ファン待望の復刊を遂げた究極の恋愛小説『雨の日には車をみがいて』(五木寛之著)。車好きをも唸らせた本書に登場する9台の車たちは、いったいどんな車たちなのか。「ベストカー」初代総編集長が、その描写の魅力を解き明かす新連載、第2回は「アマゾンにもう一度」(『雨の日には車をみがいて』第3話)のボルボ122Sのこと。“あの車は幻だったのだろうか。いや、そんなことはない。”——物語の一文が幾重にも重なる不思議な話。
* * *
一九六〇年代の幕が降りようとする頃、ぼくはボルボに乗っていた。
それはまるで白熊のようにずんぐりとした頑丈なセダンだった。
ボルボ122S・アマゾン。
ぼくは今でもその車を、最もボルボらしいボルボだと思っている。それまでに乗ったシムカも、アルファ・ロメオも、それぞれに魅力的な車だったが、アマゾンの面白さはぜんぜん別なところにあった。
第3話「アマゾンにもう一度」の冒頭を読むと、私は夜闇の奥底からむせび泣くようなメロディがサクソフォーンの演奏によって五木寛之の語りと一つになって、聴こえてくる。25年間続いた深夜番組「五木寛之の夜」のオープニングに流された「哀しみのフローレンス」のインストルメンタルだ。その音が、「アマゾンにもう一度」の主人公の「ぼく」と、同じアマゾンを駆って妖しくからむマドンナとの関係にどこか繋がるからなのだろうか。
「車が届けられた日、ぼくは一日中、その純白のボディを手のひらでなで」「エナメル・ペイントのなんとも言えない光沢と手ざわりが、ぼくをすっかり夢中にさせた」「固型ワックスを使って、なめるようにその曲線的なボディラインをみがいた」。まるで恋人の裸身でも愛撫するようなその描写から、はじめて新車を手にした主人公の初々しい昂ぶりが伝わるが、それだけではない。
ぼくは、一見鈍重に見えるアマゾンを4速でゆったりクルージングさせるよりも、3速で活発に走らせるのが好きだった。
いかにも古風な実用車スタイル。ほかのドライバーに馬鹿にされることもないではない。軽い気持ちで追い越そうとする連中に、ツインのSUキャブレターを備えた1780ccのエンジンの思いがけないスピードと運動性で、あっさり驚かすこともできた。
車に通暁している人の描写には、つい乗せられてしまう。「ぼく」がなぜ「4速」ではなく「3速で活発に走らせるのが好き」なのかは、実際、アマゾンという車に乗ってみればわかる。いまではほとんどクルマがAT車となってしまったが、当時はクラッチを踏んでから、エンジンの回転に合わせ、手動でギアをシフトしていった。その様子が生き生きと描かれている。
七月の晩、仕事に疲れた「ぼく」はボルボ122S・アマゾンに乗り、あてもなく夜の道を走る。そして一国を途中で降り、湘南の海岸沿いのシーサイド・ホテルの駐車場で、一台の赤いアマゾンと出会った。それもとても奇妙な形で。
ちょうどそのとき、ヘッドライトの光の輪の中に、一台の赤いアマゾンが見えたのだ。だれも乗っていない。ぼくはうれしくなって、思わず軽くクラクションを鳴らした。と、駐車中の赤いアマゾンが、こっちがしたのと同じように短いクラクションの合図を送り返してきた。
ぎょっと思わずブレーキを踏むところから、物語は進んでいく。なぜ誰も乗っていない赤いアマゾンから返事が? ここからは、マドンナ登場にも絡んでくるので、ぜひ物語を直接楽しんでいただければ幸いだ。
実際、「アマゾンにもう一度」の物語を読み、とりつかれてしまった人もいる。
「誰も乗っていない赤いアマゾンが動き出し、そのあとに現れた若い娘と主人公との生き生きとしたやりとり。それを支えるアマゾンへの熱い想い。私のなかのクラシック・ボルボ再生作戦のストーリーが動き出したのは、その時です」
これは2014年から2020年までボルボ・カー・ジャパンの社長を務めた木村隆之氏の言葉だ。
木村氏はこの第3話に登場するアマゾンを再生させようとしたが、なかなかいい出物に出逢えなかった。「やっと、その後継車であるP1800でその夢を果たせました。そのうち、122Sも仕上げます」と彼は言った。これは私が2017年11月10日、成田のホテルをベースにしたV90/V90クロスカントリーの試乗会がメインだったが、別途、エキストラとしてもちこまれた黄色い(サファリイエローと呼ぶ)ボルボの旧車、P1800を囲んでの雑談のなかで聞いたものである。その辺の戦略の詳細は、『最高の顧客が集まる ブランド戦略』(共著/小沢コージ、幻冬舎MC刊)にも書かれている。
ちなみに、2017年度の『日本カーオブザイヤー』は、輸入車でありながらVOLVOのSUV車、XC60が受賞し、もうひとつの『RJCカーオブザイヤー』では 同じVOLVOのV90/V90クロスカントリーがインポート部門の最優秀賞に選ばれる。その上、RJCの特別賞を、木村社長が主導した『クラシック・ボルボ・リフレッシュ・プロジェクト』が獲得してしまう。
このあたりが絶頂期だったのだろう。スウェーデンにあるVOLVO本社は脱炭素社会を目指して、ガソリンエンジンを廃し、全車EV化へ舵を切った。やがて木村社長は退社し、クラシックガレージもいまでは閉鎖されてしまった。
そして今、30年から50年あまりを生き抜いてきたクラシックVOLVOの戦士たちは、辛うじて東京都下の町田市にあるVOLVO SELEKT 東名横浜店に移された。VOLVO広報に確認すると、状況によっては、撮影はもとより試乗も可能だという。私はさっそく町田へ足を伸ばした。
2台の122S・アマゾンが私を待っていた。
一台は1970年式の2ドアセダン、右ハンドルで、ボディカラーは「カリフォルニアホワイト」とよばれる品のいい白で、すでに嫁ぎ先が決まっているという。
もう一台は、1965年式の左ハンドル、4ドアセダン。「ホライゾンブルー」。北欧生まれというより小粋なフランス車の趣がある御歳55年。車内の革張りシートのあちこちにやつれはあったが、こちらは500万円近くの値付けで、アマゾン愛好者の声がかかるのを待っているとのことだった。
車検切れになっているため、試乗はその敷地内での味見程度だったが、こうして「ウエストラインの高いアマゾン」のシートに座れば、物語の中で、“誰も乗っていない”赤いアマゾンが動きだした理由も、白く細い手をした驚くほど小柄でワンピースを着た小妖精のようなマドンナと、「ぼく」が出会った意味もわかる。
「わたしにつきあって、一緒に車の中から海を見る気、ない?」
「ぼくがノーと言ったら、きみはどうする?」
「自分で車を砂浜に乗り入れるわ」
人との出会いは偶然が支配する。長い人生の中のほんの少しの時間でも、忘れられない出会いというものがある。二人の出会いは、ボルボという車だから起きたことをあらためて思い起こさせる。そして「いかにも古風な実用車のスタイルを持つ車」を「決して軽くはないクラッチと、大きなストロークを持つシフトを操作しながら走らせ」る「ぼく」は、体中で喜びを感じている。
「お転婆なイタリア娘、アルファ・ロメオ」とのつらい別れのあとに出会った「頑強無比の北欧車」ボルボ122S・アマゾンは、「ぼく」に人生の面白さをも届けてくれる存在でもあった。「ぼく」が「幻だったのだろうか」と一瞬思うほど、甘美で不思議な時間と、疼きに近い感動も連れて。
(第2回 了)
『雨の日には車をみがいて』と車たち
恋愛小説でありながら、9台の名車が鮮やかに描かれる『雨の日には車をみがいて』(五木寛之著)。名著復刊を記念し、本書に出てくる素晴らしき車たちと作家・五木寛之とその時代についての思い出を、「ベストカー」初代総編集長が綴る。