「ねえあなた、うちの前にUFOが路駐してるんだけど」
「なんだ、故障でもしたか」
様子を見に行くと、そこには丸くて銀色の、UFOらしいUFOがいた。フランス料理のフタみたいなドーム型の上部が開き、中から宇宙人が軽やかに出てきた。
「こんにちは。宇宙ゾンビです」
宇宙人らしい銀色のボディースーツ。ただ、顔だけゾンビだった。
「宇宙ゾンビですよ」
二度も言うので「宇宙ゾンビとはなにか」を聞いてほしいのかと思って、聞いてみた。
「ゾンビって、死体が歩きまわる、あれ?」
「そうです。死んでないですけど」
「じゃゾンビじゃないじゃん。ただの宇宙人じゃん」
「はい。でも、宇宙ゾンビって名乗った方が、あれかなと思って。パンチがあるかなと思って。宇~宙~ゾ~ン~ビ~だ~ぞ~……。どうですか?」
「ああ、まあ。っていうか宇宙人って、わりとしゃべるんだね」
これまで宇宙人と話す機会はあまりなかった。
「……」
宇宙ゾンビはゾンビのお面をいったん脱いだ。
「え? あ、お面なの?」
「そうですよ」
頭からすっぽりかぶるタイプの、パーティーグッズとかで見かけるやつだ。
彼の素顔は、一般的に想像する宇宙人の顔そのものだった。
「ふうん。素顔はあれなのね。普通の。普通のというか」
「はい。最近じゃもう珍しくないみたいで。人とすれ違っても、皆さん、ああ、って感じですね。アマゾンでもそっくりなお面売ってましたし」
「うちの前で何してたの?」
彼はふたたびお面をかぶり、ゾンビふうに「襲いかかるぞ」的なポーズでゆらゆら動いた。
「で~ん~わ~を~し~て~た~ぞ~」
「普通にしゃべりなよ」
「ちょっと電話してました」
「電話持ってるんだ」
「持ってるというか、ついてるんですよ」
UFOの中に搭載されてるらしい。
「すいません、お邪魔ですかね、ここ」
「大丈夫だよ。それにここで駐禁とられたのも見たことないし。そもそもあれって車両扱いになるの?」
「車輪はないですけどね。立てれば転がりますけど」
俺と宇宙ゾンビとの会話をくすくす笑いながら聞いていた妻が口を開いた。
「よかったらお茶でも」
ちょっと上がってってもらうことにした。
「どうぞ。そのスリッパ使って」
「おそれいります」
ゾンビのお面の視界が悪いようで、宇宙人はスリッパをつまさきで探すように、もたもたと履いた。
俺は彼を、外が見やすい位置のソファに座らせた。
「ここなら愛車が見えるから安心でしょ」
「あんなの誰も盗りゃしませんて」
そろそろ買い換えようと思っているらしい。
「軽にしようと思ってるんですよ」
「車」
「はい。じゅうぶんです」
宇宙ゾンビは、地球の車がどれだけ素晴らしいかを語り出した。
「小さくてもたっぷり積めるし、燃費もいい。ありゃあ出かけたくなりますね」
「いやいや、UFOのほうがすごいでしょ」
「あんなもん、飛べたりワープできたりするくらいで、あとはヘボいもんですよ」
妻が麦茶を持ってきた。
「ああ、奥さん、おかまいなく」
そう言うと宇宙人はゾンビのお面を脱いで、簡単にたたみ、自分の横に置いた。
麦茶をひとくち飲んだ。そして、こう言った。
「ふー、よし。お前たちの星を侵略しにきたぞ! 宇宙光線発射、ビビ~……」
急すぎて夫婦で爆笑してしまった。
宇宙人は、リラックスしてるっぽい座り方になった。多分、恥ずかしかったんだと思う。
「地球に来てどのくらい?」
「自分ですか?」
「他にいないだろ」
「半年くらいでしょうか」
「で、今? 侵略宣言?」
「はい。ここだ! って思ったんですけど、なんか違いましたね。あんなに笑われると思わなかった」
「ごめんね」
「いえ、いいんです。もうね、いろんなところで言ってるんですけど、ハマったためしがない」
そして宇宙ゾンビは黙った。銀色の顔に西日が反射して、照れているようにも見えた。
「晩ごはん食べていきなよ」
妻がそうめんをゆでた。宇宙人は薬味多めが好きだそうで、我が家と好みが合った。
「そうめんって、めんつゆの中で回すと、銀河系っぽくない? ね、ほら、銀河系のほら、うずまきの」
妻なりのサービスだった。
「あ、そうですね。確かに。ほんとだ。銀河系っぽいかもしれない。ふー、よし。お前たちの星を侵略しにきたぞ! 宇宙光線発射、ビ……」
俺はめんつゆでむせた。
妻も腹を抱えて笑っている。
宇宙人はなぜ笑われているのか理解できてないみたいだったけど、なんだか嬉しそうだった。
食後、いろんな話をした。和食がいかに体にいいかという話、お嬢さんがおしゃれに目覚めたという話、最近のUFOの流行りの話など。彼のいう宇宙光線とは、UFOのヘッドライトのことだった。その点もまた、地球の車には敵わないという。ちなみにうちの前でしていた電話は、ダイハツの販売店からの連絡だったそうだ。
「ぼちぼち帰ります」
「またこいよ。今度はよかったらご家族でさ」
「はい」
「そしたらあれ言って、あれ」
「ああ、“我々は”ですか」
「そうそう」
宇宙人はそうめんのお礼にと、ゾンビのお面を置いていった。
©Kentaro Kobayashi 2022