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本屋の時間

2022.03.15 公開 ポスト

第130回

この世界が、自分で切り拓けるものであるように……辻山良雄

先月2月2日、朝日新聞の夕刊に、西村佳哲さんの著書『自分の仕事をつくる』に関する記事が大きく掲載された。書いたのは藤生京子記者。記事にはわたしのインタビューも載せていただいたが、藤生さんは同紙の「平成の30冊」という平成を代表する本を選ぶ企画のなかで、わたしが『自分の仕事をつくる』を挙げていたのを覚えておられたのだ。

 

この本を選んだのは、それが時代のあたらしい気分を表すものであったことはもちろん、そこには個人的な思い入れもあったと思う。『自分の仕事をつくる』の単行本が出版されたのは2003年のこと。その時わたしは広島にいて、勤めていた書店チェーンの支店で店長をしていた。

『自分の仕事をつくる』は、当時様々な仕事の現場で、ささやかに、時を同じくして芽吹きはじめた動きに、確かなことばを与えたと思う。

「たとえ〈わたし〉がいまどこにいたとしても、仕事は本来、自分でつくるものなのだ」

その当時、わたしは会社から与えられた仕事だけでは満足できず、自らの内にあったどこかへ伸びていこうとする芽を、自分でも持て余していた時期であった。わたしがこれから歩むかもしれない道のりが、ここにはきっと書かれている。最初本のタイトルを見た時、そんなかすかな予感があった。

その時から「自分の仕事をつくる」ということばは、わたしの御守になったのである。地方の店であるというハンデを逆手にとり、わたしは会ったこともない東京や京都のアーティストに連絡を取り、「広島でははじめて」という展示やトークの企画をいくつも行った。休日には福山の施設まで赴き、そことコラボしたイベントを行ったこともある。

本屋は取次から入ってきた本を売るのが本分。そうした仕事は、いずれも会社からやれといわれた訳ではなかったが、面白そうなことには体が勝手に動いてしまうものでもあって、それ以降どこにいっても、そうした「課外活動」を積み重ねた結果が、いまのTitleなのであった。

さて、実際の西村さんはとてもおだやかな人で、いつもことばを選びながら、慎重に話をされる印象がある。

そしてその声は、目の前にある口からではなく、どこかもっと体の奥、芯のほうから発せられたように聞こえてくる。決して大きくはないが、自然と耳を傾けてしまうような、深みのある声――

そのようなことを、店に来た校正者の牟田都子さんと話していたら(牟田さんは西村さんがファシリテーターを務めるセミナーで、ゲストとして出演していた)、牟田さんが「まるで森林浴をしているように感じます」と、笑いながら返してくれた。セミナーのあと、一週間はその声が耳に残っていたのだという。

森林浴とはまさにその通り! 西村さんは誰かに近づきすぎることなく、いつもその人のことを気にかけてくださるのだが、声に癒しがあるのは、そうした他人に対するまなざしが含まれているからなのだろう。

 

Titleが開店してまだ間もないころ、店に来た、悩める(そのように見えた)若い男性から、何かいい本を紹介してくださいといわれたことがあった。聞けば働きはじめて、まだ半年あまりだという。彼にはほかの何冊かの本と一緒に、『自分の仕事をつくる』も手渡した。いまはまだわからなくても、ここに書かれていることが、いつか腑に落ちるようになればよい。本を渡すときに、そのようなことを思ったのは記憶にある。

それ以降様々な、主に若い人たちが、Titleでこの本を買って帰った。わたしはこの本を売るたびに、この世界が個人の意志で切り拓けるものであってほしいと願う。そしていつか彼らにも〈自分の仕事〉を見つけてほしいと、親戚のおじさんのような目ですぐに見てしまうのである。

 

今回のおすすめ本

ウクライナ・ロシア紀行』ヨーゼフ・ロート ヤン・ビュルガー編 長谷川圭訳 日曜社

いま起こっていることに目を背けるのではなく、そこに住む人のことをもっと知らなければならない。1920年代、オーストリアの文豪が旅した、ウクライナ、ロシアの諸都市。そこには複雑な状況の中でもたくましく生きる、人びとの姿があった。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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