルで起きて、朝食に直行すれば食堂に入るのに並ばずに食べられるはずだ。ベルの時間がずれているため、例えば最初のベルが7時に鳴る寮の生徒が食べに行き、食べ終わる頃の7時20分に2つ目のベルが鳴る寮の学生が起きて食堂に行くと、1つ目の寮の学生はもう食堂にはいない……という感じで、行列ができることなくスムースに朝食が食べられるようになっている。

これがランチとなると大変になるのだが、その話はもう少しあとで説明しよう。

朝食後、トイレや歯磨きや土壇場の宿題をやったりしていると、2回目のカランコロンが鳴り、点呼の時の大きな部屋に再び集まる。次はロールコールと呼ばれる朝礼だ。

その寮の全生徒が集まり、ハウス・プリフェクト及びスクール・プリフェクト以外は、部屋の壁沿いに立って並ぶ。部屋は巨大な4面の壁から成り、正面はプリフェクト(あとで寮長もここに登場しプリフェクトの前に立ち、生徒たちを見渡して話す)、それ以外の一般生徒は、3方向の壁(正面はプリフェクトと先生がいるので、長方形の部屋の残り3つの壁)に、けっして寄りかかってはならず、15センチほど離れて等間隔に立つ。その部屋を上から見ると、一般生徒はカタカナの「コ」の字に並んでいる。もちろんピシッと直立していなくてはならない。しかし、驚くべきことに、プリフェクトだけはそうする必要がなく、これ見よがしに正面で寝そべったりふんぞり返ったりしている。

少しでも壁に寄りかかっているのが見つかれば、プリフェクトがふんぞり返りながら指をパチンパチンと鳴らして生徒を指差し、こんなやりとりを始める。

「おい、お前!」

「え、僕ですか?」

「そうだ、お前だ。今、寄りかかっただろう? 今晩、運動場5周な」

「え、え、えええ、まじ?」

「今、お前、俺になんか楯突(たてつ)いたか? 10周でもいいんだぞ!」

そんなことをしていると寮長のお出ましだ。

寮長が、その日の校内行事の説明やら訓話やら、「最近シャワールームが汚れている。もっときれいに使うように」など生活の注意事項を話す。僕の時代、寮長は歴史と経済の両方を教える先生だった。寮長が話している間にひそひそ話を一般生徒がしようものなら、寮長の話の途中でもプリフェクトの指パチンパチンが鳴り、ひそひそ話の低学年生徒を指差し、宙でくるくると人差し指を回し掌を広げてパーにして「5」を示す。これは寮長が話しているのに、ひそひそ話をした者に下る体罰だ(寮長の話の邪魔をしないために合図だけで行われる)。意味は「お前、今晩、運動場を5周な!」だ。

これらは寮内の話なのでハウス・プリフェクトでも同様の罰を与えることはできる。

この「夜、運動場を5周走る」という罰自体は、若いこともあって別になんの苦痛もない。では何が嫌かというともっと深い理由がある。全寮のルールで、18時の夕食後、19時から21時までは宿題の時間で、自分の部屋から出てはならない。この時間帯は寮長が必ず2回ほど全部屋を見回り点検する。そして21時以降は、学年やプリフェクトの性格にもよるが、基本30分だけ街に繰り出していいことになっている(低学年だと月曜日と水曜日のみ、とか、その週に悪さをして、先生から外出禁止を言い渡されている生徒は出られない、など例外はある)。

学校の近くのケバブ屋でケバブやチップスを買い食いすることもできる。もちろんドーヴァーの小さな港街には、先生たちがウロウロしているので、悪さをすれば見つかり、停学、退学にもなりかねない。例えば僕の高校時代、イギリスでは法律上16歳からタバコが吸えた(後に18歳に引き上げられた)が、この高校に在籍している間はすべての生徒が禁止されている。それはスクール・プリフェクトにおいても、だ(でも実際、吸っている生徒はたくさんいて、スクール・プリフェクトには先生も目をつむることはあった。が、一般生徒は絶対に停学を食らう。3回の停学で退学とか、そういう決まりも聞いた)。

話を戻すと、その夜の9時に、女子寮から女子が、男子寮から男子が、ぞろぞろと運動場を横切って門に向かって歩いていく時に、真っ白の体育着に着替えた姿で(もちろん冬でも短パン)運動場を5周走るのは、かなり恥ずかしい。罰を与えたプリフェクトは囃(はや)し立てながらそれを見ているし、見物する生徒たちもいる。憧れの先輩、好きな人が見ている前で走るのは、かなり恥ずかしい。体罰というより精神的な戒めだったかもしれない。これが「指くるくる+5」の罰だ。

他には、新聞を渡して、「全部の『the』に赤丸を付けろ」と言ってやらせ、2時間かけてようやく付け終わったら目の前で成果も見ずにビリビリッと破って「サンキュー」と嫌みを言う、などパニッシュメントにはいろいろバリエーションがある。

ただし、誰が誰にどんな罰を与えたかは寮長や他の先生がチェックしている。そのため、度を越した罰の場合は逆に大問題になる(だいたい罰の種類が決まっているから、それはほとんどない)。

高校というのは、やはり世の中の縮図だ。というのも権力者スクール・プリフェクトは男女とも大変モテるからだ。どの年のスクール・プリフェクトも人気者だった。彼女や彼氏を連れて堂々と校内を歩き回る。スクール・プリフェクト同士がつきあう「パワーカップル」もいた。スクール・プリフェクトには、だいたいが優秀な実績を持つスポーツ奨学生や、学校の討論大会で優勝するような弁の立つ者、統率力(とうそつりょく)のある者が選ばれる。勉強のできる物静かな人は評価をされない。

ここまでで、この学校と寮の特徴と仕組みがわかってもらえたと思う。

僕はどちらのプリフェクトでもない一般生徒だった。なのに、スクール・プリフェクトも含めた他のどの生徒より、何をしても許され、校則に関係なく自由で、誰よりも力があった。

僕は外国人だし、英語ができないからイジメられるんじゃないか、と両親は心配したが、そんなことは皆無で、まさに最高の特権を、編入した1年目から僕は持っていた。それは、なぜか?

理由はズバリ、音楽と、(多分)セックスだった。

(つづく)

 

(お知らせ)※イベントは終了いたしました。ご参加ありがとうございました。

2022年3月16日19時半〜、新刊や作曲の裏話がたっぷり聞ける藤倉大さんオンライン対談を開催します。詳しくは幻冬舎大学のページをご覧ください。

関連書籍

藤倉大『どうしてこうなっちゃったか』

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どうしてこうなっちゃったか

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藤倉大 作曲家

1977年大阪生まれ。作曲家。15歳で渡英し、D・ランズウィック、E・ロックスバラ、G・ベンジャミンに師事。国内外の作曲賞を多数、受賞(2019年は3回めの尾高賞を受賞)。数々の音楽祭、音楽団体から作品を委嘱され、いま「世界で最も演奏される現代音楽作曲家」と呼ばれる。2017年、東京芸術劇場「ボンクリ・フェス」アーティスティックディレクターに就任。2019年公開の映画「蜜蜂と遠雷」の音楽を手がける。主な作品:オペラ「ソラリス」「アルマゲドンの夢」、管弦楽曲「レア・グラヴィティ」「グロリアス・クラウズ」など。ホームページ http://www.daifujikura.com

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